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第34話 侍女、意気投合する

 翌朝。

 けっこう早い、魔王の寝室。


 コンコンコン。

「「おはようございます!」」


「んー……だれだよ、こんな早く……」

 ごそごそとベッドから這い出す部屋の主・晶。


 傍らの高級肉塊はすうすうと気持ち良さそうに寝息を立てている。

 物音にはあまり反応しない、図太いセンサーの持ち主である。


 ぎい、とドアを開け、半ば寝た状態で応対する魔王。

「あい……。どなたさんで」


「おはようございます!」

「指導に参りました!」


 気合い度百二十%のマイセンとラミハだ。

 絶妙なコンビネーションで、一人はドアの隙間につま先を突っ込み、もう一人はドアの端に手を掛け、一気に解放した。


「え、え、なに、指導とか、聞いてないぞ俺、ちょっとあの、ねえ?」


 パンツ一枚でおろおろする魔王。

 二人の侵入を易々と許し、カーテンや窓を全開にされ、ベッドの掛け布団が景気良く剥がされた。


「きゃ――ッ! なによ!」


 さすがのロインも目を覚ました。


「お嬢様、陛下、身支度をなさいませ!」

「なさいませ!」


 昨日までは火花を散らす仲だったのに、今やすっかりマイセン二号と化した、ラミハが言葉を重ねる。


「なんだこれ……」

「やださむい……」


「昨日申し上げましたよね? 今日からお嬢様の躾け、もとい、花嫁修業を行いますと!」

「行いますと!」


「そ、そうだっけ……マイセン」

「さむい……」

 寝起きで体温が低いロインが、暖を取ろうと晶に張り付いている。


「陛下、もう何度も申しません。名実共に誠の魔王となった貴方様には、その身分に相応しいお妃が必要でございます。現在の粗野なままのお嬢様では、諸国はおろか、魔族の皆にまで恥を掻いてしまうんですよ。御自覚お持ちになり、事態を重く受け止められ、我々にご協力くださいませ!」

「くださいませ!」


「……そうでした。ごめんなしゃい」

「……しゃい」

「ほれ、ロインちゃん顔洗ってきなさい。俺風呂場で洗うわ……」

「はーい……。。。」


 まだ眠気の残る顔をごしごしこすりながら、魔王とロインはふらふらとバスルームへと歩いていった。


                  ☆


「なあ、なんかヤバい雰囲気だぞ……」


 フェイスタオルを首から提げて浴室から顔を出す魔王。

 シャカシャカ歯を磨いている最中の恋人に声を掛けた。


「んー。かなりマズい。

 私が実家から出たの、ママのせいもあるけど、三割ぐらいはあの子……」

「ちょっと愛が重いよな」

「うん……」


 ふたたびシャカシャカと歯を磨いている。


「俺も人のこと言えるほどキチンとしちゃいねえけどさ、もしかして、お前のそれってさ、わがままってだけじゃねえのかもよ?」


「……どういうこと?」


「俺の元いた世界は、こことは真逆に魔法が一切なくて、そのかわりに科学という文明が発達している。ある意味ここより進んでるよ。こないだ見せた紙幣も、俺の母国のものだ」

「……やっぱり」

「同じように医学も進んでいて、いろんな病気の原因や治療法が解明されている」

「……で?」

「お前、ズバリ、片付けられない女だろ」

「そう、だけど」

「気が散りやすい」

「まあ……」

「何かに没頭すると一日中やってたりする」

「うん」

「刺激を受けると直前のことを忘れる」

「そう」

「好奇心が強い」

「うん」

「目的も教えられずに作業をするのが苦手」

「そう」

「落ち着きが無い」

「うん」

「ふうーん……」


 晶は腕組みをした。


「……そりゃ、発達障害の可能性が高いな」

「はたつしょうが?」

「脳の病気だ。俺の世界では100人中3人ぐらいの割合で発症する。というか生まれつきの障害だ」

「生まれつき……。わたし病気なの?」

「病気って言われてるが、実際には脳のクセみたいなもんだ。普通の人より、得意なことと不得意なことが違うんだよ。でも少数派だから、病気扱いされてんのさ」

「そっかー」

「俺は医者じゃねえから確かなこたぁ言えないが、もしそうなら、お前にこれから施される恐怖のしつけは、虐待になる可能性があるって言いたいんだよ」

「ぎゃくたい……?」

「脳のクセって言ったろ? つまり出来ないことを無理強いされるってのは、暴力じゃねえのか? って話なんだよ。泳げない奴を池に突き落としたら、それは暴力だろ?」

「たしかに」

「俺もお前をかなり甘やかしてる自覚はあるけど、実際ムリゲなことなら、それでお前が必要以上に苦しむのなら、俺はそれから護りたい」

「アキラぁぁ~~」


 晶はロインの両肩にポンと手を置いた。


「というわけでだ。よく聞けよ」

「うん」

「まず一旦は連中の言うことを聞いて、与えられるカリキュラムをこなすんだ」

「うぇぇ~~」

「最後まで聞け」

「ごめん……」


「いいか? 完全に出来るようになる必要はない。これはテストだ。お前が、何が出来なくて、何が出来るのか、俺はそれを記録して見極めたい。データを並べれば、連中だって納得するかもしれないのだし」


 ロインの目が潤んでいる。


「うん……自信ないけど……」

「大丈夫。俺がずっとついてる。それなら出来るだろ?」

「……うん。やる」

「よしよし、いい子だ」


 晶はロインの頭をナデナデした。

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