「えへへ……」
謁見後、ロインのパパ上をお茶の間に招いた魔王。
絶賛、鼻の下伸ばし中である。
「しゃんとしなさいよ、アキラ」
「してるよぉ」
はーっ。とロインのため息が漏れる。
「そんなんで結婚式とか、あたし絶対ヤだから。ちゃんとしてよー」
「だってぇ……ふひひ」
「愛か? 愛なのか?」
「吐き気がするほど甘い愛だな」
なんだかんだいって、未だ地下室に戻らない兎耳の薬師と古竜。
お茶の間にいれば三食おやつ付きなので、出て行く気配がない。
古竜など、杖の中から頭だけを出して、お茶をピチャピチャ舐めている。
「あのお……この方々は……」
魔族のお茶会に始めて呼ばれたテンダー卿は、ビビっていた。
「怖がることはない。城の薬師と、守り神の古竜神だ」
晶がフォローを入れた。
「こないだビビりまくってたくせに」
「ロインちゃんは、マジ余計なこと言うのやめなさいよ。声出ない魔法かけるよ」
「そんなのあるの? モギナス」
「ございますよ」
「でも……ロインちゃんが幸せそうで、パパ安心したよ」
「そう?」
「さっき見せてもらったお前の部屋もうちの100倍は立派だし、魔王様だって……その……」
「鼻の下伸ばして」
「パパもこんなに嬉しそうな婿殿初めて見るよ」
晶が急にしんみりとした様子で話し始めた。
「俺……もう結婚とか出来ないかと思ってたから……グスン」
「どうしたの? アキラ」
「俺……すごい、幸せで……ううう(泣)」
「やだちょっと、泣かないでよ。まだ式も挙げてないのにー」
「うわああああああ」
ロインに抱きつき号泣する魔王。
「ちょっとやだも~~」
「俺、あまり親の愛情とか知らないし、家臣はいても家族いなかったし……(泣)」
「はいはい、よしよし」
テンダー卿がモギナスに尋ねた。
「そういえば、陛下のご家族はどちらに?」
「こちらの世界の概念で申し上げますれば、魔界、ということになります」
「ああ……そうですか。婚礼の際には……」
「んー……、ご参列頂くのは、少々難しいかもしれませんねえ。人間と同じく、魔族の中にも家族の情がとても薄い方もおられます故……」
「魔王様はその点、とても情の深いお方とお見受け致しますな」
「いつもお嬢様に言われてますよ。『魔王らしくない』と」
「てへへ……」
それに引き替え、真の魔王・ビルカの、なんと薄情なことか。
魔族にしては情の厚いモギナスは、淋しさを噛み殺した。
☆ ☆ ☆
父を見送った後、ロインは片付けきれていないクローゼットの整理をしていた。
「……あれ?」
晶の衣類の下に落ちていた、薄手のタバコ入れのようなものを拾い上げた。
「なんだろう……」
二つ折りのそれを開いてみると、小さな肖像画と、見たこともない文字がたくさん書かれたものが入っていた。
その肖像画は若い男性で、2~3センチ程度の大きさなのに、生き写しのように精巧に描かれていた。
「……ちょっとまって……」
ロインはあることに気付いた。
肖像画の男性が着ている異国のコートと同じものが、いま目の前にぶら下がっていることに。
「どういうことなの……。この男は一体誰?」
☆
「ふー。さっぱりさっぱり」
髪をバスタオルで拭きながら、晶が自室のバスルームから出て来た。
城には大浴場があるが、部屋から遠く湯冷めしそうなので敬遠している。
「アキラ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど」
「ん? なんだい」
ロインはテーブルの上に、薄いタバコ入れのようなものと、異国のコートを置いた。
「これってなに? 肖像画の人ってだれ?」
――どうしよう。隠すの忘れてた……。
「それは……。かつて異国にいた頃に身に付けていたものだ。その肖像画の人物は、俺の異国での仮の姿だ。とある人物の姿を借りていたんだ」
「異国の……」
「ああ。そのカードは、一種の身分証明書のようなもので、とりたてて特別なものではない。成人男性の多くが、そうした肖像画入りの身分証明書を持ち歩いている」
「ふうん……」
「な、なんだよ」
「……なんか様子がヘン」
「別に」
「私に言いたくないこととか?」
「なんだよ急に」
「この城に来てまだ間もない頃。貴方が部屋に引きこもる直前かな。
アキラが何かに「巻き込まれてる」って言ったとき、何に巻き込まれてるのか気になって、モギナスに尋ねたのね。でも、モギナスは教えてくれなかった。
そして、『貴女がお后にでもなれば、お話しする機会もありましょう』ってだけ言ったの。……まだ、私にはそれを聞く資格はないの?」
晶はしばしの沈黙の後、ためらいがちに口を開いた。
「ごめん。これは俺だけの判断で語っていい話でもないんだ。
モギナスと相談しないといけないから、少し時間をくれないか……」
「愛してる?」
「……え?」
「だから、愛してる?」
「ああ。この世界で、一番お前を愛してるよ、ロイン」
「だったら、どうして、そんな悲しい顔をするの?」
晶は思わず、己の顔を両手で触った。
「……お前が好きだから。失いたくないから」
「どうして失うかもしれないの?」
「……」
「どうして?」
「…………お前が、この世界の、人間だからだよ」
「魔族とか気にしてないから! わかるでしょ? わたし、大丈夫だから……。だから……」
ロインは晶にすがりつき、大粒の涙をぽろぽろと流した。
「知ってるよ。うん、知ってる。でも、それだけじゃあ、ないんだ……」
「だからなんなの? 異国のことが関係あるの? ねえ、教えてよ! 絶対逃げたり嫌ったりしない! ねえ!」
ロインは、晶の胸を何度も叩いた。
「……時間をくれ。今はそれしか言えない。だけど、俺は、お前と離れたくない。俺にとって、たった一人の家族になる人だから」
晶はロインを抱き締めた。
――彼女こそ、この異世界にたった一人の自分が、唯一見つけた家族だから。