ナーマが反魔の結界の影響で弱ってしまい、アルの影の中に潜ってしまった。
結界を張ったのはミカエルなのではと考えるアルが不思議に思う。ミカエルと同じ天使であるジブリールが反魔の結界に気づかなかったのだろうか。
それとも、気づいていてわざとナーマを弱らせたのか。
先導しているジブリールの横まで行き直接聞くことにした。
「なぁ、ジル。反魔の結界には気づいてるか?」
「反魔の結界? いえ、結界の気配はありませんが」
「ナーマが結界の影響で弱って今は俺の影の中にいるんだ」
「えっ!? ちょっとまっててください。感知してみます」
そう言ってジブリールが目を閉じ、周囲の気配を探りだした。
一番懸念していた、気づかないフリをしてナーマを弱らせるという線は消えた。
だが、ジブリールは反魔の結界に気づいていなかった。だとすれば何故結界に気づけなかったのかという疑問が残る。
感知を終えたジブリールが目を開き、感知結果を知らせる。
「確かにここは結界内ですね。ただ、この結界の名前の通り、闇魔力を持っている人物や魔物にしか影響しないみたいです」
「じゃあジルが結界に気づかなかったのは聖魔力だからか?」
「確かに聖魔力を持つ人物には影響ありませんが、感知できないということはありません」
「それだとジルが気付かなかったことが可笑しいじゃないか」
「はい。なので感知と共に解析をした結果、隠蔽魔法を重ね掛けされていました。集中して感知しない限り気付かなかったでしょう」
「なるほどな」
ジブリールの言う事が本当なら、結界を張った人物は聖魔力を持つ人物にさえ結界の存在を知られたくなかったという事になる。
それは何の為なのか、今のアルでは答えが導き出せなかった。
「ジルはこの結界、誰の仕業だと思う?」
「山頂を境に神聖ダルク法王国全土を覆っています。これほどの広範囲の結界は並外れた魔力の持ち主でないと成せない所業です」
「つまり?」
「おそらくミカエルの仕業でしょう」
ジブリールもアルと同じ答えに辿り着いた。やはり結界を張ったのはミカエルで間違いなさそうだ。だとしたら、なぜミカエルは隠蔽魔術を掛けてまで結界を隠したのか。
ここでその答えを考えても埒が明かないので、神聖ダルク法王国に着いたら本人に直接問いただそうと決めた。
幸いアル達には害は無さそうなので、一旦結界のことは忘れて下山に集中する事にした。
下山を始めて半日、日が傾き辺りが暗くなってきたころ、とうやく山の
山の麓から少し離れた場所に城壁に囲まれた街がある。この街は山からの賊の襲撃や魔物の襲来に対しての防護壁の役割を担っているため、城壁を作り外からの侵入を防ぐ役割を持つ。
この街の更に奥へと進むと大きな湖がり、その湖を含めた街が神聖ダルク法王国の首都になる。
山から下りて城壁に囲まれた街を見つけたアル達は長い山越えの終わりを感じテンションが上がった。
あの街なら高級な宿屋や食事処等、色々揃っている。
だが、まずは宿屋のふかふかベッドで眠りたいという想いから足取りが早くなる。
それはアル以外の他の者達も同じ様で、街が近づくにつれ歩く速さが段々と早くなっていた。
「もうすぐ街だ! 今夜は久しぶりにベッドで寝れるぞ!」
「それもそうですが、やはり美味しいご飯が食べられますよ!」
「ワタシはお風呂に入りたいです!」
それぞれが欲望をむき出しにして、もはや街に向かって走り出していた。
そしてとうとう城壁に備え付けられている城門に辿り着いた。
城門ではお馴染みの通行証の確認をしていたので、今まで通り偽造通行証で難を乗り切ろうと考えた時、ある事に気づいた。
「ヤバイ! クレアの偽造通行証が無い!」
アルの言葉でジブリールも通行証問題を思い出した。
そもそも何故、偽造通行証を使っているかだが、アルやジブリールの身元を隠すためだった。滅びたはずのグレイス王国の生き残りで、グレイス王国第三王子と知られれば騒ぎになる可能性があるからだ。
そして今はニブルヘイム王国の第一王女であるクラウディアことクレアも同行している。もしクレアの正体がバレてしまっては大騒ぎどころではない。
大陸一の大国と言われているニブルヘイム王国の第一王女なのだ。もとすれば国際問題になりかねない。
ここはやはりナーマの隠蔽魔術に頼るしかないとアルがナーマを自分の影から呼び戻す。
アルの影がプクプクと膨らんで人型になり、影が弾けた跡にナーマが顕現した。
顕現したナーマに事情を説明し、隠蔽魔術を施してくれるように頼む。
しかし、アルの頼みはキッパリと断られてしまった。
「この場所も結界内ですので、闇魔術は無効化されてしまいますわ」
それだけ告げてナーマは再びアルの影に潜ってしまった。
頼みの綱の隠蔽魔術が使えなくなり、いよいよどうするか悩んでいると、城門の奥から立派な甲冑を着た騎士がアル達の元へ走ってきた。
騎士はアル達の前に着くなりカツンッと踵を合わせ姿勢を正し、ジブリールに向かって敬礼をすると、
「貴女様はガブリエル様ですね! 我が主であるミカエル様がお呼びであります。ご同行願えないでしょうか!」
ハキハキと喋る口調にジブリールとミカエルへの忠誠の深さがうかがえたが、アルは一つ引っ掛かった。
「なぁ、ジル。お前ってジブリールだよな? ガブリエルってなんだ?」
「そ、それはですね──」
ジブリールが言い淀んでいると、騎士が代わりにと説明する。
「ガブリエル様はミカエル様と同じ大天使であり、ミカエル様ガブリエル様ウリエル様ラファエル様の四大天使のお一方になります!」
「え? それって結構すごいんじゃ──」
「はい! 四大天使なくしてこの世界は成り立ちません!」
ジブリールの意外な事実に驚きを隠せないでいるアル。それはそうだろう、アルが生まれた頃からの付き合いで、ジブリールからは「しがない天使です」としか聞かされていなかった。しかし、驚いているのはアルだけで、クレアは特段と驚いてはいなかった。
「だいたいの事はウリエル様と同化した時にウリエル様の知識として私の中に流れ込んできたので、ジブリール様の過去についてもその時に知りました」
クレアが「知らなかったんですか?」と意外そうな反応をしたが、知らなかったものは知らなかったのだ。アルからジブリールの過去について言及したりもしなかったので、聞かなかったアルが悪いといえばそれまでだが、女性に過去を聞くのは野暮だとジブリールから教わっていたので、その影響もあったかもしれないが、もしかしたら、それはジブリール自身の過去を隠すためだったのでは? と勘繰ってしまうのは仕方のない事だろう。