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第17話 兎耳と何かとお茶の間

 翌朝。

 お茶の間に魔王・晶が入って来た。

 朝食の時間までまだ間があり、人気はない。


「ふぁ~……、腹減った。おやつの残りでもねえかな……」


 茶器のワゴンを物色する晶。

 普段なら、茶菓子の一つや二つ見つかるのだが、運悪くこの日はからっぽだった。


「くそー……。コンビニでもありゃあなあ……。いっそ作ってもらうとか?

 いやいやいや……。

 そんなことより、今腹が減ってんだよ俺は……。うーん……」


「どうぞ」


 ……と、女の声。


 目の前に差し出された皿。

 ピンク色のかまぼこのような、餅のようなものが乗っている。


「お、すあまか。サンキュー……ん?」

「どうぞ」

「……………………んなバカな」


 ――ありえないありえないありえない。

 この世界にすあまなんてあるわけないんだ。

 っていうか、なんでここにウサ耳が、ウサ耳がががががが――


「食べないのですか?」


 晶は壁まで全力で後ずさった。


「ななな、なに、そ、それ。なな、なんで、ここにいるんだ」


 ヤモリのように壁に張り付き、晶は震え上がった。

 ウサ耳――薬師のラパナは一瞬で距離を詰め、晶の目の前に現れた。


「貴方は空腹だと言った。だから私は、おやつを出した。なぜ食べないのですか」


 口調は淡々としているものの、表情からは不快感が見て取れる。


「お前を恐れているのだ、ラパナよ。皿を床に置き、部屋の反対側へ移動するのだ」

「ど、どっから声が!?」


 晶は涙目になりながら、1㍉でも遠ざかりたい一心で、必死に壁に張り付いた。


「恐れるな、人の子よ。我々はお前に危害を加えるつもりはない……」


 明らかに薬師とは別の、人の声帯から発せられたと思えないような声が、すぐ近くから聞こえた。

 晶は相変わらず縮み上がっている。


「余計に怯えているじゃないか。人のことは言えないぞ」


 むくれ顔でそう言うと、ウサ耳を揺らしながら、彼女は皿を床に置き、部屋の向こう側へスタスタと歩いていった。


 薬師と晶はしばらく睨み合いを続けている。


「どうしたのだろう。離れたのに、あの者はおやつを食べないぞ」

「儂にもよくわからぬ……。もうしばらく観察してみるがいい」


 ウサ耳薬師は小さくうなづいた。


「あの……。もう一人の、見えない人。どこにいるんだ」


 晶は、何とかそれだけ言うと、恐る恐る皿を拾った。


「ラパナの杖の中だ。体が大きいので、部屋に入れぬから、間借りをしておる」

「はあ……。そうですか」

「お主、腹が減っているのだろう? 遠慮せずに食すがよい」

「はあ……」


 だが、差し出したのがあの薬師である。

 口に入れたくない度MAXだ。


 目の前でじっくり見ると、すあまのように見えるが、ちょっと違う。

 極彩色の小さなチップや、ラメが混ぜ込んであり、食べ物というよりは、まるで女児向け消しゴムのようなファンシーさだった。


(日本ならともかく、こっちでこんな色とか絶対ヤバい)


 向こう側の壁に寄りかかり、じっとりとした目で晶を見るウサ耳薬師。


「どうしても食べないとダメ?」

「食べれば貴方の望みが叶う。拒否をする理由がわからない」

「わからないと言われましても……なんと説明すればよいのか……」


 薬師は困った顔で杖にボソボソと話しかけた。


「私は何か間違っていたのか? これは我が国の兵士に支給されている携行食なのに……」

「恐らく人の子は、これが食べ物であると知らないのだろう」

「ならばどうすればよい?」

「しばし待て。読んでみる……ん?」

「どうした?」

「……人の子がいない」

「あれ……いない」


 晶のいた場所には、ぽつんと菓子を載せた皿が残るだけだった。

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