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第56話 シド・ティアヌス

 ジブリールの意外な正体に驚いていると、ジブリールが慌てた様子で弁明を始めた。


「別に隠していた訳ではなくてですね、えっと、過去は過去と割り切っていたので! それにアルは生まれた頃からの仲なので、変に畏まられてもといいますか──」


 早口でまくし立てる様に言い訳をするジブリールだが、アルはそれを遮りジブリールの言葉を投げかける。


「俺がジルの正体を知って態度を変えると思ったのか?」

「……はい」


 蚊の鳴くような声で返事をするジブリールにアルが一喝する。


「俺がその程度で態度を変える訳ないだろ。生まれてから一緒に過ごしてきたのにそんな事も分からないのか!」

「うぅ、申し訳ありません……」

「ジルの正体が大天使だろうが何だろうが、俺にとってはすっと一緒に旅してきた仲間だし、その、お、お姉さんだと思ってる。だから、ジルも気にするな! 今まで通り俺の面倒をみてくれ!」

「は、はい!」


 最初こそジブリールが大天使だったことに驚いたが、ジブリールはジブリールなのだ。国が滅び幼い頃から一緒に旅をしてきた。朝が弱いアルを毎朝起こしてくれた。野営の時はいつも夕飯の準備をしてくれた。それがアルの知るジブリールなのだ。今更ジブリールの正体が大天使だったと言われても、アルにとっては面倒見の良いお姉さん──いや、大切な女性に変わりはないのだ。


 そう結論付け、ジブリールにも今までと同じように接することを伝え、アルとジブリールが落ち着きを取り戻すと、ずっと直立不動で話を聞いていた騎士が言葉を発した。


「お話は済みましたでしょうか!」

「ああ悪い、ミカエルの所へ行くんだったな」

「はい! ですがその前に──」


 そう言って騎士はクレアの方を向き、再び敬礼をする。


「貴女様がウリエル様の宿り木ですね! 貴女様のこともミカエル様がお待ちですので一緒にご同行お願いします!」

「あ、は、はい! 分かりました」


 クレアがウリエルの宿り木だという事もこの騎士は知っていた。ミカエルが昔クレアの魔力暴走を抑えたことがあり、この旅に同行する様にクレアに啓示をしたのだから知っていて当然なのだが、そうなると、アルの中の大魔王の魔力デザイアや大天使ルシフェルの聖魔力まで知られているのでは? と考えるが、その考えは直ぐに否定された。


「お連れの方もご一緒にということですので、このままご同行願います!」

「あ、ああ分かった」


 アルに対してはフランクとまではいかないまでも、ジブリールやクレアに見せた信仰心のようなものは見受けられない。

 ということは、ミカエルが意図して騎士に伝えていないのだろう。それはそれで有難い。大天使ミカエルを主とした天使信仰の国に、大魔王の魔力デザイアの持ち主が現れたとなれば、アルは即時に捕らえられ処刑されるか、良くて牢屋での監禁生活だろう。この配慮にはミカエルに感謝しなければならない。



 騎士の案内で街の中心部にある大きな屋敷に連れられてきた。屋敷の横には立派な教会が建っており、屋敷と繋がっていた。


「このお屋敷の主様がこの街を取り仕切っている大司教様のお屋敷です! どうそお入りください!」

「失礼します……」

「お邪魔します」


 大きな門をくぐり、屋敷の扉の前でシスターに出迎えられた。そのまま屋敷の中へ案内され、応接室らしき大部屋へ通された。


「ここでしばらくお待ちください。すぐに大司教様をお呼びいたします」


 と言ってシスターは応接室から出ていき、部屋の中にはアル達だけになった。


「すごい歓迎されてるな。これもジルとクレアのお陰か」

「そんな! 私は別にここまでして貰わなくてもいいのですが……」

「それは無理だろ。ダルク教は天使を信仰してるんだろ? 大天使のジルとクレアが来たとなったら持て成さない方が無理ってもんだよ」

「うぅ、やはりそうですよね……」


 思っていた以上に歓迎され、委縮してしまっているジブリールに対し、アルはここではただの旅の連れという認識になっているので気が楽だった。

 アルが用意された茶菓子を頬張っていると、応接室の扉がコンコンとノックされ、少し間をおいて扉が開かれた。


 開かれた扉から現れたのは黄金色のローブをまとい、装飾が入った金色の杖を持ち、首からはクレアと同じような金のロザリオを下げている眉根の下がった老齢の男性が入ってきた。見た目から偉い人のオーラを放っており、それこそが信心深さの象徴ともいえるが、見た目の派手さに反してこの男性からは柔和な雰囲気が伝わってきた。

 男性は一目散にジブリールとクレアの前まで移動すると、深々とお辞儀をし、「恐れながらよろしいですか」と一言添えて話し出した。


「この度は遥々はるばるアイアスにお越し下さり恐悦至極にございます」

「アイアス?」

「この街の名でございます」

「そうなのですね。貴方の名前は?」

「おお、これは申し遅れました。わたしはこの街の市長と大司教という役職を与えられておりますシド・ティアヌスと申します」

「私は──」

「ガブリエル様と、そちらはウリエル様の宿り木様と伺っております」


 ミカエルから聞いていたのか、シド・ティアヌスと名乗った男性はジブリールとクレアの正体を言い当てた。

 だが、それに待ったを掛けたのはジブリールだった。


「今はジブリールと名乗っています。できればこちらで呼んでください」

「畏まりました、以後気を付けます」

「それから、彼女はクレアという名前があります。ウリエルの宿り木と呼ぶのは私への不敬と思ってください」

「それは失礼致しました。重ね重ね申し訳ございません」

「分かれば良いのです」

「はっ! 有難きお言葉」


 ジブリールが毅然とした態度でシドと話している姿を見ると、自分も態度を改めた方がいいのか? と思ってしまうアルだったが、先程自分で言った言葉を思い出しかぶりを振った。

 シドの合図で全員がソファーに座り、いよいよシドが本題に入ろうという時、クレアが控えめに手を上げてシドへ質問した。


「あの、私達は騎士様からミカエル様が呼んでいると聞かされているのですが、ミカエル様はいらっしゃらないのですか?」


 クレアの言葉で思い出す。確かに最初は騎士が『ミカエル様がお呼びであります』と言っていた。しかし今目の前に居るのは大司教シド・ティアヌスという男性で決してミカエルではない。

 その疑問にシドが応えた。


「ミカエル様は首都の宮殿におられます。わたしはミカエル様からの啓示を受け取り、こうして皆さまを出迎えております」

「では、ミカエル様がワタシ達を呼んでいるというのは本当なのですか?」

「はい。今夜はこの屋敷に泊まっていただき、明日、馬車にて首都ダルクへ向かい、ミカエル様との謁見をして頂きたく存じます」

「なるほど、そうだったのですね」

「ご不安にさせて申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げて謝罪するシドに、クレアが更に質問する。今度は先程とは打って変わって、低い声音で、相手の心臓を鷲掴みするように。


「では、貴方はミカエル様派ですか? それとも枢機卿派ですか?」

「っ──」


 クレアの質問にシドの方眉がピクリと動いた。しかし表情は崩さずにジッとクレアを見つめている。クレアもシドから目を離さない。まるで目に見えない戦いが眼前で繰り広げられている様な、緊迫した空気が応接室を満たしていた。

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