「「元同級生です!!」」
「なんだってええ――!」
往来に響く女子二名と魔王のシャウト。
「なんだってええ――!」
さらに遅れて、大剣の男のシャウトが。
その声に振り返ったロインが尋ねた。
「……あれ? もしかして、ルーテと一緒に駆け落ちしたハーさん!!」
しかしそれには目もくれず、男は跪いた。
「そちらにおわすは、魔王陛下!! お久しゅうございます!!」
「……はい? あ、えと……こほん。息災であったか。会えて嬉しいぞ。だが、ここは人通りが多い、さあ立つがよい。我々も城下を散策している最中、民に迷惑をかけたくはないのだ」
「ははーッ。勿体無き御言葉。このハーティノス――」
「もーそういうのいいから、早くこっち来いって! ジャマだろ」
男の挨拶が長くなりそうなので、晶は強引に彼の腕を腕を掴んで道路脇まで引っぱって行った。
「も、申し訳ございませぬ、陛下」
「そなたはすこしここで待て」
晶はいきなり登場した新キャラの情報を得ようと、小走りで兎耳の傍らに行った。
(なあ、あいつ誰? 教えてくれないか)
(さあ……)
(儂が教えよう。黒騎士のハーティノスだ。
かつての大戦では四天王と呼ばれる将軍の一人だったが、終戦と同時に軍人を引退し、どこかでひっそり暮らしていると聞いたが、駆け落ちしていたとは驚いた)
(あーそっから先は知ってる。サンキュー)
こそこそ話をしているうちに、捕まえた男は衛兵に引き渡され、ロインとルーテは昔話の最中で、堅牢な女子だけの世界を構築していた。
晶は、ハーさんと呼ばれた男、黒騎士ハーティノスたちの元に戻った。
「お待たせした。お二人はこの後、何か用事でもあるのか?」
「いえ、陛下」
「再会に、ロインもずいぶん喜んでいる。城で茶でも飲んでいかぬか?」
「はは、有り難き幸せ。お招きに預かります」
連れの女性、ルーテは萎縮した。
魔族の恋人とはいえ、魔王を前にして平静でいられるほどの胆力はなかったようだ。皮肉な話だが、彼女の存在こそ、ロインが魔族を恐れない根拠になっている。
「やったー。お城おいでよー。さっきお茶菓子買ったばっかなんだよ~」
「よし、もう少し買い足してから帰るかー」
「おやつ欲しい」
「はいはい、兎さんのも買ってやるよ」
黒騎士の影で小さくなっていた、ロインの元ご学友のルーテ嬢が、こわごわと、
「もしかして……、ホントにま、魔王様と婚約したの? ロイン」
「いやあの……まだ」
「でも、一緒に住んでるんでしょ」
「まあ……」
もごついているロインに助け船を出す、魔王・晶。
「ルーテ嬢、その件については、王宮にてご説明しよう」
「は、はい、申し訳ございません」
「陛下、申し訳ございません! 連れのしつけのなっていないのは私の不徳の致すところ。後ほどきつく叱っておきます故、どうぞお許し下さい」
「だーかーら、通行人のジャマになるから跪かないでって言ったよね?」
「はは、申し訳――」
「片膝どころか、それ土下座になってるよね? もっと迷惑だよね? も~いいから、こっち来てー。お菓子買って城帰るんだからジャマすんな」
「あああ、へ、へいかあ~~~~、ああああ、歩きます歩きます、だから引き摺るのだけはご勘弁を~~~~」
晶にズルズルと引き摺られていく黒騎士。
その後ろを、ダラダラと絡み合い、しゃべりながらついてくる、女子二名。
「魔王様って、ワイルドだね。魔族だけに」
「……いや、あれはナチュラルにイラっとしてるだけだと思うよ。普段大人しいんだよ、あれでも」
「そっかあ……。んでさ」
「なに?」
「やっぱ結婚するの? 魔王様と」
「んー…………。どうかな。向こう次第、かな。わかんないけど」
「じゃさじゃさ、あっちはロインに気あんの?」
「んー…………。どうかな。ふわっふわしてるから、よくわかんない」
「へえ。じゃあじゃあ、ロインはどう思ってんの?」
「んー…………。そうだな。ちょっとこじれてんのよね、よくわかんないけど」
「……それで、同居とかしちゃってんだ。魔王様と。お城で。……あんた一体なにやらかしたん? ふつー魔王と生活とかしないよ?」
「魔族の騎士と駆け落ちしたあんたに言われたくないもんねー」
「なによ、あんたこそ騎士団入るとか言ってたの結局これ? つられて一緒に行かなくてよかったよ! あたしだけ取り残されるとかないし!」
「はあ? ちゃんと騎士団入りましたー。仕事もしましたー。だけどー、そこのボンクラ魔王のせいでー、というか、魔王のボンクラ宰相のせいでー、今ここにいまーす。そいつらのせいでーす。あたしのせいじゃありませんー」
「はあああ? んな訳分かんないこと言って信じろってか? しばらく見ないうちに頭おかしくなった? なんであんたみたいなオカチメンコに魔王が釣られてるわけ? ありえねっし、なんか騙してんじゃないの?」
「おいもっぺんそれ魔王の前で言ってみろよー。うちの魔王がタダじゃ済まさねえからー。おーい言ってみろよー」
前を歩く晶の足がピタリと止まった。
くるりと振り向いて言った。
「聞こえてるよ。んなでけえ声でしゃべってたらなー、周りじゅうに聞こえてんだよ! 久しぶりに会ったお友達と旧交を温めて頂こうと配慮しておるところで。
なんでおまいら! 往来で女子会始めたかと思ったら! なに! ぐちゃぐちゃ俺のことでケンカ始めちゃってるわけですか!? あ――ッ!?
城、着・く・ま・で・会・話・禁・止!!!!」
「「ごめんなさーい」」
「ったく……リアルの女子はこれだから……(ブツブツ)」
「陛下、本当に誠に大変申し訳――」
「貴殿も黙りたまえ。先に進めない。ったくどいつもこいつも……」
黒騎士は魔王の傍らで、口を手で押さえながら、コメツキバッタのように、ペコペコと頭を下げていた。
その男女四名のやや後方を追尾してくる兎耳と古竜。
「ねえ、あれが、愛か?」
「愛だな」
「理解しかねる」
「だろうな。だがムリに分からずともよい」
「……だけど、知りたい」
「そのために穴蔵から出て来たのだろう?」
「そう……だけど。でも……」
「あまりにも不可解で、分からない状態を放置するのが不快、そういうことかの」
「うん……不快」
「だが、その不快に耐え、ある程度感じなくなるまで鈍くならねば、お主が参ってしまうぞ。分からないことを分からないまま放置する訓練もせねばな」
「……難しそう、だな」
さんざん買い物に付き合って歩き回り、小腹が空いてきたラパナは、懐から紙包みを出し、中から例のピンクの塊を取り、口に放り込んだ。
地下にいたころから、いつも食べている馴染みの味だった。
もぎゅもぎゅと噛むと、少し寂しい味がした。