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第52話 デート?

 翌日の朝、アル達は日の出と共に山頂を出発し、神聖ダルク法王国を目指して下山を始めた。

 山頂を境に天候が良くなっていた為、ニブルヘイムから登る時よりも格段と楽に下山する事が出来た。


 下山を初めて2日目、山の中腹にある村に辿り着いた。

 どうやらこの村もニブルヘイム王国側にあった村と同じで、狩猟や農作を行い、ふもとの街との交易をおこなっている様だ。違う点といえば宿屋が運営されていた。それとダルク教徒の為の教会もあった。作りはニブルヘイムにあった教会と一緒の様だが、こちらの教会は手入れが施されており新築と見違う程だった。

 そんな村に辿りついたアル達はひとまず宿を訪ねることにした。


「すみません、一泊したいんですけど」

「はいはい、宿泊ですね。えーと、人数は4人ですね。お部屋はどうなさいますか?」


 はきはきと喋る人当たりの良い女主人が部屋をどうするか聞いてくる。特に悪意があって言った訳ではないのだろうが、部屋の数を確認されるという事はアルが女性陣の誰かと恋仲で一緒の部屋にした方がいいのか? という考えがあるのではないかと勘繰ってしまう。勘ぐってしまったからなのか、アルの声量が少し大きくなってしまった。


「部屋は皆別々で! 4部屋お願いします!」

「は、はいよ。食事つき一泊で銀貨4枚になります」

「はい、これで」

「夕食が出来上がるのは日が沈む頃なので、その位の時に奥にある食堂で声を掛けてください」

「わかりました、ありがとうございます」


 受付を後にして、それぞれが割り振られた部屋に入る。

 荷物を置きベッドに腰かけて人の魔人化について考える。

 こうして考えるのは何度目だろうか。ナーマから話を聞いた夜からずっと頭から離れない。もし、魔力暴走を繰り返してしまったら自分は魔人になってしまうのではないか。魔人ではなく魔族になってしまったらという最悪の状況も考えてしまう。

 ベッドに腰かけてからしばらくしてドアがコンコンとノックされた。「どうぞ」と返事をすると、ドアが開きクレアがアルの部屋に入ってきた。


「どうしたんだ?」

「あの、一緒に教会にいきませんか?」

「あぁ、キレイな教会があったな。ニブルヘイムと違って」

「もう! そんな言い方しないでください」

「ごめんごめん」

「ダメですか? やっぱり疲れてますよね」

「いや、大丈夫だよ。ただ……」

「ただ?」


 アルが言葉を区切ると視線がクレアの胸元へいく。決して大きな膨らみがもくてきではない。その上に乗っかている物に視線を向けていた。


「あっ、このロザリオですか?」

「ああ。ニブル王を操っていた悪魔が恐れるくらいにはミカエルの聖魔力が宿っている。ダルク教はミカエル崇拝なんだろ? そんな人達の前にミカエルの加護が宿ってるロザリオを持って姿を現すのは危険なんじゃないかと思って」

「そ、そうなんですか……?」


 ダルク教徒がどういった思想の持ち主かは知らないが、中腹の村でクレアが怪我人を助けた時にミランダから『神の奇跡の使い手』と言われていた。回復魔術を使っただけであの反応だった。しかもミランダ自体がダルク教徒でもなさそうだった。これがダルク教徒、しかも教会に行くとなると司祭が居るだろう。ロザリオの魔力を感知されたらクレアがどういう扱いを受けるか分からない。


「ロザリオを置いていくってのはダメなのか?」

「それがですね、ミカエル様から授かった時から外せなくなっているんです」

「マジか。ん~、どうしようか」

「そんなに悩まないでください、教会に行くのを我慢すればいいだけですから」

「でもお祈りしたいんだろう?」

「……はい。ですが、それはワタシの我儘わがままですから。気にしないでください」


 慌てた様子で両手をブンブンと振りながら遠慮をするクレアを見て、やはりまだクレアはアルに……いや、アル達に対して遠慮しているのが感じ取れた。今もアルに一緒に教会に行こうと提案するのも勇気が要った筈だ。そんなクレアの勇気を憶測の危険性でダメにしてしまった。

 そんな罪悪感もあって、アルが提案する。


「教会がダメなら、町中を一緒に歩かないか? 情報収集もしたいしさ」

「本当ですか! ぜひご一緒させてください!」


 さっきまで空元気だと分かる程落ち込んでいた雰囲気が一気に明るくなった。

 そういえばクレアと二人きりは初めてだなと気づき、もしかしてこれはデートというものでは? とアルに緊張が走る。

 そんなアルとは打って変わって純粋に楽しそうなクレアがアルの手を取り先を急ぐように引っ張る。


「そうと決まれば早く行きましょう!」

「ちょ、分かったから落ち着けって」


 今まで見た事のないほどテンションが高くなっているクレアに腕を引っ張られ、アルとクレアは宿屋を後にした。


「アルさん、あそこで猪の解体をやってますよ!」

「アルさん、あそこで薪を割っているみたいですよ!」

「アルさん、あそこが居酒屋みたいですよ!」

「アルさん、あそこで焼き串売ってますよ!」


 クレアは事あるごとにアルさんアルさんとアルを引っ張り回している。いつもと違う──王女ではない普通の少女の様なクレアに安堵する。クレアは自分で旅に同行すると決めたと言っていたが、それはミカエルの啓示があったからこその選択だっただろう。そして今まで王女という立場上こういった市民の生活にもあまり触れる機会もなかったからか、アルからすれば普通の事でもクレアには新鮮に映っていた。そんなクレアの姿に母国が滅び、ジブリールと旅を始めた当初の自分が重なって懐かしさを感じていた。


 クレアに散々村の中を振り回され、日が沈みかけてようやく宿屋へ戻ると、宿の入り口でジブリールが仁王立ちしていた。

 ジブリールとナーマに何も言わずに出かけてしまったので、それでジブリールが不機嫌になったのだろうとアルが推察するが、その推察が外れた。


「アル、今すぐダルク法王国に向かいましょう!」


 開口一番にそう言ったジブリールはどこか切羽詰まった様な雰囲気を醸し出していた。その雰囲気を感じ取ったアルは「とりあえず中で話を聞かせてくれ」と言い、まだ状況が掴めていないクレアを連れて宿屋の中に入った。


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