「ん……。ふわぁ……」
翌朝、晶は己の寝床で目を覚ました。
「ああ……。なんか、もう思い残すことねえぐらい、いい夢見たなあ……ん?」
「んんん~……ムニャムニャ……。アキラ、お前を殺す……」
「ったく、なに物騒な寝言を…………ををッ!? な、なんで……」
だだっ広いベッドの中、己のすぐ隣に、――奴はいた。
晶の全身から血の気が音を立てて引いていく。
「いやいやいや……マテマテマテ……。まだ、何かあったとは限らない。
勝手にこいつが侵入してきただけかも……」
念のための確認とばかりに、侵入者を起こさないよう、
そっと掛け布団をめくってみた。
「うそ………………、でしょ?」
そこには、一糸まとわぬ姿で気持ち良さそうに眠っているロインと、
契りの証たる赤いシミが、くっきりと残っていた。
「夢じゃなかったんだ……。
俺、こいつと……
こいつの、こいつの初めてを俺が……がががが……」
パニック寸前の頭とは裏腹に、怒気を増していくマイ・サン。
「どどどど、どう……しよう……何で俺……」
――とにかくここは、土下座でもなんでもして謝るしかない。
一度謝ると決めると、晶は急に冷静さを取り戻すことが出来た。
そっと掛け布団を戻すと、彼はベッドから降りて部屋の様子を確認した。
何がどうしてこうなったのか、その原因に至る物証が残っているかもしれない、
そう思ったからだった。
「んー……。服は……と、あら。
なんだ、雑に畳んであるじゃないか。ということは……合意?
無理やり破ったりした形跡はなさそうだぞ」
バスルームへのドアが開いていた。
中を覗いてみると、バスタオルが二枚、使用済みになっている。
「なんだよ……。もしかして仲良く風呂入ったってか?
くっそー……記憶が曖昧だぜぇぇ、ファッキン!」
部屋に戻り時計を見ると、朝食までまだまだ時間がある。
それまでに事態を収拾せねば……。
ソファに腰掛け、昨日の記憶を呼び覚ます。
しかし、夢の中のような、酔った時のような、
混濁したままの記憶が、頭から吐き出されるだけだった。
……おかしい。酒など飲んだ覚えもないし……。
「たしか……。ロインの様子がおかしくなって、俺の部屋に呼んで……。
それから先はよくわからねえなあ。
なんか無性にこいつが欲しくなって、口説いて、そんで…………
ロインも激しく俺のこと…………」
記憶をたぐればたぐるほど、昨夜のあれこれが明瞭になっていく。
ごくり。
晶の体が熱くなってきた。
「ごめん……、あとでまとめて謝るから……」
上半身は下半身には逆らえない。
世界を越境しても、変わらぬ真理であった。
音を立てずにベッドに戻り、静かに掛け布団をめくっていく。
――うわあ……。
魔王の名を免罪符に、欲望の限りを尽くしてしまいたくなる。
確かに奴は、真の魔王は、自分に楽しめと言った。
だけど。
素面のいま、そんなマネが出来るほどの度胸はない。
「ああ……。ロイン……」
名を呼びながら、髪を撫で付ける。
「ごめん……」
晶が、彼女のふくよかな胸に触れたその時――
「バカアキラ!
いつまで待たせんのかと思ったら、いきなり触るとかなによ!」
ガバっと起き上がったロインが晶の手をピシャリと叩いた。
「……え。………………あ」
晶はベッドの上に正座をし、手をついて深々と頭を下げた。
「も、申し訳、ございませんでしたッ!」
「バカーッ! ちがーうッ!」
枕がブッ飛んで来た。
「朝っつったら、お目覚めのキスでしょおおおお!!!!」
「あ、……ああ。お、お目覚めの、キス、でございますか、お嬢様」
「もーやだサイテー。初夜の翌朝がコレとか、もーやだああ~」
「……初夜って。まだ結婚してないじゃん、俺ら」
「え。そうだっけ……」
うんうん、とうなづく晶。
「なんか、記憶違いしてない?
そういう夢でも見たのか?
たしかに……、初めてだったのは間違いないんだけどさ……」
晶はシーツの物証を指さした。
「……いたかったんだぞ……」
「知ってる。ごめん。
だから和姦でも痛いって、こないだ言ったじゃん」
「いまそれ言うこと? もーサイテー」
「……ごめん。
だけど、本当にまだ結婚してないんだよ。
昨日何があったか、覚えてないのか?
ルーテちゃんとハーさんがお茶飲みに来ただろ?」
「……あ」
「思い出したか?」
ロインはこくりとうなづいた。
「式なんかやってないだろ?
で、あの二人を見て、ロインさんがなんか盛り上がっちゃって、
俺もつられて盛り上がっちゃって――」
「……まさか、流れで、しちゃった……だけってこと?
は、は、初めてだったのに……うううう」
ロインの目にぶわっと涙が湧き出した。
晶は小さく首を振ると、彼女の頭をやさしく撫でた。
「俺らさ。盛られたんだよ、一服。
覚えてるか? 兎がお茶出したこと」
「……思い出した。
じゃあ……、なかったことに……するの?」
ぽろぽろと大粒の涙がロインの頬にこぼれ始めた。
「それはイヤなんだろ?
俺もだよ。
それに……薬は、ただのとっかかりにしか過ぎないよ。
きっと、二人とも、いつまでも薬を注文に来ないから、
兎のやつが、しびれを切らしたんだろうさ」
ロインがすがるような目で晶を見ていた。
「安心しろ。やりっぱなしになんか、しない。
俺はお前のこと、好きなんだから」
「ホント?」
晶はロインをぎゅっと抱き締めた。
「俺なんかで、いいのかい?
あいつらみたく、苦労をさせるつもりはねえけどさ……」
「俺のものになれ、って言ったの、自分でしょ?
今さらなによ」
「……ごめん。今思い出した。
――そっか。それを、プロポーズだと」
「勘違いした私が悪いの?」
「いいや。でも式はまだでしょって。
嬉しかったんだな。そんな夢見ちゃったなんて……」
「……うん」
「よしよし、魔王がわるかったわるかった。あとで婚約発表しようぜ」
「うん」
「いつもこのぐらい素直だと扱いやすいんだがなあ~」
ガブリ。
ロインは晶の腕に噛み付いた。
「いでででででッ、なにすんだよ」
「アキラ! おはようのキスは?」
「はいはい」
チュッ。
晶は、濃厚ベロチューをカマしたい欲求を必死に押さえ、女子にウケそうな軽いキスをしてやった。
「はい、よくできました。じゃー朝ご飯食べにいこー」
勢いよくベッドを降りたロイン。
そのまま絨毯の上に倒れ込んでしまった。
「はああ~~~~っ、あ、あ、歩けないぃ……なに……い、いたい……」
「ああ……。そういうことか。
ごめん……。マジごめん。ホントごめん」
晶は床で転がっているロインを抱き上げ、ベッドに座らせた。
「どーゆーことよ」
「嬉しすぎて……つい」
「つい、何なのよ」
「わかれよ」
「わかんないわよ」
「なんと言ったらいいのか……困ったな」
「言いなさいよ」
「……怒らない?」
「怒んないから言いなさいって」
「……処女相手にやりすぎました。チョー久々だったんで……
お前の体のこと考える余裕なかった……
というか、野獣でした。ホントにごめんなさい」
やっと理解したロインは、顔を真っ赤にした。
「そ、そそ、そんなに、私の体が、よ、よよ、良かったというのなら、
ゆ、ゆゆゆ、許して、やらないことも、ない、です」
「ホントに?」
「うん」
「じゃあ、今からやらせてくれる?」
「アキラのバカああああっ!!!!」
ぐしゃ。
ロインの右ストレートが顔面にヒット。
「ふげぇ……ごべん」
「ったく。……夜まで、待ちなさいよ」
まんざらでもないらしい。