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第18話 魔王と女騎士さん、体育座りをする

「なにやってんの? そんなとこで」


 魔王・晶がお茶の間の前の廊下で座り込んでいると、寝ぼけ顔のロインがやってきた。


「中に……ヤバイ奴がいて入れない。つか脱出してきた……」

「はい? なにそれ」


 彼女はドアを少し開けて中を覗き込んだ。

 …………。

 そっと閉じた。


「ヤバイっちゅーか……、気まずい相手、かな。あんま顔合わせたくないというか」

「……どうしよ」

「とにかく誰か来るまで待つしかないわね」


 ロインでもどうにかならなかった。


「私もここ座っていい?」

「好きにしな。でも尻冷えても知らんよ」


 ロインもマネをして、晶の横に座り込んだ。


「ねえ、なんでいるのかな。あの……」

「ウサ耳」

「うん」

「あいつ、おっきい杖持ってるだろ」

「うん」

「あの中に、なんかデカい生き物が入ってて、しゃべるんだよ……」

「なにそれこわい」

「だろ」

「だろ、じゃないでしょ。あんた魔王でしょ。なんで怖いのよ」


「いや……専門外というか……別腹というか……魔王なら何にでも強いとか思うなよ。ただの種族だから。神の亜種みたいのだから。想像を絶するほどチョー強いとかすごいとかないから。強いのは魔法の道具とか武器とかそういうの結構活用してるからだから」


「そ、そうなんだ……へえ…………」

「ところでさ、ロインはどうして魔族怖くないの?」

「ぜんぜん怖くないわけじゃないけど、最近は王都にも魔族の店とかあるし、魔族の役人とか大使とかいるから……多少は慣れたかな」

「まあ、言われてみれば。こっちの城下にも人間の店とか大使館とかあるわけだから、同じものが向こうでも存在していると」

「それに――」

「それに?」

「少ないけど、魔族と結婚してる人もいたし」

「でも、それだけで魔族を恐れなくなるとは思えないな。お前のパパさんだって怖がってただろ」

「……同級生が」

「女学校の同級生か」

「卒業間際に、魔族と駆け落ちしちゃって……」

「うわ、なんてロミジュリ」

「ロミジュリ? ってなに?」

「あ、ごめ、話続けて」

「その相手の人、魔族だって隠してその子の近所に住んでたのよね」

「で、誰にも素性がバレなかったと」

「私も会ったことあるけど、ふつうの人だった……」

「ふうん」

「でも、その子の親が金目当ての縁談進めようとして」

「それで駆け落ちか。ありがちだな」

「で、カレシが、金ならやるから縁談をナシにしてくれって言いに行ったんだって」

「金持ちだったんか」

「でも……、得体の知れない金などもらえないし、娘もやれないって」

「そんで、身分を明かしたと」

「もう大騒ぎよ。しかも魔族だし」

「ああ……炎上するわな」

「炎上? ってなに」

「えっと、悪い意味で大騒ぎになること。んで?」

「彼女、監禁されちゃって。怒ったカレシが建物ごとぶっ飛ばして駆け落ち」

「建物壊されるは、金はもらえないは、金づるの娘は取られるは、で親御さん丸損だな」

「バッカみたい」

「だな」


 話が途切れ、しばしの沈黙。


「……あのさ。ロインは駆け落ちとか、したいと思ったことある?」

「あるわけないじゃない。相手とかいないし……。それに」

「それに?」

「ノープランで駆け落ちなんて、絶対貧乏で苦労するに決まってる。そういうの私ヤだし」

「夢も希望もない女子だな」

「だけど――」

「ん?」

「パパがどう思ってようと何だろうと、元々、家の都合に振り回される気なんてさらさらなかったし。好きな人が出来たら勝手に一緒になるだけよ」

「それ駆け落ちとどう違うのよ?」

「ふぅーん……。わざわざ遠くに逃げたりしない、ってとこ? よくわかんないけど」

「確かに、駆け落ちって、逃避行とセットってカンジだもんな」

「でしょ?」

「うん」

「でもさ、反対されてんのに、近所にそのまま住むとか出来るのかね」

「……実力行使よ」

「はあ、さいですか……」


 また話が途切れてしまった。

 ……気まずい。


「あ」

「ん?」

「お前、なんでウサ耳が気まずいんだ?」

「あー……えーっと……。なんでかな」

「ぁゃιぃ」

「あはは……」

「まさか、惚れ薬を作ってもらおうと思った……なんて。はは」


 ロインの体が数センチ跳ね上がった。


「……え。じょ、冗談で言っただけなのに……」

「そ、そそそ、そ、そっちこそ、なんでそんな想像になるわけよ。あんたこそ作ってもらおうとしたんじゃないの?」

「なななななな、な、なんでだよ! つか誰に使うんだよ、そんなもん」


 じーい………………


「へ? なに? え? ば、バカ言ってんじゃないよ。だいたいおま、お前には呪いがかかってんだから、どうこうしたけりゃ宝具があんだろが、ば、おま、なに言わせんだったく、べつにそんな気ないし、つかガキに興味ねえし」


 ロインの顔がみるみるゆがみ、目には涙が溢れそうになった。


「え、あ、ご、ごごめん、言い過ぎた。言い過ぎた。おじさんが悪かった。ごめんよ。な? ごめんって」


 ロインは晶を睨みながら、唇を噛みしめている。


(なんで? なんでそこで泣くの? ていうか今この場面見られたら絶対俺が百パー悪者だよね? 俺様すげえピンチなんですけど――!!)


「えっと……、どうしたら俺のこと許してくれる?」

「んー……。じゃ、子供扱いしないこと。最近急に子供扱いし出しておかしいよ」


 図星だ。


 一回りも年下だなんて、どうしたって後ろめたい気持ちになってしまう。

 どちらかといえば、恋愛対象ではなく、保護対象として見てしまう。

 子供扱いすることで、無意識的に自分にブレーキをかけていたのか。

 そんな自分の心変わりを見透かされていたのだろう。


 ただ子供扱いがイヤなのか、それとも……。

 そんな、期待させるような、迷わせるようなこと、言われたくはなかった。

 それこそ、惚れ薬を手に入れたくなってしまうじゃないか。


「魔王から見たら人間なんてみんな子供だろうけど、とにかく子供扱いしないで。いい?」

「……俺に、それを言うの」


 心の底から絞り出した台詞だった。


「あ……きら……。どうしたの?」

「俺は……俺は、ムダに年を重ねただけのガキなんだよ! 一生懸命、大人のフリしてたんだよ! なのにお前はッ!」


 ガンッ!!

 晶は後ろ手に壁を殴りつけた。

 フロア全体に響くかのような鈍い振動が、朝の空気を揺らす。

 壁には亀裂が走り、パラパラと細かい破片が舞い落ちてくる。


「ご、ごめん……。頭に血が昇って……。脅かすつもりじゃなかった」


 晶は驚いていた。

 こんな風に感情が高ぶるなどということは、今までなかったのだ。

 いつも他人に言いくるめられる側、ガマンする側、利用される側、だったのに。

 魔族の体になってしまったからなのか。

 そういえば、前よりも自分の感情に素直になっている気がする。


「なに逆ギレして……意味わかんない……」


 ロインはそう吐き捨てると膝を抱えて項垂れた。

 ほどなくして、彼女はしくしくとすすり泣きを始めてしまった。


「ああ。俺も、わかんないんだ。――お前をどう扱えばいいのか」

「なにそれ。わけわかんない……」

「ああ、俺もだ。俺も、俺をどう扱えばいいのか、わかんねえんだ……」


 ――なにやってんだ俺。青春かよ。

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