「お嬢様~~~~~~~~~~っ! 置いていくなんてあんまりですうううう!!」
バンッ!!
お茶の間のドアを威勢良く開けて、若い女が入ってきた。
年の頃は15、6。
シンプルなデザインのモノトーンのワンピースに、白いエプロンドレス。
有り体に言えば、メイドの格好だ。
そして、大きな布鞄を背負っている。
「どうしたの、こんな早く。あとで迎えを寄越すって言ったのに」
「ダレ?」
「私の侍女。女学校行く前からほったらかしにしてた」
「どんだけ放置プレイだよ……」
メイドはスカートの左右の裾をつまみ、腰を折って魔王に礼をした。
「あ、わわ、ま、魔王陛下におかれましては、お初にお目に掛かります!! わ、私、ロインお嬢様に長らくお仕えしております、侍女のラミハでございます!! 本日より、こちらのお屋敷でお嬢様のお世話をさせて頂くために参りました!!」
「お、おう……、よろしくたのむ。随分と元気のいい彼女だね……」
「あはは……」
「お嬢様のお部屋はどちらですか!! 今頃大変なことになっているはず!!」
開けっ放しになっていたドアから、マイセンが入って来た。
「なんですか、朝から騒々しい。お嬢様、この田舎娘はどこのどなたですか」
「い、い、田舎娘ええ~~~!? だ、だれですか! このオバサンは!」
「すみません……私の侍女なの……」
マイセンは、ふん、と鼻を鳴らすと侮蔑の眼差しで二人の小娘を睨んだ。
「飼い主が飼い主なら、家畜も家畜だわ……」
「あわわわ……」
モギナスが慌てて、マイセンと、ロインたちの間に滑り込んだ。
「お二人とも、急いで謝りなさい! 大変なことになりますよ!」
「叔父上は関係ありません! お退き下さい!」
と、マイセン。
「頼むから、早く謝って! じゃないと大変なことになりますよ!」
モギナスの声が裏返って、半ば悲鳴のようだ。
「家畜とか言われて引き下がれますか! ねえお嬢様!」
「ええっと…………」
「――わかりました。貴女方のような下等生物には調教が必要ですね」
マイセンはドスのきいた声で言うと、右手を突き上げ天に掲げた。
「ああああ――っ、ダメです~~~~~ッ!!」
頭を抱えて絶叫するモギナス。
マイセンが挙げた手のひらに、じわじわと光が集まっていく。
その周囲では、パチパチと火花が飛び散る。
「え、なに、なんなの!?」
「お嬢様、お下がりください!!」
ロインの前に立ちふさがる侍女。
「どうなんだこれ……ヤバいんじゃねえの……」
先刻から傍観していた魔王・晶もただならぬ事態に、椅子から立ち上がった。
パチパチ程度の火花が、誘蛾灯のように激しくバチバチと大きな音を立て、ほんのりとした明かりが、いまやはっきりと視認出来るほどの光球へと成長していた。
「やめなさい、マイセン~~~~ッ、たのむからやめてえええええ~~~~~ッ」
次の瞬間、マイセンが掲げた手を振り降ろし、光球を投げつけた。
「砕け散りなさい!! 下等生物!!」
「上等だコラ!! クソババア!!」
「やめてええええ(泣)」
叫ぶ侍女。その背中にすがりつくロイン。
「それは困る!!!!」
非力なレベル1魔王の晶が、二人の前に飛び出した。
バリバリバリバリ!!!!
辺りには一瞬強い光が瞬き、激しい衝撃波と電気がショートする大きな音、そして何かの焦げる匂いと煙に包まれた。
誰もが黒焦げ晶の完成を想像した。
当人ですら。
しかし、視界が開けてくるとそこには――
「美味であったぞ」
古竜神が満足そうに、鎌首をもたげていた。
ペロリと舌なめずりをすると、するりと薬師の杖の中に戻っていった。
「……助かった、のか?」
「はい、陛下。マイセンの雷撃を、猊下が全て飲みこんで下さったようで……」
いまだ仁王立ちをしているマイセン。
腕組みをしながら、目の前の少女に問うた。
「小娘、名は何という」
少女も腕組みをして言い放った。
「私の名はラミハ!! お嬢様の盾となる者!!」