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第69話 ミカエルの策略

 ミカエルの結界の影響でずっとアルの影の中に潜んでいたナーマが久しぶりに顕現した。ナーマから結界の術式をキスという形で受け取ったアルが、早速ナーマに結界魔術を使った。そのお陰で元気な様子なナーマだが、アルにキスをしたことでジブリールと言い争いをしている。

 アルとクレアは二人の言い合いは慣れているが、初めて見るミカエルには衝撃的だったようだ。

 そのミカエルが「こほんっ!」と咳ばらいをすると、ナーマとジブリールがハッとした様子で大人しくなった。


「あなたがナーマですね。アルフォード様の役に立ってくださいね」

「言われなくてもそのつもりですわ、大天使様」

「それから、今後はあのような破廉恥ハレンチなことは控えてください」

「あの程度で何を言ってますの? ただの挨拶ですわ」

「挨拶なら言葉だけで十分でしょう?」

「久しぶりのアル様なんですもの。いいじゃありませんか」

「ダメです」

「いやよぉ」

「ダメなんです!」

「知らなーい」

「ダメったらダメなんです!」


 遂にミカエルが地団太を踏んで抗議しだした。普段の威厳のある姿はどこへやら、まるで子供の様にダメダメと繰り返す。

 ジブリールが慌てて取り押さえ、落ち着かせている。

 その様子を見ていたアルがある事に気づく。それは、ミカエルとジブリールが再会した時に見せた無邪気な少女の姿と同じように見えた。

 もしかしたら、この子供っぽい姿がミカエルの本当の姿なのかもしれない。

 しかし、いつまでもそのままにしておけないので、アルが話題を変える。


「とりあえず、これでナーマに潜入捜査を頼める。ミカエル、探って欲しい所とかないのか?」


 話を振られたミカエルがジブリールに拘束されながら真面目な顔で返答する。


「その事なんですが、実は明日、緊急で大罪司教達と枢機卿、大司教が集まる中枢会議を開こうと思っています。そこでアルファード様とジル──ジブリール、クレアの正体を明かそうと考えています」

「はぁ? なんだって!?」


 ミカエルの言葉にアルだけでなくジブリールとクレアも驚愕の表情を見せる。ただ、ナーマだけは普段通りだった。


「俺達の正体って、それって俺がルシフェルだとかそういう事だよな? っていうか大魔王サタンの事も言うつもりなのか?」

「いいえ、大魔王サタンについては公表しません。あくまでルシフェル様の器という部分だけを公表します」

「だけど、ルシフェルとサタンは同一人物なんだろ?」

「はい。ですが、その二人が同一人物だと知る人間は居ないと思います。神界の民ですら、一部しか知らない事ですから」

「う~ん。じゃあ、なんでジルやクレアの事まで公表するんだ?」


 公表するのは俺だけでいいだろ? とアルが抗議する。しかし、ミカエルは考えを変えるつもりは無いようだ。


「ガブリエル、ウリエルの存在を公表すれば、ダルク教が私だけの力ではない、言い換えれば私を退いても代わりになる者が居ると思わせるのです。そして、そんな私達が敬う存在としてルシフェル様が名を挙げることによって、ダルク教がミカエル信仰だったのが、天使信仰に変わり、今よりもっと大きな力となるでしょう。それはアルファード様の夢の実現に一歩近づくと考えます」


 ジブリールに羽交い絞めにされながら真面目に話す姿は滑稽に映るが、その内容は聞き捨てならない物だった。アルの夢の実現というワードを出したミカエルの本気度が伺える。だからだろうか、ジブリールも自然とミカエルの拘束を解き、アルの返答をじっと待っている。


「それを公表して俺が受け入れられたとする。そんな状況で俺は旅に出れるのか? ミカエルみたいにホワイトパレスから出られなくなるんじゃないか?」


 アルの懸念はもっともだ。ダルク教徒に受け入れられたとしても、信仰の対象としてこの地に縛り付けられたのでは夢の実現は出来ない。

 アルの問いにミカエルが薄く笑って返答する。


「その為に私は教皇の座を降り、後継者争いを促したのです。いま反ミカエルをとなえる枢機卿派を一掃し、ミカエル派を唱える大司教を次の教皇にすることで、私達は自由に動けるのです」

「おいおい、それじゃ俺達が此処に来るようにクレアに啓示したのは……」

「はい、全てはこの為です」

「なんてこった……」


 ミカエルの壮大な計画にアルは素直に感心する。そして疑問にも思う。一体いつからがミカエルの計画の内だったのか。ニブルヘイムでクレアに啓示を与えた時? それともクレアが幼い頃に死にかけていた時? まさかとは思うがアルが降魔の儀式の器にされ、グレイス王国が滅んだ時なのか、はたまたアルファードという人間が生まれた時からの計画なのか……。

 ミカエルの底知れない策略に恐怖すら覚える。


「分かった、ミカエルの言う通りにしよう。だが、一つだけ条件がある。それは、ダルク教の教えに『人間・天使・悪魔、全ての種族と手を取り合い困難に立ち向かうこと』と付け加えて欲しい。俺がルシフェルと祀り上げられる時にナーマという悪魔が傍にいる事が不安に思われない様に。それと、俺の中の大魔王の魔力デザイアに気づく者が居たとしても恐怖で笑顔が消えない様にしておきたい」


 アルの言葉を聞き、ミカエルが感嘆の声を挙げる。


「さすがルシフェル様、そこまでお考えとは……」

「そんな大袈裟なもんじゃない。今後俺が動きやすい様にって思っただけだ」

「それでもです。このミカエル、今日という日を忘れません」

「それで、俺の条件は飲み込めるのか?」

「はい、問題ありません!」


 そう言ってミカエルはアルの前で跪く。

 そんなミカエルの横を上機嫌なナーマが素通りし、アルにしだれかかる。


「アル様、わたくしのことをそこまでお考えになってくださるなんて……、この上ない喜びのあまりはらんでしまいそうですわ♡」

「おま、なんてこと言ってんだ! ナーマは少し自重しろ!」

「うふふ、怒ったお顔も素敵ですわよ」


 アルの条件に感銘を受けたのはミカエルだけではなく、ナーマもそうだった。その嬉しさの表現の仕方はナーマらしいといえばナーマらしいが、それをジブリールが放っておく訳がないので、すぐさまジブリールによって引き剥がされた。

 このままでは話が進まないと感じたアルがミカエルに質問をする。


「明日の会議で俺達の素性を明かすって話だけど、実際俺達はどうすればいいんだ?」

「アルファード様達も会議に出席していただきます。そしてその場で素性を明かします」

「マジか!? ていうか、ナーマの正体も明かすのか?」

「そうですね……」


 再びジブリールと言い争っているナーマに視線を向ける。

 ミカエルがその様子を見て、何かを閃いた。


「ナーマさんには私のお抱えシスターとして同席してもらいましょう。そこでナーマさんが怪しいと感じた人物の影に潜んで貰うのです」


 ミカエルの提案にナーマが強く反応する。


「ちょ~っと聞き捨てならなかったのだけれど、この私がシスターですって?」

「ええ。なので、この後シスター服に着替えて貰います」

「そんなこと出来る訳ないじゃなぁい。死んでもゴメンですわ!」


 ナーマはそういってプイッと顔を背ける。

 これは説得には骨が折れそうだと感じたアルがボソッと呟く。


「ナーマのシスター服見てみたいなぁ」


 アルの呟きにナーマの耳が反応し、ピクピクと動いている。

 それを見たアルが追い打ちをかける。


「ナーマにしか任せられない仕事なんだけどなぁ」


 ナーマの耳が更に反応する。

 アルはトドメと言わんばかりに、恥ずかしいのを我慢して言う。


「もし引き受けてくれたら、ナーマの満足いくまで吸魔させるんだけどなぁ」


 その言葉がトドメだった。

 さっきまでそっぽを向いていたナーマが一瞬でアルに抱き着くと、甘い声音で約束を取り付ける。


「アル様ぁ、ホントに満足させてくださいね? 約束ですわよ?」

「あ、ああ。約束は守るよ」

「うふふ♡ 俄然やる気が出てきましたわ! さぁ! シスター服を持ってきなさい!」


 と上機嫌なナーマに、やはりというべきかジブリールが噛みつく。しかも今回は内容が内容なだけにクレアも混ざっている。


「ナーマ! これは作戦なのですよ! 吸魔というご褒美が無くともやり遂げるのがアルへの忠誠心じゃないんですか!」

「そ、そうですよ! ナーマさんだけズルいです! 私もキスしたいです!」

「ちょ、クレア? 貴方言ってることがナーマ寄りですよ?」

「じゃあジブリール様はアルさんとキスしたくないんですか?」

「そ、それは……し、したいに決まっているじゃありませんか!」

「なら! 抗議をする相手が違いますね」

「どうやらその様ですね」


 ナーマを糾弾していたと思ったら、いつの間にかアルとキスがしたい! ナーマだけズルい! という話に変わっていた。

 そして目の色を変えたジブリールとクレアがアルににじり寄り、両脇をがっしりとホールドする。


「アル。私達も素性がバラされるのです。それ相応のご褒美があってもいいんじゃないでしょうか?」

「アルさん、私の素性が知れればニブルヘイム王国でも話題になるでしょう。そしてお父様はきっと私達の婚約を認めるはずです。この意味は分かりますよね?」


 両側から物凄いプレッシャーを感じながらアルがやけくそ気味に言い放つ。


「わかった、わかったよ! 今回の一件が片付いたら全員に吸魔する! これでいいか!」


 アルの提案にジブリールとクレアが「やったー!」と言いながらハイタッチをしている。

 厄介なことになったと意気消沈しているアルにミカエルが声を掛ける。


「あ、あの……私にも、その……き、吸魔キスしてほしいです」

「え……?」

「計画とかダルク教とか色々頑張って来たんです! だから、ご、御寵愛頂けると、う、嬉しいです」


 ミカエルまでもがアルと吸魔したいと言い出した。だが、ミカエルの言う様に今までいろいろな苦労があっただろう。それを考えると無下には出来ないと思ってしまう。


「わかった……ミカエルにも吸魔するよ……」

「っ!? 恐悦至極でございます!」


 目を爛々らんらんと輝かせて喜ぶミカエル。そして誰が一番最初にアルと吸魔するか言い争っているジブリール達を見て、アルはどうしてこうなったと嘆息するのだった。

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