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第54話 反魔の結界

 ミカエルの危機にジブリールが焦り、アルはともかくまだ旅慣れていないクレアに夜の移動をしようと持ち掛けてきた。

 いつもの冷静さを欠いたジブリールにアルは魅了チャームを使って記憶を消し、ミカエルの話を聞かなかったことにした。この行動は自分や仲間の身を守る為だったが、魅了で無理矢理行動を制限してしまった事に罪悪感を覚えた。

 そんな出来事のあった翌日の朝、アルが寝ているといつものようにジブリールに起こされた。


「アル、早く起きてください。今日中には山を下りたいので早めに出発しましょう」

「ああ、そうだな。すぐに準備するから下で待っててくれ」


 そう告げるとジブリールは素直にアルの部屋から出ていった。今日中に山を下りたいと言ったのも別に焦って言っている訳では無い。山は天気が変わりやすい。おまけに下山するまではもう村はないのでアルも今日中に下山できればと考えていた。

 一つ心配していたのが、アルに魅了チャームを掛けられたことに気づいたかどうかだが、今の感じでは気づいてはいなさそうだった。その事に安堵し、ふぅと息を吐く。

 準備を整え階段を下りていくと、クレアが待っていた。

 クレアはアルの姿を見つけるとトコトコと近寄ってきて周囲に聞こえない様に小声で話しかけてきた。


「ジブリール様は……やはりミカエル様のことは忘れているんですか?」

「ああ、今のところ思い出した様子はないな」

「そうですか……」


 浮かない表情を浮かべるクレアにアルが自嘲気味に笑い問いかける。


「俺が怖いか?」

「天使様さえ操ってしまう能力ちからは恐怖です」

「そう……だよな」

「ですが、アルさんはワタシを含めた仲間の為に能力を使ってくれたのです。それを恐れるなんてできません」

「クレア……」

「昨夜のジブリール様はワタシから見ても異常でした。アルさんの判断は正しかったと思います。なので、そんな顔をしないでください」

「……ありがとう」


 クレアの言葉に救われた気がした。今まで魅了チャームを自覚無自覚問わず使ってきた。その度に自分自身を嫌悪してきた。昨夜もそうだった。いくら仲間の為とはいえ、幼い頃から一緒に暮らし、旅をしてきたジブリールに魅了を使ってしまった。これでは恐れられている大魔王と同じではないかとさえ思った。

 だが、クレアはそんなアルを正しいと肯定してくれた。アルの能力が恐ろしいと言いながらも受け入れてくれた。それがアルにとって掛け替えのない救いの言葉に思えたのだ。

 仲間の為に能力を使う。そんなアルだからこそクレアは肯定したのだろう。ならば、これからも仲間の為に能力を使おう。たとえ自分が嫌悪しているちからであろうと仲間の為ならおくすることなく使おうと決心した。

 そんなアルの顔を見てクレアが嬉しそうに話しかける。


「アルさんの中で何か吹っ切れたようですね」

「ああ、クレアのおかげだよ。ありがとう」

「未来の妻として当然のことですよ」

「はは、それは心強いな」


 そんな軽口を言い合っていると、ジブリールとナーマがやってきた。アルとクレアが話している間、食堂でずっと待っていたらしいが、いつまで経っても姿を見せないので迎えに来たらしい。


「二人共何をやってるんですか、遅いですよ!」

「悪い、まだ眠気が残ってたからクレアと話して眠気を取ってたんだよ」

「むっ! 何を話してたんですか?」

「それは俺とクレアの秘密だ。な?」


 突然話を振られてあたふたしながらアルのごまかしに乗っかる。


「は、はい! アルさんとワタシの二人だけの秘密です!」

「二人だけの……!?」


 咄嗟だったとはいえ、クレアの放った『二人だけの秘密』にジブリールが食いついた。物凄い剣幕でアルを問い詰める。


「ふ、ふふ、二人だけの秘密とは何ですか! まさか!」

「ジルが考えてる様な事じゃない。ただの雑談だよ。クレアは少しジルを揶揄からかったんだよ」

「本当ですか?」

「本当だよ」

「嘘だったら許しませんから──ねぁっ!」


 ナーマがアルに詰め寄るジブリールの頭を掴んでグキッと後ろへ倒す。その所為でジブリールが変な声を挙げる。ジブリールはナーマに振り返ると、今度はナーマに詰め寄る。


「いきなり何をするんですか貴女は!」

「アナタがいつまでもグチグチと五月蠅うるさいのだから仕方ないでしょう」

「だからといってもっと他にやりようはあったでしょう!」

「はぁ、少しは落ち着きなさいな。今日中に下山するんじゃなくて?」

「はっ! そうでした!」


 ナーマのおかげでようやく本題に戻る事が出来た。それぞれが準備出来ているか再度確認し、問題が無い事を把握したアルの号令で一同は宿屋を後にし、下山道を下って行った。


 中腹の村を出てからは順調に進んでいる。天候も荒れることはないし、野生動物や魔物に襲われるといった事もない。

 ただ、一つ気掛かりなのが、ナーマの足取りがいつもより重そうだということだ。今のペースで行けば日が暮れる前には山のふもとに着くので問題は無いのだが、どうしても気になってしまう。もしかしたらどこか体調が悪いのかもしれない。そう考えたアルがナーマに話しかける。


「どうしたナーマ。いつもより足取りが重そうだけど、どこか体調が悪いのか?」

「いえ、体調が悪いとかではないですわ」

「そうか、何かあったら言ってくれよ」

「でしたら、アル様の影の中に潜ませていただけませんか?」

「やっぱりどこか悪いのか?」


 ナーマが陰に潜みたいなんて言い出すのは初めてだ。ナーマは闇を操る悪魔なので、他人の影に潜むことで体力の消耗を抑えることができる。そんなナーマが陰に潜りたいと言うことは、やはり身体に不調があるのではないかと考えてしまう。

 そのアルの考えはある意味当たっていたことをナーマが口にする。


「山頂を境に広範囲の反魔の結界が張られているんですの。結界内ではわたくしのような闇魔力を持つ存在は徐々に魔力を削られていくんですの」

「結界!? そんな物が張り巡らされていたのか。全然気づかなかった」

「それは仕方ありませんわ。アル様は闇魔力の他に聖魔力も有しております。今は聖魔力の方がメインで活動している状態ですわ」


 ナーマに指摘され、自分の中の魔力を探る。すると、ナーマの言った通り、今は闇魔力よりも聖魔力の方が強く感じる。アルが聖と闇、両方の魔力を持っていた為、アル自身でも異変に気付かなかったのだろう。


「ナーマの言う通り、今は聖魔力を強く感じるよ」

「さすがアル様です。この結界はかなり強力ですわ。並の悪魔や魔物では結界内に入ることさえ出来ないですわ」

「そんなに強力なのか。わかった、ナーマは俺の影に潜んでてくれ。何かあれば呼び戻す」

「ありがとうございます」


 お礼を言うと、ナーマの身体が黒い霧状になり、その霧はアルの影の中へと消えていった。これでナーマの魔力が削られることは回避できただろう。

 しかし、ナーマの言っていた事が本当なら、誰が結界を張ったのだろうか。山頂を境にと言っていたのでかなりの広範囲になる。そして今アル達が居る場所は既に神聖ダルク法王国の統治領域だ。そこまで考えて、出た結論は、ミカエルの仕業ではないかという事だった。

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