晶はふと思い出した。
間もなく、このお茶の間に人が集まって来ることを。
(ヤバイ……。とにかくこいつを泣き止ませねえと)
「ロインちゃんよ」
「なによ……。ぐすッ……」
「キミはさ。人間と魔族のカップルって、わりとアリだと思う派の人なの?」
「……まあ、わりとアリだと思う派だけど、なによ」
「んじゃ、人間と異世界人とのカップルって……アリだと思う派の人だったりする?」
「いきなりなにそれ。……まあ、物の考え方とか見た目が近ければ、アリだと思う派かもしんないけど……、なによ」
「参考のために、聞いてみただけ」
「……ふざけんなよ、クソ魔王!!」
――いきなり右フックが飛んで来ました。
顔面が痛いです。
「いつつ……。ばかおめ、魔族じゃなかったら鼻血ブーだぞおま」
く~~~~~~~……、と鼻を押さえる晶。
「サイテー」
「いちいち怒るの何でだよ。生理なの?」
「しねえええええええ!!!」
エルボー→頭突き→往復ビンタ→首絞め→頭突き頭突き頭突き→縋り付いて泣く
「……で、結局ふりだしに戻って泣くのね……。お前、どうしたいんだよ」
「あんたこそ、どうしたいの」
「殺されるから言わない」
「殺さないから言いなさいよ」
「ぜってー殺される」
「魔王を殺せるわけないでしょ。い・い・な・さ・い」
じい~……。
晶はじっとりとした目でロインをなめ回すように見た。
「あ。なんとなくわかった。言わなくていい」
「いや、やっぱ言う。聞いてよ」
「やだ、言うな、やだあああ~~~~」
「お前こそどっちなんだよ! いーかげんにしろよ! 犯すぞ!」
「……レイプはやだ。痛いし」
「いや、仮に初めてなら和姦でも痛いよ普通」
「レイプほどじゃないでしょ」
「あーでも、処女膜がやたら分厚いとか、そもそも穴が空いてない女性なんかだと、最悪、医者に膜を切除してもらったり、ある程度穴を開けてもらったりしないでセックスすると、大出血したり、行為そのものが出来ないらしいぞ。
だからどっちが痛いかどうかは――」
「あーやだやだやだ、聞いてるだけで痛くなってくるううううう」
「それってあれか。キンタマをファスナーに挟んだ話を聞いてるだけで痛くなってくるのと同じやつか」
「晶ったく何の話してるわけもーサイテー!!!!」
「いやマジレスしたのは悪いけどコレ話の流れ的なやつじゃんよ」
「マジレスってなによもーわけわかんない!!!!」
「ごめんごめんて、マジレスって、普通なら軽く流したりスルーするところを、マジメに返答することだよ。マジレス自体に良い悪いはないんだけど、だいたいは空気が悪化したり炎上したりする」
ロインはすっくと立ち上がった。
「じゃー今が大炎上だよ!!!!」
ガッ!
廊下にあぐらをかいている晶の顔面に、ロインの足の裏がガッツリとめり込んだ。
「ぐひぇ……。ロインひゃん……。パンツ見えてまひゅ……ふひ」
ガチャ。
お茶の間の扉が開いた。
「何を騒いでおるのだ?」
「「あ……」」
ドアから顔を出したウサ耳薬師を見た二人は、凍り付いた。
「どこか怪我でもしたのなら、私が治療してやるが……」
ブンブン。
ブンブン。
二人同時に首を振った。
「みなさんそんな所で何をしてるんですか?」
丁度そこへモギナスがやってきた。
「うわ、陛下……。顔に足跡が刻印されてますが、犯人はそこのお嬢さんでしょうか? ……ん? ラパナさんおはようございます。今朝はいかがされましたか?」
「その二人を観察するため、ここに来たのです。いてはダメですか?」
「あらあら、めずらしいこともあるものですねえ。どうぞお好きになすってください」
「なんでだよー」
「勧めたのは儂だ。しばらく世話になる」
「これは猊下、ええ、もちろん構いませんよ」
「勝手に決めんな」
「そうだよ! 勝手に決めんな!」
「まあまあ、猊下が地上で過ごされるなんて激レアなんですよ。少々くらいいいじゃないですか」
「私は観察したい」
「……というわけで、済まぬがよろしくおねがいする」
「というわけでじゃねえよ。こええよ!」
「あのー……」
「なんですか? ロイン嬢」
「猊下って、もしかしてその杖の中の……?」
「ええ。よくご存じで」
「さっきアキラに聞いた。……で、誰……なの?」
モギナスはこほん、と咳払いをした。
「一万年ほど前、当家初代様がご当地に国を開かれた際、異界より共にお越しになったのが、そちらにおわします、古竜神・レビシ猊下でございます」
「「いちまんねん……」」
「左様。この地に人の子が住み着くよりも遙か前から、ここにおる」
「猊下は徳の高い古代神であり、当家の守り神様のような存在でございます」
「ただの居候じゃ」
「じゃー私と同じってことか……」
「ロインも居候だもんな」
「まあね」
「もしかして、龍神様がそこのウサ耳にあれこれ指図してたのか。なんだ、ビビって損した」
「あんた魔王なのに知らなかったの?」
「長いこと姿を見たことなかったんで……忘れてた」
「ああ、なるほど」
「んで、いい加減俺腹減ってんだけど、朝飯まだなのか~?」
「まもなくですよ、陛下」
「やーだーもーまーてーなーいー」
「わがまま言わないでくださいよ~陛下~」
ずい、と晶の目の前に、皿が突き出された。
「だから、先ほどからそれを食べろと言ってるではないですか」
と、ウサ耳。
晶は首を激しくブンブンと振り、
「それだけはイヤ」
「んじゃあたし食べる」
ピンクの物体をつまみ上げ、ロインは一口でぺろりと食べてしまった。
「んッんッ、…………………………」
バタリ。
「ぎゃあああ~~~~ッ、やっぱり!! ああああ、ロイン! しっかりしろ!」
ウサ耳がロインの半身を起し、背中を思いっきり叩いた。
ロインはゲホッ、と咳き込んで食べたものを吐き出した。
「ううう……死ぬかと思った」
「劇物かよ!! あああ、大丈夫か?」
「なにこれえ~~(泣)」
晶はロインの背中をさすった。
「愚かな。毎年多少の犠牲者は出るが、死因は毒物ではない。窒息だ」
「餅かよ! 兎だけに」
なに上手いこと言ってんの自分。大喜利かよ。