「ロインを悪く言わないでください、魔王様……」
ルーテが小声で言った。
まだ魔王に慣れていない様子だ。
「この子がこんな性格なのには訳があって……。ご両親とか、兄弟とかとあまりうまくいってなかったし……」
「いいよ言わなくて」
「でも……」
「あれだろ? 跡継ぎがいなくて、家の中がギスギスしてたとか、そういうやつ」
「はい、魔王様。そういうやつ、です」
ううう、とうなるロイン。
「まあ察しはついてるけどね。大丈夫だよ。俺、一応これでも魔王だし。こないだ親御さんとも挨拶したし。だから、安心してキミの友達を預けてよ。な?」
「はい。よろしくお願い致します」
ロインは居心地悪そうに、苦笑していた。
☆ ☆ ☆
「なんだかんだ、二人でたくましく生きてたみたいだね」
「私もビックリでございますよ、陛下」
お茶の間の窓から、城を去って行く黒騎士とルーテを見送る、晶とモギナス、そしてロイン。
「……うん。駆け落ちも悪くない……かもしんない」
「おま、あんだけノープランはイヤだーとか言ってたくせに」
「……」
普段なら、ここで憎まれ口を叩いているロインだが、どうも様子がいつもと違う。
「なあ、ちょっと俺の部屋来ないか」
「……うん」
気になった晶はロインを試してみた。
やっぱりおかしい。
普段なら警戒して罵詈雑言が飛んでくるはずなのに……。
晶の脳裏にある仮説が過ぎり、鼓動が高鳴ってきた。
(ええい、ままよ)
☆
晶は、ロインを部屋に招き入れると、若干装飾過多で大ぶりなソファに座らせ、自らも隣に腰掛けた。
ロインが妙に縮こまっているので顔を覗き込むと、ぷいと横を向かれてしまった。
「どーしたんだよ。お友達が来てから、なんかへんだぞ~お前」
「べつに……」
はー……。晶のため息ひとつ。
少々煽ってみる。
「城下から出られないっつったって、端から端まで10kmぐらいあんだし、好きなとこに住めよ。使用人つきの家ぐらいやるから」
「誰がここ出るって言ったのよ。バカじゃないの」
やっと憎まれ口が出た。
しかし、普段の勢いは微塵もない。
「な~~、どうしちゃったんだよロインちゃん。ぜんぜん元気ないから魔王しんぱいしちゃうんだけど~……みたいな」
「……くせに」
「ん? 声小さくてきこえない」
「わかってるくせに」
ロインは膝の上で両のこぶしをぎゅっと握った。
晶は確信した。
(ああ、わかってるさ。
お前が《しおらしい》原因は――)
「きゃッ……」
晶がロインの肩に手をかけ、ぐっと抱き寄せると、彼女は小さく鳴いた。
胸が小刻みに上下し、唇が震えている。
(もう理性……つらいわ)
ぴと。
彼女の頬に自分の頬を寄せてみる。
息が、荒い。
ロインも。自分も。
「俺に惚れ薬、使ってみない?」
「えっ……」
「作ってもらうつもりだったんだろ、兎に」
彼女の体が硬直する。
頬が紅潮するが、晶からは見えない。
「必要……あんの?」
ごもっともである。
魔法をかけてくれ、と頼むやつには、最初から不要だ。
「実は、俺も作ってもらおうと思ってた」
「えっ?」
「でも……。竜神に、その気持ちは、気のせいじゃないのかって言われてさ」
「……」
「だから、一度は思いとどまったし、そもそも最初から宝具もあるわけで、お前を思い通りにする手段は他にもあったんだよね」
「なにそれ……」
「でも」
「でも?」
「やっぱダメみたいだ」
「ダメって……」
「気のせいなんかに出来ない」
「……」
「いっぺん火が点いちまったもの、元に戻すなんて出来ないよ」
晶はロインの手を握った。
自分の手が汗ばんでいることなんて、気にする余裕もなかった。
二次元の嫁に愛を囁いていた頃の自分には、想像も出来ないことを、
いま、
している。
日本風に言えば、
二次嫁のコスプレをした、クリソツな白人娘、
しかも自分に惚れてる娘を、
イケメンセレブおっさんに転生して、口説いている状況である。
柄にもなく、激しくときめいている。
いや、そんなかわいい表現は似合わない。
リアル二次嫁を前に、激しく欲情している、というのが正しい。
なんて贅沢な!!!!!
魔王やってよかった!!!!!
ありがとう、本物の魔王!!!!!
もー帰ってこなくていいから!!!!!
「い……いつ、から? 最初、私のこと嫌ってたでしょ」
「晩餐会の夜、お前とパパさんの会話を盗み聞きしてた時だ。
お前を拉致した理由が、本当に一目惚れで、
お前はみささの代りなどではなかったとしたら――」
「あ……」
「そんなifを聞かされて、ガマン出来るかよ。
惚れるに決まってんだろ……」
「……アキラ。私はただ……」
「うん」
「私はただ、こんな自分でも……誰かに望まれるなら……考えなくもないかな……って……。
ルーテたちのこと見てて、うらやましかった。
家ぶっ壊してでも奪ってくれる人がいる。
自分だけのナイト様がいるんだよ。……魔族だったけど。
そんなの、うらやましくないわけないじゃん!
……でも、そんなの自分には絶対ないと思ってた」
「でも、起きた。……と思ったら手違いでした。
じゃあ、たしかに腹は立つわな。
……済まなかった」
ロインは小さく頭を振った。
「だけど、アキラから女神の話を聞いて、あれは過去の事だから、もしかしたら手違いじゃなく出来そうかな。自分にもチャンスあるのかな。
そんな気がして……。だから、薬作ってもらおうかと……」
「女の子だなあ」
「他の何に見えんのよ?」
「……俺の女神」
「バカ」
いやいやいやいや、なまじウソでもないんですけども……。
晶は、すっと席を立つとロインの前にかしずき、彼女の手を取った。
「ロインさん、俺と、結婚前提に付き合ってください」
ロインは一瞬、ひどく驚いた表情をしたが。
「く、くっく、ふふふ、ふははははは」
腹を抱えて笑い出した。
「な、何がおかしいんだよ。俺、本気だよ?」
「ははは、だってえ」
ロインは涙目で続けた。
「ソレ、魔王の言う台詞じゃないよ~~、ふふふ」
「ふう……、じゃ仕切り直すわ」
晶はふむ、と納得して立ち上がると、
バンッ、とロインの肩のあたりの壁に、両手を突いた。
「ロイン。俺のものになれ」
「……も、もうちょっと待って。心の準備が……」
「此の期に及んでそれかよ?
待ってるうちにお前の寿命が尽きたらどうすんだよ。
俺は、欲しい女を手に入れる前に失うのは、もうイヤなんだ」
「……わかった。晶のものに……なる」
「ありがと、ロイン」
晶はロインをぎゅっと抱き締めた。
「……やっぱ、魔王らしくない」
「まず、この口を治さないとだな……」
晶はロインの唇を奪った。
なんて甘露な味だろう、一生忘れない。
彼は、そう思った。
☆ ☆ ☆
魔王の私室前の廊下に、薬師の姿が。
「……面倒だから、両方に惚れ薬を盛った。……いいよね」
「盛ったら観察にならんではないか?」
「イライラしてきたから」
竜神は大きなため息をついた。
「……そういえば、お前は気が短い方だったかの」
「分からないことをそのままにするの、やっぱムリ」
「そうやって実験を反故にしてしまったこと、何度あった?」
「……忘れた」
「やれやれ……。儂より若い者が情けない……」
兎耳の薬師は、むっとしながらその場を立ち去った。