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第53話 魅了

 いきなり『今すぐダルク法王国に向かいましょう!』と言い出したジブリールを一旦宿の中に入れ、食堂で話を聞くことにした。昼間アルと一緒に行動していたクレアも一緒だったが、ジブリールは「丁度いいです」と言ってクレアも一緒に話を聞くことになった。

 食堂の隅にあるテーブルに着くとジブリールが早速と事情を説明した。


「この村が既に神聖ダルク法王国の管轄内というのは知っていますか?」

「ああ。村の中央に教会もあったしな」

「では、今のダルク教に関して何か聞きましたか?」

「いや、村の中を散策しただけだから何も聞いてないな」

「そうですか」


 アルの返答を聞いて先程よりジブリールが焦りを見せる。余程切羽詰まった事態なのだろうと推察できるが、その原因が分からないので直接聞いてみる。


「一体何があったんだ?」

「宿屋の主人から聞いたのですが、今のダルク教は枢機卿派と大司教派に分かれてしまっていて、一触即発らしいのです!」


 バンッとテーブルを叩くジブリールだが、なぜジブリールがそんなに焦っているのかが分からない。


「それは確かに問題かもしれないけど、ダルク教の教皇はミカエルなんだろ? ミカエルがどうにかするんじゃないか?」

「それが、ミカエルは教皇を退位したらしいのです」


 ジブリールがそう言うと、アルより先にクレアが反応した。


「それは本当なのですか!」

「私もここの主人から聞いただけなので真偽は不明ですが、枢機卿派と大司教派で分裂しているのは間違いないそうです」

「そんな……なぜミカエル様は退位なさったのですか?」

「そこまでは知らないそうです。なのでこの目で確かめたいのです!」


 そう言ってジブリールがアルを見る。クレアも命の恩人であるミカエルの危機という事でジブリール同様にアルを見つめる。

 正直、宿屋の女主人から聞いただけの噂話にどれだけの信憑性があるかわからない状態で動くのはかえって危険なのでは? と考える。

 しかし、二人の焦り具合を見ると放っておけないという気持ちもある。

 どうしたものかと考えていると、女主人が先程注文した飲み物を運んできた。そしてアル達の会話が聞こえていたのか、女主人が話に割って入ってきた。


「派閥が割れているのは本当ですよ。この村の司祭から直接聞いたからね」


 女主人の言葉にジブリールが反応する。


「その司祭はどちらの派閥なのですか?」

「大司教派らしいよ。何でも枢機卿派は脱ミカエルを唱えているらしいのさ。信心深い司祭さんは大司教派になるみたいだよ」

「なっ! 脱ミカエル!? なんて恩知らずな!」

「恩知らずかはわからないけど、中枢は混乱してるみたいなのさ。まぁ、こんな辺境の村からすればあまり関係のない話だけどね」


 女主人はそう言って厨房の方へ戻って行った。それを見送ったジブリールが再びアルに詰め寄る。


「脱ミカエルなんて許せません! なので一刻も早くミカエルの元へ行きましょう!」


 鼻息を荒くして詰め寄るジブリールにアルが冷静に答える。


「焦る気持ちは分かるけど、もう日が暮れてる。今から山を下りるのは危険だ。早くても明日の朝に出発だ」

「確かに夜の移動は危険ですが、私は勿論、夜に強いナーマが居れば夜間でも移動できます!」


 一歩も引かないジブリール。普段なら夜間の移動は絶対にしないし提案もしない。それだけ理性が吹き飛んでしまっているのだろう。旧知の仲のミカエルが心配なのは理解できるが、冷静さを失ってしまっては思いもよらない危険に苛まれる可能性がある。

 今もフーッフーッと呼吸を荒くしているジブリール。その姿を見て若干怯えてしまっているクレア。このままジブリールを説得してもジブリールが折れる可能性が低いと感じたアルは最後の手段を使う事にした。


「ジル、俺のを見ろ」

「どうしたんです……か……」


 アルは瞳に魔力を集中させ、魅了チャームを発動させた。普段自動的に発動する魅了ではジブリールやナーマといった魔力の高い存在には効果は無いが、アルが意識的に魔力を手中させればジブリール相手ならば魅了に掛かると踏んだ。そしてその予想は的中し、ジブリールの目がとろんと溶けていく。

 魅了に掛かった事を確認し、アルはジブリールに言葉さいみんを掛ける。


「女主人から聞いた事は忘れて、今日はもう寝ろ」

「……はい、わかりました」


 そう返事をすると、ジブリールは席を立ち、自分の部屋に向かって歩き出した。

 一部始終を見ていたクレアが感嘆の声を挙げる。


「アルさんの魅了チャームって凄いですね。ワタシも一回掛かりましたが、あの時とは違ってこんな事も出来るんですね」

「クレアの時は偶然だったからな。普段の魅了は名前の通り催淫効果が強いんだけど、俺が意識して使うとある程度行動を制御できるんだ」

「はぇ~、凄いですね」

「まぁ、こんな力に頼りたくはないけど、今回は仕方なかった。ああでもしないとジルの奴一人でもミカエルの所へ行きそうだっただろ?」

「確かに普段では考えられないほど焦っていましたね。旧知の仲というだけでは無さそうでした」

「多分だけど──いや、なんでもない」


 アルの考えでは、恐らくジブリールはミカエルが以前に宗教弾圧を受けた時に何もできなかった事を悔やんでいるんじゃないかと考えた。悔やんでいるからこそミカエルの退位と脱ミカエルという情報は、ジブリールの不安を煽るのには十分なものだっただろう。だが、あそこまで周りが見えなくなるとはアルにとっても予想外だった。なので、不本意ではあったが今まで忌み嫌ってきた魅了チャームを使った。

 仲間の身の安全の為とはいえ、大魔王サタンの力を行使した自分自身の未熟さに反吐が出た。

 天使を魅了で操るなんて、それこそ大魔王そのもではないかと──。


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