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第七章『Childhood friend』①

【怜那side(二年生時)】


「……有坂先輩」

 四限の授業が終わり、購買部へ行こうかと教室を出た怜那を呼び止めたのは、見覚えのない一年生女子。

 嫌な予感がする。

 ……過去の経験から導き出されたカン、のようなもの。

「何? ていうか、アンタ誰?」

 いつもの如く、平常なのだが知らない相手には不機嫌にしか受け取られないだろう対応。

 怜那より僅かに背が高い彼女は、びくっと身を震わせた。

「あ、あたし、すみません。一年の近野こんの 綾加あやかで──」

「あのさ、私今からお昼買いに行きたいんだけど。売り切れちゃうじゃん。話あるならさっさとして、てか後にしてくれない?」

 実際に焦りがあるので普段以上に冷たく返した怜那に、彼女はなんとか聞こえる声で「……ほ、放課後、に」と絞り出す。

「いいよ。じゃー、放課後。この教室で待ってるから」

 こくこくと頷く綾加におざなりに左手を上げて、怜那はそのまま購買部へ急いだ。

 放課後。

「怜那、まだ帰んないの? あ、補習?」

 部活もしておらず、それこそ補習以外で居残ることなどない怜那に、クラスメイトが不思議そうに問う。

「今日は補習ない。ちょっと用がねー」

 楽しくない用件だというのが伝わってしまったのか、彼女は苦笑して「そっか、ばいばい~」と手を振って帰って行った。

「あ、有坂先輩、あの──」

 教室のドアから半分顔を出すようにして声を掛けて来た綾加に、怜那はバッグを持って立ち上がる。

「ここじゃなんだから。上級生の教室なんて入りにくいでしょ? 中庭でいい?」

「あ、はい。あたしはどこでも」

 怜那に一歩遅れるようにしてついて来た彼女と、中庭の木の下で向かい合って立つ。

「で、何なの?」

「……あの。あんまり野上先輩にくっつかないで欲しいっていうか、その。野上先輩は生徒会長でお忙しいですし、有坂先輩のお世話で面倒掛かってる気がして、あの、あたしが口を出すようなことじゃないってわかってるんですけど──」

「わかってるんなら黙ってれば?」

 怜那が放ったカウンターに、綾加はさっと蒼褪あおざめた。

「それ以前にさぁ、私が自分から大翔にべったりしに行ったことなんてないんだけど。クラスも違うし、学校では向こうから来るだけなんだよ。──私が! いつ! 大翔に世話してもらったのかも全然覚えないから、アンタがそう思うんなら具体的に教えてくんない!?」

「い、いつも、……いつも野上先輩は有坂先輩のこと気にしてて。有坂先輩のこと悪く言う人に注意したりとか、あの──」

「それ、私が面倒掛けてることになんの? 大翔は私のことじゃなくても、……例えばアンタのことでも、同じように注意すると思うよ」

「でも! 有坂先輩はやっぱり特別で、他の人とは違って──」

 必死に食い下がって来る綾加に、怜那は彼女の気持ちを、──大翔が好きなのだろうことを確信してはいる。

 だからと言って、自分が標的にされるのはやはり理不尽だとしか感じない。

「そりゃ、生まれたときからずーっと隣同士だからね。特別なのは仕方ないんじゃない? それでも私に大翔と離れろってのは、つまり『引っ越せ』って?」

「そんな! あたし、そんなこと言ってません。あたしは、ただ──」

 こういうことは初めてではなかった。

 だから嫌な予感がしたのだ。

 中学の頃から、しょっちゅうではないが慣れてしまうくらいには経験して来ている。

 ……怜那が女子生徒の攻撃の的にされる原因の何割かは、間違いなく大翔だった。怜那本人が気に食わないというケースの方が多かったのは確実なのだが。

 そして結局、彼に関わる部分についての解決策は何もない。

 それも、もうわかりきっていた。

 もし二人が付き合っているのなら「別れろ」と迫られても、──その内容の是非はともかく納得が行く。

 しかし今の状態を何と言われようと、怜那にはまさしくどうしようもないのだから。

 ただ怜那も、大翔に言えないからこそ自分に来るのだということくらいは理解しているのだ。

「とにかく。さっき言ったよね? 私じゃなくて、大翔の方から来るの。それが気に入らないんなら大翔に頼みなよ。私に近づくな、って」

 目の前の下級生は返す言葉もないようで、絶句したのちに両手で顔を覆ってしまった。

 怜那は冷ややかに彼女を見やり、わざとらしく泣く綾加をその場に放置したまま無言で校門へ向けて歩き出す。

 ──まったく! いい加減にして欲しいよ。私と大翔はホントにそんなんじゃないのにさぁ。

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