ジブリールに祈っていた修道女が我に返り、すくと立ち上がって膝をぱんぱんと払い、何事も無かったかのようにアルに話しかける。
「お見苦しい物を見せてしまって申し訳ありません」
「いや、大丈夫だよ」
「有難うございます。それから、朝食の準備が整いましたので食堂までお越しください」
「分かった、着替えたら食堂へ行くよ」
「畏まりました」
ペコリとお辞儀をすると、修道女は部屋から出ていった。ジブリールがクレアに連れ去られた事は気にしていないのか? 頭に浮かんだが、考えてもしょうがないと直ぐに気持ちを切り替え、身支度を済めせて食堂に向かった。
食堂に入ると既に大司教が席に着き待っていた。
いくら客人の身とはいえお偉いさんを待たせてしまった事を謝る。
「遅れて申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらずに」
ニコニコと柔和な表情を変えずに席に座る様に促す。
アルが着席したのを見計らってシドが質問を口にする。
「ジブリール様とクレア殿は
その質問にどう答えるか迷う。勘違いしてアルに詰め寄ったジブリールをクレアが
ありのままを伝えると二人の心象が悪くなるかもしれない。シドに限ってそれはないと考えるが、一応アルは少し言葉を濁して答える。
「二人で話があるとかで、後から行くと言っていました」
「そうですか。確かにミカエル様に拝謁するとなれば色々準備もあることでしょう」
「そうですね、はは」
良い方向へ勘違いしてくれたので胸を撫で下ろす。
それからシドが「先に朝食を頂きましょう」という言葉で食事を開始する。
だが、シドは一言も発さずに黙々と食べているだけなので、いつもジブリールやクレアと会話しながら食事をしているアルは物足りなさを感じていた。
朝食を終えて今は屋敷の門の前に皆が集合している。
ジブリールとクレアは朝食の途中から参加したが、クレアに何を言われたのかジブリールの元気が無かった。だが、それも朝食の間だけで、荷造りの時にはいつものジブリールに戻っていた。クレアも特段普段と変わりはない。
なので、今は普段通り会話をしている。
「それにしても馬車が来るの遅いですね」
「ジルが乗ってる事を悟られない様に工夫するっていってたからな。それで遅れてるんだろ」
「工夫といっても、普通の馬車でも誰が乗ってるか分からないとおもうのですが」
「ここは神聖ダルク法王国だぞ? ジルの聖魔力を感知する者が居ても不思議じゃないだろ」
「なるほど。そうなると隠蔽魔術のようなものを馬車に細工しているのかもしれませんね」
ミカエルが居る首都ダルクまでは馬車で2日かかるらしい。その間の護衛に聖騎士を同行させると言われたが断った。せっかく馬車を偽装しても聖騎士が同行していたら身分の高い人物が乗っていると宣伝するようなものだとシドに言い聞かせ、道中はアルがジブリールとクレアの護衛に徹する事になった。
正直、アルよりジブリールの方が強いのだが、シドが
門の前に集合してからしばらくたって、ようやく馬車がやってきた。
見た目は行商人などが使う馬車だが、荷台の中は豪華だった。ソファーにテーブル、紅茶を入れる茶器まで揃っていた。だが、これらは荷台の扉を開けなければ外からは見えない仕組みになっており、馭者台からも覗けないので完全な個室になっていた。
しかも荷台全体に聖魔結界が張られており、ジブリールの聖魔力が外に漏れださない様になっていた。
馬車を見たジブリールとクレアが歓声を上げる。
「すごく座り心地が良いですね! これなら馬車移動も苦ではありません!」
「それにいつでもお茶が飲めるのもいいですね! ワタシが王室直伝の紅茶を淹れますよ!」
二人の喜びぶりにシドが満足そうに微笑む。
いまだに荷台ではしゃいでいる二人に変わり、アルがお礼を言う。
「こんな豪華な馬車を有難うございます」
「とんでもございません。お二人にはなるべく不便はかけたくありませんから」
そう言ってニコニコと馬車を眺める。
今回はシドも同行する事になっている。なんでもそれもミカエルからの啓示だという。首都では脱ミカエル派の枢機卿が居る。そこにミカエル派のトップである大司教のシドが
皆が荷台に乗ったのを確認して馭者が出発の合図と共に馬車が進みだした。
「これから2日ですか、結構遠いのですね」
「はい、アイアスは外からの侵入をいち早く察知する為に国に端に作られた街ですから」
「やはり魔物の被害もあったりするのですか?」
「稀にある程度です。この国はミカエル様に守って頂いていますので」
「そうですか、皆が幸せでいられるのならよかったです」
ジブリールとシドが会話をしている横で、アルとクレアも紅茶を飲んで一息ついている。まだ首都までの旅は始まったばかりだが、道程が2日の旅なのでゆったりと過ごすことにしたのだ。
「アルさんは紅茶はお好きですか?」
「嫌いじゃないな」
「その言い方ですと、あまり好きでもないみたいですね」
「まぁ、本当のことを言えば紅茶の良し悪しが分からないから、紅茶はどんな種類をのんでも紅茶だなって感じだよ」
「そうなのですね、いつかワタシが紅茶の何たるかを教えますね」
「その時はお手柔らかに」
特に実の無い話をして時間を潰す。
そして1日目の野営場所に到着し、馭者とアルが野営の準備をする。
いつもならジブリールが率先して準備をするのだが、今回はシドが同行しているので、ジブリールにはシドの相手をして貰っている。クレアはその補佐とった感じだ。
一通り準備が整い夕食を作っていると、荷台からクレアが出てきて周囲を気にしながらアルの元へやってきた。
「アルさん、今夜の見張りの時にお話があります」
「ん、なんだ? 何かあったのか?」
周囲の目を警戒しているクレア。何かダルク教の人達に知られてはマズイ事なのだろうかと考えていると、クレアから重大な任務の事を告げられた。
「ニブルヘイムにダルク教の司祭を送る使命のことでお話したい事があります」
ニブル王から頼まれた事だった。過去に宗教弾圧でニブルヘイムからダルク教を追いだしたニブルヘイムだが、今代のニブル王がダルク教徒になり、しかも悪魔に国を言い様にされたことから、ニブルヘイムにもう一度ダルク教を広めたいので、そのための司祭等の派遣を頼まれていた。
これが上手くいけばニブルヘイムという大国がアルの後ろ盾になる。
それはアルの野望にとって重要な役割になるだろう。だからこそ、クレアが発した言葉を聞いてアルに緊張が走った。