ロインがこの一週間、ダブルメイドのしごきに何度もくじけそうになりながら、やっと迎えた最終日。
途中、脱走して捕まったことは一度や二度ではなかった。
その度に、主人の生態を熟知したラミハに速攻で捕獲されていた。
昼夜問わず監視がつき、プライベートはトイレと自室のみという、以前よりも厳しい軟禁生活を送っていたのだった。
☆
晶とロインは、寝室で朝を迎えていた。
「ようやく最終日だな、ロイン」
「サーイェッサーッ!」
「シーツにシワはないか」
「サーイェッサーッ!」
「パジャマは正確に畳み、所定の位置に置いたか」
「サーイェッサーッ!」
「休め!」
晶は腕組みをし、下から上へとロインを見て、指差しチェックする。
「靴よし」
「ワンピースよし」
「髪よし」
「メイクよし」
「う~ん。完璧だ。室内も散らかることなく、全てが以前より美しい……。最早、あの二人の手を借りるまでもなくなっているな」
「……大丈夫、でありますか、教官」
「大丈夫だ、問題ない。さあ、あと1分。――やつらが来る!」
ガチャリ。
「「おはようございます!」」
「おはよー」
「おはようであります」
侍女二名は、一分の隙も見逃さない、といった、まるで特高か秘密警察のような風情で室内をチェックしはじめた。
休めの姿勢で真っ直ぐ前だけを見つめるロイン。
その視線の先には、ただ壁だけがあった。
緊張した時間が流れる。
二分ほどして、マイセンが口を開いた。
「合格です。この一週間、お疲れさまでした、お嬢様」
「お疲れさまでした、お嬢様」
「サーイェッサーッ!」
「よかったな、ロイン」
「サーイェッサーッ!」
「あの……陛下。よくお嬢様をここまで調教し……と言いたいのですが、このかけ声は一体?」
困惑顔でマイセンが尋ねた。
「ああ……。こっちの世界の人に説明するのはすごく難しいんだよなあ。実際に見てもらえれば一発で分かるんだけど」
「はあ……」
「これは、俺のいた世界の軍隊で行われている、新兵訓練の際のしきたりのようなものだ。上官の質問や命令には、全て『サーイェッサーッ!』と返事するんだ」
「なんと、陛下は軍事教練にも通じていらっしゃったとは。感服です。このマイセン、お見それいたしました」
「お、おう……」
「あああ、私が何年かかっても教育出来なかったお嬢様を、この魔族な人が、魔族な人が、ががががが」
あまりにも見事なロインの仕上がりに、ラミハがアイデンティティーの崩壊を始めてしまった。
「でもなあ……ロインよ」
「サーイェッサーッ!」
「うう……。そろそろそれしか言わないのやめないか?」
「何故でありますか、教官殿」
「だって俺、教官じゃねえし。お前のフィアンセだし」
「そう呼べと言われたのは教官殿であります」
「あちゃあ……」
「これはこれで、別の問題が発生してしまったようでございますね、陛下」
「どうしよう……(泣)」
「どうしよう……。も、もしかして、お嬢様は、何かを強制的に覚え込ませると、それしか出来なくなるタイプかも……だから今まで拒否しつづけてきたのかな……」
「もしかして我々は取り返しのつかないことをしてしまったのでは……」
「マジかよ……。俺の責任だ。俺がブートキャンプ方式なんて仕込まなければ……」
マイセンが白い顔をさらに蒼白に、ラミハは半泣きになってきた。
晶、マイセン、ラミハの三人は、やってはいけない事をしてしまった、という罪悪感でしばし無言だった。
「と、とにかく、何か方法を考えよう……」
晶はロインを部屋に残し、マイセンとラミハの二人を連れて、まだ人気のないお茶の間に行った。