「さあお嬢様、お部屋を見せてくださいまし!」
「ど、どうぞ」
「さきほどお掃除したばかりですから、何も問題ありませんわ」
廊下を歩きながら、ロインを挟んで右と左、まるで嫁姑のような激しいバトルが繰り広げられていた。
「拝!見!」
バーン、とドアを威勢良く開けるラミハ。
その横で勝ち誇った顔で腕組みをするマイセン。
「どうです。完璧でしょう?」
「あ……」
ロインの顔からみるみる血の気が引いていった。
「なにが、どうです、なのかしら、オバサン」
「ムッ!?」
マイセンは部屋の中を一瞥すると、鬼の形相で振り向いた。
「……何をしたんです? お嬢様」
「あ……あは……あはは……。ちょっとさっき探しものしてて……」
「どういう探し方をしたら、空き巣に入られたようになるんです?
しかも今朝方私が片付けた後に。どうしたらなるんです!?」
ビクッ!
ロインは恐怖で体が跳ねた。
「あーっはっはっはっは、片付いていないじゃありませんこと?」
高らかに笑うラミハ。
「お嬢様が粗相をするのは日常茶飯事。この程度、すぐ片付ければよいだけのことです。そこで黙って見てなさい、下等生物」
「お手並み拝見しようじゃありませんか。オバサン」
二人の間の空気が磁場を帯び、近寄るものを焼き尽くしそうな勢いだ。
「あわわわ…………」
嵐の予感に、ロインは震えた。
「にげよかな……」
ぽつりと漏らした主人の言葉をラミハは聞き逃さなかった。
彼女はロインの服の襟首を掴んだ。
「お嬢様、貴女には主人として見届ける義務があります。そもそも、行儀見習いも兼ねて騎士団に行くことをお勧めしたはずなのに、どーしていつまで経っても身の回りの事が一切出来ないままなんですか? 破壊神いつになったら卒業出来るんですか? その調子でよく殿方と結婚しようなどと狂ったことが出来ますね。薬でもキメられましたか? 魔王様はご存じなので? ちょっとお嬢様! 聞いてます? 逃げようとしてもムダですよ。……まったくこれだから、私がいないとお嬢様のようなダメ人間は生存できないのですよ。だいたいですね――」
初手から説教をするラミハにロインはクラクラしていたが、作業中のマイセンは時折、うんうん、とうなづいていた。
「た、たすけてぇ……アキラ……」
☆
「ふう、こんなものでしょうか。お入り下さい、お嬢様」
手の甲で額の汗を拭いながら、マイセンが作業終了を告げた。
「ありがとうマイセン」
ラミハのお説教攻撃で、ロインはすっかり涙目である。
ロインと共に室内に入ってきたラミハ、姑のようにチェックを始めた。
「このお部屋、魔王様と共用なので? 陛下はよく平気でいられますね。
……おや? こんなところにゴミの山が。どこを掃除なされたのかしら」
ラミハが手を伸ばした先は――
「あーっ!! それ触っちゃだめえええええ!!」
「……え?」
ロインの静止は間に合わず。
紙と書籍の山が一斉に崩れてしまった。
「下等生物よ。それは、魔王陛下の書類ですよ。なんということをしてくれたのでしょう。まったく……、飼い主が飼い主なら家畜も家畜です」
「さっきっから、下等生物だの家畜だの……。人間を何だと思ってるの?」
さすがのロインもマイセンの暴言にがまんならなくなってきた。
「字のままでございますよ、お嬢様。私は貴女が王家の客人、……今は将来のお妃様という認識には違いございませんが、それと同時に、我々よりも下等な生物であるという認識もしております。それらは共に存在出来ないものでございますか?」
「……いえ」
魔族との文明レベルの差、種族の差をまざまざと見せつけられてきたロインにとっては、ぐうの音も出ない事実だった。
「お嬢様、言わせておけばこのババア、シメてやりましょうよ!」
「黒焦げになりたいのならお好きになさいませ」
コンコン。
開けっ放しのドアを何物かが叩いた。
「おいおい、俺の部屋を黒焦げにするのは勘弁だぜ」
「「陛下!」」
「アキラ~~たすけてえ~~~」
ロインが婚約者に泣きついてきた。
「おーおーよちよち。メイドたちにいじめられたんか?」
ロインの腰を抱き寄せ、空いた手で彼女の頭をナデナデしている。
「……戦犯は」
「この方か!」
一瞬で互いの意志を通わせる、マイセンとラミハ。
まるで、共通の敵と対峙したライバル同士だ。
「……え? なに? 俺にタゲ集まってんのなに?」
「「陛下! お話があります!」」
「あたたー……なんで俺…………」
激しい、説教タイムの予感。