翌朝。
けっこう早い、魔王の寝室。
コンコンコン。
「「おはようございます!」」
「んー……だれだよ、こんな早く……」
ごそごそとベッドから這い出す部屋の主・晶。
傍らの高級肉塊はすうすうと気持ち良さそうに寝息を立てている。
物音にはあまり反応しない、図太いセンサーの持ち主である。
ぎい、とドアを開け、半ば寝た状態で応対する魔王。
「あい……。どなたさんで」
「おはようございます!」
「指導に参りました!」
気合い度百二十%のマイセンとラミハだ。
絶妙なコンビネーションで、一人はドアの隙間につま先を突っ込み、もう一人はドアの端に手を掛け、一気に解放した。
「え、え、なに、指導とか、聞いてないぞ俺、ちょっとあの、ねえ?」
パンツ一枚でおろおろする魔王。
二人の侵入を易々と許し、カーテンや窓を全開にされ、ベッドの掛け布団が景気良く剥がされた。
「きゃ――ッ! なによ!」
さすがのロインも目を覚ました。
「お嬢様、陛下、身支度をなさいませ!」
「なさいませ!」
昨日までは火花を散らす仲だったのに、今やすっかりマイセン二号と化した、ラミハが言葉を重ねる。
「なんだこれ……」
「やださむい……」
「昨日申し上げましたよね? 今日からお嬢様の躾け、もとい、花嫁修業を行いますと!」
「行いますと!」
「そ、そうだっけ……マイセン」
「さむい……」
寝起きで体温が低いロインが、暖を取ろうと晶に張り付いている。
「陛下、もう何度も申しません。名実共に誠の魔王となった貴方様には、その身分に相応しいお妃が必要でございます。現在の粗野なままのお嬢様では、諸国はおろか、魔族の皆にまで恥を掻いてしまうんですよ。御自覚お持ちになり、事態を重く受け止められ、我々にご協力くださいませ!」
「くださいませ!」
「……そうでした。ごめんなしゃい」
「……しゃい」
「ほれ、ロインちゃん顔洗ってきなさい。俺風呂場で洗うわ……」
「はーい……。。。」
まだ眠気の残る顔をごしごしこすりながら、魔王とロインはふらふらとバスルームへと歩いていった。
☆
「なあ、なんかヤバい雰囲気だぞ……」
フェイスタオルを首から提げて浴室から顔を出す魔王。
シャカシャカ歯を磨いている最中の恋人に声を掛けた。
「んー。かなりマズい。
私が実家から出たの、ママのせいもあるけど、三割ぐらいはあの子……」
「ちょっと愛が重いよな」
「うん……」
ふたたびシャカシャカと歯を磨いている。
「俺も人のこと言えるほどキチンとしちゃいねえけどさ、もしかして、お前のそれってさ、わがままってだけじゃねえのかもよ?」
「……どういうこと?」
「俺の元いた世界は、こことは真逆に魔法が一切なくて、そのかわりに科学という文明が発達している。ある意味ここより進んでるよ。こないだ見せた紙幣も、俺の母国のものだ」
「……やっぱり」
「同じように医学も進んでいて、いろんな病気の原因や治療法が解明されている」
「……で?」
「お前、ズバリ、片付けられない女だろ」
「そう、だけど」
「気が散りやすい」
「まあ……」
「何かに没頭すると一日中やってたりする」
「うん」
「刺激を受けると直前のことを忘れる」
「そう」
「好奇心が強い」
「うん」
「目的も教えられずに作業をするのが苦手」
「そう」
「落ち着きが無い」
「うん」
「ふうーん……」
晶は腕組みをした。
「……そりゃ、発達障害の可能性が高いな」
「はたつしょうが?」
「脳の病気だ。俺の世界では100人中3人ぐらいの割合で発症する。というか生まれつきの障害だ」
「生まれつき……。わたし病気なの?」
「病気って言われてるが、実際には脳のクセみたいなもんだ。普通の人より、得意なことと不得意なことが違うんだよ。でも少数派だから、病気扱いされてんのさ」
「そっかー」
「俺は医者じゃねえから確かなこたぁ言えないが、もしそうなら、お前にこれから施される恐怖のしつけは、虐待になる可能性があるって言いたいんだよ」
「ぎゃくたい……?」
「脳のクセって言ったろ? つまり出来ないことを無理強いされるってのは、暴力じゃねえのか? って話なんだよ。泳げない奴を池に突き落としたら、それは暴力だろ?」
「たしかに」
「俺もお前をかなり甘やかしてる自覚はあるけど、実際ムリゲなことなら、それでお前が必要以上に苦しむのなら、俺はそれから護りたい」
「アキラぁぁ~~」
晶はロインの両肩にポンと手を置いた。
「というわけでだ。よく聞けよ」
「うん」
「まず一旦は連中の言うことを聞いて、与えられるカリキュラムをこなすんだ」
「うぇぇ~~」
「最後まで聞け」
「ごめん……」
「いいか? 完全に出来るようになる必要はない。これはテストだ。お前が、何が出来なくて、何が出来るのか、俺はそれを記録して見極めたい。データを並べれば、連中だって納得するかもしれないのだし」
ロインの目が潤んでいる。
「うん……自信ないけど……」
「大丈夫。俺がずっとついてる。それなら出来るだろ?」
「……うん。やる」
「よしよし、いい子だ」
晶はロインの頭をナデナデした。