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第四章『Warning!』①

《これからもよろしくな。》

 沖から初めてもらったメッセージ。

 あれから一度もやり取りはしていないので、トークルームにはもうひとつ、怜那が送った『先生、ありがとう』だけ。


    ◇  ◇  ◇

 帰りのホームルームも終わり、担任の沖はさっき職員室へ戻って行った。

「あの、有坂さん」

 今日は補習もないし帰ろうか、と教室を出たところで怜那は呼び止められてそちらへ顔を向ける。

「……今ちょっと、いい?」

 声の主は、隣のクラスの女子生徒だった。

 見知ってはいるが、特に親しいわけでもない。

 高校生同士なんて、然程さほど仲良くはなくても呼び捨てかニックネームが普通なので耳慣れなかった。

 というより、「さん」付けするような程度の仲の相手に話し掛けられたことに、むしろ怜那は驚いてしまう。己がフレンドリーとは言い難いことくらい、自覚しているからだ。

 彼女は百六十に満たない怜那より十センチ以上背が高く、きりりとした涼しげな目元の大人びた美しい顔立ちで、人を寄せ付けない印象さえ与える。

 実際に、入学当初は自然と遠巻きにされているような空気もあった。

 本人が明るいお調子者とは程遠く、いつも自分の席でポツンとひとり座っていたので、周りも近寄り難かったというのもあったのだろう。

 怜那はそんなことで怯えるような性格ではないが、確かに迫力があるなとは感じていた。

 男子の平均と変わらないような長身に、綺麗な栗色のすっきりしたショートヘア。『凛とした』という形容が相応しいたたずまいで、どことなく孤高という雰囲気をまとわせていた彼女。

 しかしすぐにそれはただの思い込みで、実はおとなしくて人見知りというギャップのあるキャラクターだというのがわかって、クラスメイトにも妙な緊張感はなくなった。

 他人と打ち解けるのは苦手らしかったが、それでも仲のいい友人はできたようだ。

 怜那も、幼馴染みの大翔がそれとは対極に誰とでもすぐに仲良くなるようなタイプで、この彼女とも一年生時に同じクラスだったという彼を介して話したこともあった。

 大翔がいなければ会話が続きそうな気もしなかったけれど。

「何? 屋敷やしきさん」

「あ、えっと──」

 普段通りではあるのだが、よく知らなければつっけんどんにも感じられる怜那の対応に、屋敷 あゆは少しひるんだようだった。

「あんまり人のいないとこがいいんだけど、あの」

「……だったら、上の進路指導室の前でも行く? 今の時間ならたぶん誰もいないんじゃないかな」

 咄嗟とっさに馴染みのある場所が出て来てしまったが、彼女の出した条件にはちょうどまる。

「校舎の行き止まりだから、用がないと行くとこじゃないし、もし誰か近づいて来たらすぐわかるよ」

「あ、うん、それでいい。ありがとう」

 すんなり承諾したあゆ美と連れ立って階段を上がり、怜那にとってはいろいろと個人的な想い出の多いコーナーに辿たどり着いた。

 進路指導室とその隣の談話スペースのドアをノックし、念のためにドアの取っ手に手を掛けて施錠されていて無人なのを確かめる。

 怜那は勝手知ったるといった調子で、廊下の壁沿いに並んだ個別ブースの一番奥から椅子を二つ引っ張り出した。

「勝手に使って、いいのかな……?」

「いいんじゃないの?」

 怒られないかな、とびくびくしているあゆ美に、怜那は適当に返す。

「ここは別にオープンスペースでしょ。まあ一応、先生と一緒に使う前提だけどさ。今は誰もいないんだし、汚したり壊したりするわけでもないんだから」

 言いながら堂々と椅子に腰を下ろした怜那は、もう一方をあゆ美に勧める。

 恐る恐るといった様子で座面の端に遠慮がちに座った彼女に、怜那は改めて声を掛けた。

「で? なんか私に話あるんだよね?」

「あ、あーそうなんだ、けど。うん……」

 それでも、なかなか始めようとしないあゆ美に、怜那がしびれを切らしてさらに促そうとしたそのとき。

「あの、ね。有坂さんって沖先生と、その──」

 衝撃のあまり、怜那は最後まで聞かずに椅子を蹴倒けたおして立ち上がる。

「な、何、何を、アンタ──」

 怜那の勢いに、飲まれたように彼女は口をつぐんでしまった。

 その慌てようでは、何かあると白状しているようなものだということまで、パニック状態の怜那は思い至らない。

 しかも、あゆ美が何を言いたかった、訊きたかったのかもわからないままなのに。

「あの、お、落ち着いて。大丈夫、わたしちょっと訊きたかっただけだから」

 あまりにも激しい反応に呆然としていたあゆ美が、ようやく口を開く。

「ホントに、責める気も人に話す気も全然ないの。──だから」

 彼女の気遣わし気な声に、怜那はとりあえず冷静さを取り戻した。

 倒してしまった椅子を起こして、まるで力の入らない様子でよろよろと座り直す。

「いきなりゴメンね、吃驚びっくりさせちゃって……」

 ──まったくその通りだよ! いくらなんでも、もうちょっとやり方あるでしょ。前振りするとかさ。

 たとえ念入りに前振りしてもらっていたとしても、沖の話が出た時点ですべて消し飛んでしまうのは想像に難くないのだが。

 怜那はそんなことは無視して、心の中だけで彼女に毒づいた。

「……有坂さんって、沖先生と付き合ってるの?」

 あゆ美はようやく本題に入ったようで、言葉を選びながらゆっくりと話し出す。

「あ、別に興味本位とかそんなんじゃないの。わたしも。……あのわたしも、好きな先生が、いるから」

 怜那を気遣いながら、だんだんと消え入りそうになる声で、あゆ美は自分のことを打ち明けて来た。

 ──いや、いいのかよ。仲良くもない私にそんな大事なことバラしちゃって。

「わたしね、その先生を陰からいつも見てたんだけど、他にも同じような子いないのかなって気になって。それで他の先生も自然に見るようになったんだ。そしたら有坂さんが沖先生となんか、なんかちょっと、普通じゃないなって気づいちゃった、っていうか……」

 彼女の怖いくらい真剣な様子に、怜那はどうすべきか瞬時に計算したものの、結局ははぐらかさず正直に答えることにした。

「……付き合ってはいない。いない、と思うんだけど、どうなのかな」

 正直、自分でもよくわからないことなので、どうしても曖昧あいまいな表現になってしまう。

「どういう状態を付き合ってるって呼ぶかによるけど、学校の外で会うとか先生の家に行くとかは全然、一回もない。そんな予定もないし。でも、先生に好きだって打ち明けたし、先生も、口には出さないけど私が好きでいてくれるってわかったんだ」

 敢えて感情を込めないようにして、怜那は事実だけを並べて行く。それがいちばんいいと思ったからだ。

 困ったら正面突破! 単純極まりないが、それが怜那だった。

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