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第14話 魔王と女騎士さんと惚れ薬

 女騎士・ロインは日没を待っていた。


 午後のティータイムと夕食の間を見計らい、カンヅメ状態のモギナスの執務室にやってきた。


「これは珍しいお客様で。どうかされましたか、ロイン嬢」

「お仕事中悪いんだけど……ちょっと聞きたいことがあって……」


 まあ、立ち話も何だから、とモギナスにソファーを勧められたロインは、もじもじしながら腰掛けた。


「あの……、たとえばの話、なんだけど……」

「たとえば、ですね。ええ」

「朝に合ったあの……えと……薬師の人」

「ラパナですね」

「その人、あの…………ほ、ほ、ほ」

「ほ?」


 ロインは真っ赤になって、服の裾をいじり回している。


「ほ、ほほ、ほほほほ」

「何か可笑しいことでもありましたか? ロイン嬢。それとも頭がおかしくなったなら、薬師ではなくて、専門の医師をお呼び致しますが」

「ちーがーう! ……惚れ薬、作れるのかな」


 モギナスの口の端がつり上がった。


「もちろんですとも。そうですか……あー、やっとロイン嬢もその気になって頂けましたか。陛下は魔王なんてやってますけど、女性にはめっぽう優しいたちですから、ご安心してください。ええもう、何かあれば私が解決致しますですよ、ええ!」


「ちーがーう! ……たとえばの話、って言ったじゃない。い、妹が好きな人がいるってこないだ聞いたから、それで、その……助けてあげられるかなって……」

「ほう……。妹君ですか。そうですか。ほう……」


 ニヤニヤが止まらないモギナス。


「わかりました。衛兵に案内させますので少々お待ちを。……うふ。うふふ」


 ニヤニヤだけで収まらず、気持ちの悪い笑いを時折漏らしていた。



 ☆ ☆ ☆



 同じ頃、晶は、厨房で皆とお茶を飲んでいたマイセンを廊下に呼び出した。


「どうかされましたか? 陛下」

「ごめんね、休憩中に。ちょっと聞きたいことがあって……」

「私で分かる範囲でしたら何なりと」


 晶はマイセンの耳元に手を添え、小声で尋ねた。


「朝のウサ耳薬師さん、惚れ薬とか作れたりする?」

「もちろんでございます。ですが……」

「ん?」

「お相手がお嬢様なら、わざわざ薬など使わずとも、宝具で命じればよいのではありませんか?」


 その手があったか!

 ……と晶は一瞬思ったが、そんな邪道なマネをしたくはない。

 強制して得られた愛など、所詮はまがい物である。

 いやいや、薬使ったってズルはズルじゃん。

 どっちがマシかと言われれば、どっちもどっち。


「と、とりあえず、先に薬を試してみようかなーって思って……。で、薬師さんの部屋ってどこ?」


 我ながら、つくづくゲスいなあと思った晶だった。



 ☆ ☆ ☆



 衛兵に連れられて、離れの建物にやってきたロイン。

 万一事故が発生しても、母屋が破壊されないようにとの配慮だと、衛兵が言っていた。


(事故って……怖すぎる)


 薬師の研究室は離れの地下にある。

 引きつった顔の衛兵は、建物の入り口で待っていると言って付いてきてくれない。


「あのー……、どうしても一人で行かないとダメですか?」

「不心得者が侵入するといけませんので……」


(これ絶対怖いから来ないんだ。ったくもう、魔族のくせに……)


 衛兵を置いて、一人階下にやってきたロイン。

 通路の先に青白い灯りが漏れる部屋を見つけた。


「あのー……。薬師さんのお部屋はこちらですか……」


 廊下から中を覗き込み、声をかけた。


 怪しげな実験道具や本、大量の瓶に干した薬草など、所狭しと並んでいる。

 扱っているものを見るに、錬金術師よりは、やや生物寄りな雰囲気である。


「いかにも」

「キャ――――ッ」


 背後から声を掛けられ、ロインは飛び上がって驚いた。


「大声を出さないでもらえないか、人間の娘。動物や魔物たちが怯えてしまう」

「ごご、ごめんなさい……」

「で、何の用か」

「えっと……あの……」


 用件を言えずにもごもごしていると、薬師の顔がみるみる曇っていった。


「客人の頼みであれば、出来ることならすぐ用意する。

 しかし、ただ私の時間を浪費させるだけならば、即刻お引き取り願いたい」

「あああ、ごめんなさいごめんなさい。そんなつもりは……」

「用件は」

「ほ、惚れ薬を下さい!」

「惚れ薬、と。分かった。

 他の者と相談してくるので、その本の上にでも腰掛けて待っているがいい」


 それだけ言うと、薬師は長い耳を揺らしながら、部屋の奥へと去って行った。


「ふーッ……。ずいぶん事務的な人ねえ」


 急に脱力したロインは、どっかと本の山に腰掛けた。

 持っていたキャンディーでも舐めて落ち着こうとしたとき、薬師が戻ってきた。


「は、早かったですね……」


「他の者からの言葉を伝える。

 お前は、自由になれないのなら、とヤケになってるのでは? 自分は相手を好きだと思い込もうとしているのでは? その障害を取り除くために薬を欲しているのでは? 

 ……だそうだ。心当たりはあるか」


 ロインはごくりと唾を飲み込んだ。


「図星か。では、その上で、お前は本当に薬が必要か」

「……わかりません」

「では、決心してから再度来るがいい」


 それだけ言うと、兎耳の薬師はスタスタと部屋の奥へと消えてしまった。



 ☆ ☆ ☆



「今日は来客が多いな……。陛下で二人目です」


 晶がウサ耳薬師の研究室に着くなり、開口一番こんな台詞を吐かれてしまった。


「ああ、そうなのか……」

「で、用向きはなんでしょう。……惚れ薬を作れ、とか?」


 薬師に図星を突かれ、晶はぎょっとした。

 だが、かつて東京で会った魔王も他人の心が読めたのだ。

 他にもそういう人物がいてもおかしくないだろう。


「そのとおり。出来るのか?」


 薬師は少々いぶかしげな顔をすると、こう言った。


「他のものと相談して参りますので、しばしお待ちください」


                  ☆


「まったく、今日は一体なんなんだ。どいつもこいつも惚れ薬惚れ薬と。作るの楽じゃないんだぞ……」


 うさぎ耳の薬師、ラパナが愚痴を垂れた。


「そう言うな、娘よ。求められているうちが花だぞ」


 明らかに人ではないシルエットの物体が、ゆらゆらと動きながらラパナを慰めた。


「で、何て言えばいい?」

「さっきとだいたい同じだな――」


                  ☆


「陛下、お待たせしました」


 数分後、うさぎ耳の薬師が部屋の奥から戻ってきた。


「ああ、それで、どうなんだ」


 木箱に腰掛けていた魔王・晶が、身を乗り出して薬師の答えを待っていた。


「他の者からの言葉をお伝えします。

 陛下は、帰れないのなら、とヤケになってるのでは? 本当はみささが好きなのに、自分はロインが好きだと思い込もうとしているのでは? 己の心の安寧のために、惚れ薬を必要としているのでは?

 ……だそうです。お心当たりはおありでしょうか」


 晶は絶句した。

 自分でも意識していなかった、本当の自分の気持ちを言い表されてしまった気分だった。


 たしかに、そういう面もあるかもしれない。でも、しばらく一緒に暮らしてきたロインそのものにも、少なくない情が移っている。

 だが、もうしばらく様子を見てもいいのでは、という気がしてきた。

 自分も、彼女も。


「気が変わった。邪魔をして済まなかった」

「いえ、いつでもお越し下さい。ご入り用であればすぐにご用意致します」


 晶はうなづき、部屋を出て行った。

 薬師は、暗い廊下の中を、闇に染み込むように去って行く、魔王・晶の後ろ姿を見送った。

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