クレアの『貴方はミカエル様派ですか? それとも枢機卿派ですか?』という問いに大司教であるシド・ティアヌスが眉をピクリとだけ動かす。
お互い睨みこそしないが、見つめ合ったまま一言も発さない。
そんな状況で言葉を発したのはジブリールだった。
「ちょっと待ってください! ミカエル派と枢機卿派とはなんなのですか!?」
ジブリールの記憶はアルが
ジブリールの問いに答えたのはシドだった。彼は視線をクレアからジブリールに移すと、クレアの問いの答えと言わんばかりに事情を説明した。
「今、ダルク教は二つの派閥に分かれているのです。ミカエル様をトップに据えたミカエル派と、ミカエル様を排除し、新しい信仰を築き上げようという脱ミカエル派です。脱ミカエル派のトップが枢機卿なのです。そして、ミカエル派のトップがこのわたし率いるミカエル派なのです」
そう説明すると、「これで良いかな?」とクレアに視線を飛ばす。クレアはそれを受け取って小さく頷いた。
だが、シドの説明を聞いてもジブリールは納得しなかった。
「どうして派閥争いなどしているのですか! 今まで通りミカエルがトップでいいじゃありませんか!」
ジブリールの言うことはもっともだ。今まで何百年とミカエル信仰が続いてきた。それが急に脱ミカエルなどと言い出すには何か訳があるのだろう。
そんな疑問をくみ取ったシドがジブリールに向き直り、再び説明する。
「これは神聖ダルク法王国の上層部しか知られていない事なのですが、ミカエル様の魔力が年々弱くなり、ついにミカエル様が教皇の座を降りる事になったのです。そして次期教皇は枢機卿かこのわたし、大司教シド・ティアヌスのどちらかにすると仰いました」
「ミカエルが退く! そんなに弱っているのですか!」
「ええ、ミカエル様は現在ご自身の存在を維持するのがやっとだとか」
「そういう事ですか。ミカエルが弱体化した為に脱ミカエルを唱える不届き者が現れたと」
「そういう事でございます」
ミカエルの弱体と共に脱ミカエル派が台頭してきた。派閥が分かれていることは山の中腹にある村で聞いた通りらしい。シドがこの話をした時、ジブリールがまたミカエルを心配して先を急ごうと騒ぎ出すんじゃないかとアルは内心ひやひやしていたが、今回は妙に落ち着いている。
なぜ落ち着いていられるのか気になったアルがついジブリールに質問してしまった。
「随分落ち着いてるな。ミカエルが弱っていて、もしかしたら枢機卿に教会を乗っ取られるかもしれないんだぞ?」
若干、不安を煽るような言い方になってしまったが、事実なので仕方がない。
アルの質問にジブリールが落ち着いて答える。
「アルが心配するのは無理ありません。ですが、ミカエルが弱っているというのは彼女の嘘だと思います」
「嘘?」
「はい。この場所もですが、山頂を境に反魔の結界が張られています。こんな芸当弱っていたら出来ませんよ」
「た、確かに」
広範囲の結界だけでもかなりの魔力が必要だろう。更にニブルヘイムで仮面の悪魔を一蹴したナーマを以てして結界内では顕現するのも辛そうだった。そこまでの反魔の力が込められているのだから術者はかなりの魔力量だと伺える。
だとすれば、ジブリールの言うように、ミカエルが弱っているというのは彼女の嘘と見た方が良いだろう。
「それに私達を此処へ呼んだのは誰でもないミカエル本人というではありませんか。きっと枢機卿に悟られない様に秘密裏に私達と接触したかったんだと思います」
「なるほどな。だからミカエル派のシドさんに啓示があったのか」
ジブリールの話した事はあくまで予測に過ぎないが、結界の存在がその予測に信憑性を持たせる。
アルとジブリールの話を黙って聞いていたシドが遠慮がちにジブリールへ質問する。
「流石はガブリ……ジブリール様、見事な慧眼です。そこで一つ質問なのですが、どうしてミカエル様はそのような嘘を?」
「恐らくですが、反ミカエル派を炙りだすつもりだったのではないでしょうか? ダルク教は良くも悪くも大きくなりました。不死に近いミカエルがずっとトップでは野心を持った者からすれば目の上のタンコブでしょう」
「確かにダルク教は大きくなりました。今では中立国として国と認められています。しかし、それはミカエル様あっての物だというのに……」
悔しそうにシドが顔をゆがめる。
そんなシドにジブリールが勇気づける。
「枢機卿の思い通りにはさせません! ミカエルも同じ気持ちだからこそ私達を頼ったのだと思います。一緒に枢機卿もとい反ミカエル派を追いだしましょう!」
「おお、なんという心強いお言葉……感謝で胸がいっぱいです」
「感謝は無事枢機卿を倒してからにしてください」
ジブリールが「任せてください!」と自分の胸をドンと叩く。それを見たシドが
アルとクレアがその光景に若干引いてしまったが、クレアもウリエルを宿しているので他人事ではないと感じたのかゴクリと喉を鳴らした。
応接室での話し合いが終わり、アル達は個別に用意されていた部屋に案内され、今はアルだけになった。正確に言えばアルの影の中にはナーマが潜んでいるのだが誰も気づかなかった。
シドの話では明日の朝、馬車でミカエルの居る首都ダルクに向かうという。それまでは特段とやる事もないので今夜はゆっくり休ませてもらう事にした。