目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第58話 騒がしい朝

 昨日城塞都市であるアイアスに着いたと思ったら、ミカエルが呼んでいるという事で大きな教会に隣接している大司教の豪邸に案内された。

 豪邸の応接室に現れたのはミカエルではなくこの街の市長兼大司教のシド・ティアヌスだった。

 そのシドに対してクレアが枢機卿派なのかミカエル派なのかの問答があり、その結果、大司教はミカエル派であり、ミカエルからアル達をミカエルの元へ連れてくるように啓示を受けたということだった。

 教会内部では枢機卿派とミカエル派に分かれており、その原因がミカエルの弱体化だという。しかし、それに待ったを掛けたのがジブリールだった。

 ジブリールの推理ではミカエルが弱っているのは嘘なのではないか。そして何故そんな嘘を吐いたのかは、枢機卿を筆頭に反ミカエル派を炙りだすためなのではないか? というのがジブリールの推理だった。

 ジブリールの推理に感銘を受けた大司教であるシドがジブリールに向かって祈りだすなど場面が二転三転したが、最終的には今日にでも馬車で首都ダルクへ向かうと言う事で話が落ち着いた。

 そしてアル達には個別に豪華な客室が宛がわれ、アルは久しぶりにふかふかなベッドで寝る事が出来た。


 コンコン


 ドアがノックされた音が客室に響く。しかし、アルを覚醒させるには至らなかった。


 ガチャ


「失礼します」


 いつまでも反応が無いので部屋の主の返事を待たずに修道服を着た女性がドアを開け部屋の中へ入る。

 女性はベッドで気持ちよさそうに爆睡しているアルの横まで来ると、少し大きめに挨拶をする。


「おはようございます。朝でございます」

「──んにゃ──」

「────」


 自分の中ではかなり大き目な声を出したと思った修道服を着た女性が、まだ目覚めないアルに困惑する。

 今度はもっと大きな声を出そうか悩んでいると、突然アルの目が開かれ目と目が合った。

 不審がられてはマズイともう一度朝の挨拶をする。


「おはようございます。朝でございます」

「……え?」

「昨晩は良く寝られましたか?」

「……誰?」

「私はこの屋敷のお手伝いをさせて頂いてる修道女でございます」

「…………?」


 なかなか話がかみ合わない。修道女は朝食の準備が出来たので賓客であるアルを起こしてくるように言われただけである。

 対するアルは寝起きが悪い為、まだ完全には頭が働いておらず、自分が大司教の客室で寝ていた事を忘れてしまっていた。そして、いつものようにジブリールが起こしてくれたのかと思いきや、見知らぬ修道女が眼前に立っていたので、まだ夢の中なのでは? と迷妄めいもうしていた。


 修道女がどうすればいいかあたふたしていると、部屋のドアが勢いよく開かれ、神聖さを纏った青髪の女性がツカツカと修道女の横まで歩いてくる。修道女は彼女の神聖にてられ、その場でひざまずき、つい祈りを捧げてしまった。

 いきなり祈りだした修道女を無視して、ジブリールがアルの頬をぺしぺしと叩く。


「アル、起きてますか? ここはあの世ではありませんよ」

「んぁ──うぉ! ジルか。やっぱりさっきの修道女は夢だったんだな」

「その修道女なら私の横で祈ってますよ」

「え?」


 ジブリールの横に視線を移すと、そこには夢の中に出て来た修道女がジブリールに向かって祈っていた。


「あれ? もしかして夢じゃなかった……?」

「夢の中で彼女に何かシていたんですか?」


 ジブリールがズイッと顔を近づけて聞いてくる。

 アルは慌てて弁明する。


「違う違う、何もしてないって!」

「本当ですか?」

「本当だって! いつもジルが起こしてくれるのに今日は見知らぬ女性だったから、夢を見ていたんじゃないかって思っただけだよ!」

「……それならいいのですが」

「信じてくれよ」

「信じますよ。アルは嘘を吐くような人間ではないと知っているので」

「だったら早く離れてくれ! なんだか怖い!」

「怖いとはなんですか! 怖いとは!」


 余計な一言のせいでジブリールが更にズイッと顔を近づける。どうしてこうなってしまったんだとアルが心の中で嘆いていると、ジブリールの後方から、コホンという咳払いが聞こえ、そちらに視線を移すと、身支度を整えたクレアが立っていた。


「ジブリール様、朝から何をなさっているんですか?」

「クレア! こ、これは!」

「これは? どういう事ですか?」

「そうだ! アルが悪いんです! アルが修道女を見てほうけていたのです! それを問いただしていただけなんです!」


 クレアに詰められたジブリールがあること無い事を口にする。

 それを聞いたクレアの首がぐるりと回り、アルの方へ向く。


「アルさん、ほんとうですか?」

「違う! 俺はただ寝ぼけてただけで、ジルが勝手に勘違いしたんだ!」


 アルの必死の弁解にクレアが再びジブリールの方を向く。


「だそうですよ? ジブリール様、少しワタシとお話ししましょう」

「え? で、でも、これから朝食が──」

「大丈夫ですよ、そんなにお時間は取らせませんから。ほら、行きましょう」

「ちょ、く、クレア! ちょっとまって──ああぁぁ─── ─」


 クレアに連れて行かれるジブリールを見て、クレアだけは怒らせてはいけないとアルはひっそりと心の中で誓った。

 無理矢理引っ張られて連れて行かれたジブリールを今でもベッドの横で祈りを捧げている修道女を見て、ダルク教って本当に大丈夫なのか? と心配になるアルだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?