「……というわけで、どうにかなんねえかな」
晶は早速、お茶の間の隅で寝泊まりしている兎耳の薬師をたたき起こし、事態の収拾について相談した。
「はわわ……。それは、一種の催眠、暗示の効果が継続している状態、かな」
「まあ、そんなところだ」
「だいじょぶ、解除は容易。これを飲ませれば元に戻る」
兎耳の薬師は、懐の革袋からカラフルな豆をいくつか取り出し、晶の手のひらに乗せた。
「うっわ、これまたドぎつい色で……」
「問題ない。我が軍の医療班で正式採用された医薬品だ。主に幻覚を見た兵士などに使われていた」
「うわあ……ロインちゃんに飲ませるの、なんかヤダ」
「失敬な! これだから異界育ちはダメなんだ。もう寝る」
薬師はへそを曲げて、クッションの山に埋もれて二度寝を始めた。
「だってよう……。俺等の世界でこういうのって、体に悪い着色料をたっぷり使ったお菓子だから」
晶はビルカの置いていった、夢の国の土産物袋を漁り、キャンディーの容器を取り出して、ダブルメイドに見せた。
「あちらでは、これがお菓子、ですか……」
「うわあ、なにこれなにこれ、ものすごい細工ですよ、この入れ物。っていうか異界ってどこですか、どこですか」
「その件について、ラミハちゃんには後で説明してやる。
とにかく、そのぐらい常識が違うってこった。わけのわからない素材で、こんなドぎつい色の豆を、俺が恐れる理由をちったあ理解して頂けたかな、お嬢さんたち」
「「はい」」
「それはともかく……。この豆で正気に戻ってくれなかったら、ガチで精神科に連れていかないとダメかもだな……。ああ、ビルカに早く戻ってきて欲しいと思うなんて……なんで転移魔法使えないんだよ、俺のクソッタレ」
☆
「ロインちゃん、こっちおいで」
「サーイェッサーッ!」
晶は自室に戻ると、早速ロインに薬を飲ませ、ベッドに寝かせた。
晶も、マイセンも、ラミハも、祈るような気持ちでロインを見守った。
「まさかなあ……。こいつがこんなに暗示にかかりやすかったなんて……」
「私達は、もう少しお嬢様にきちんとして頂きたかっただけなのに……」
「お前等が今まで口酸っぱくして言ってきてもダメだったんだから、ああするしかなかったってこった。――俺等は全員チームだ。自分だけを責めるな」
「「陛下!」」
「俺等がくよくよしてもしょうがない。とりあえずお茶でも飲んで一服しようぜ」
☆
三人がお茶の間に行くと、兎耳はまだふて寝をしていた。
「観察記録からして、発達障害の気がありそうな感じはするが、どのみち、この世界では薬もないから治療が出来ねえ。今までどおり、周りがフォローするしかねえな。
しっかしまあ、自我がフワフワした奴に何かを仕込むと、こんな怖いことになっちまうのか……」
ティーカップのふちを親指でなぞりながら、晶はぽつりと言った。
「そういやあ、ロインのやつ、途中からすっかり俺にべったりだったけど……。あれは、恋愛感情っつーよりも、どちらかというと依存だったのかもしれねえな……」
「思い当たることあります……」
ラミハが言った。
「お嬢様、お屋敷ではいつも何かに当たったり、反抗したり、かと思えば自室に引きこもったり……。いつもトゲトゲした感じで、女学校の寄宿舎に行かれる前のお嬢様は、ずっと孤独でした。
原因がご家族にあることは分かっていましたが、私に出来ることなんて、日頃お嬢様をお世話し、周囲の悪意からお守りすることだけでした。
年下の私が、お嬢様の支えとか、助けになんて、なれはしなかったから……」
「ママ上が人の話を聞かないタイプだからか?」
「それだけではないのです。家督の問題もあり、姉妹の仲はかなりギスギスしていました。それこそ、互いに足の引っ張り合いとか、嫌がらせとか……」
「うわあ……。黒いな」
「お嬢様はお家のことには一切興味がなく、それゆえに姉妹たちの抗争からは距離を置いていたのですが……」
「一方的にやられるだけ。だったのですね」
「そうです、マイセンさん。
お嬢様は幼い頃からずっと耐えていました。でも、最初から家督を継ぐ気のないお嬢様に味方する親類はありませんでした。
――だから、ある日私は、この手を汚してでも、お嬢様を護る。
そう決めて、お嬢様にかかる火の粉を振り払い続けてきました。
闇に葬った人間は片手分では足りません」
「それマジで」
「そのために、私は、武術を極め、魔石や魔道具を体に埋め込み、より強い盾としてお嬢様にお仕えすべく、己を鍛え続けたのです」
「mjd……」
「……というのは半分冗談で。闇に葬ったから後はウソです」
「なんだよそれ」
「とにかく、そのぐらいの気持ちでお嬢様にお仕えしているのです」
「あーびっくりした。
……ラミハの覚悟はよくわかった。ロインを愛する者同士、一緒に護ろうぜ」
「はい!」
ガチャリ。
お茶の間のドアが開いた。
「あ! ロイン!」
「「お嬢様!」」
「おはよー。……私、ずいぶん寝てたかな? おなかすいたよ~。朝ご飯もう終わっちゃった?」
晶とラミハは、ロインに駆け寄り、ひしと抱きついた。
「ロイン! あああ、良かった! 元に戻ってる!」
「お嬢様ああああ~~~~、私が悪うございましたああああ~~~~!」
「……え、っと。なにかな、これ」
「よかったよかった」
マイセンがすっと立ち上がり、ロインに一礼して言った。
「おはようございます、お嬢様。すぐにお食事の支度を致します」
「おねがい。なんだかすごいおなかすいてるの。……私、どうかしてたの?」
「ふふ。ご心配には及びません。お嬢様は悪い夢を見ておられただけですよ」
「そう。ならいいけど」
「さ、席にお座りよ、ロイン」
――キミはそのままでいいんだよ。俺たちが護るから。
晶は満面の笑みを浮かべながら、彼女の椅子を引いた。