アルの魔力暴走を治める為にジブリール、ナーマ、クレアの三人がかりで吸魔を施してやっと魔力暴走が治まった。しかし、吸魔の影響でクレアが失神してしまい、山頂から動くことが出来なかった。
クレアが目覚めた時には既に日が暮れ始めていたので、仕方なく山頂で野営をすることにした。
「本当にすみませんでした!」
「気にするなよ。クレアのお陰で魔力暴走が治まったんだから」
「そう言っていただけると助かります」
自分のせいで山頂に足止めをさせてしまったと謝るクレアだったが、アルからすれば感謝こそすれどその後の失態を責めることは出来ない。
お互い様だと結論付けて野営の準備をしていると、ジブリールが気になる事を言い出した。
「この場所で野営とは、アルとクレアに魔力制御を教えておいてよかった」
「どうしてだ?」
「この場所は
「で?」
「え?」
ジブリールの言っている意味が分からずに首を傾げると、ジブリールも首を傾げる。つられてクレアも首を傾げるという珍妙な光景にナーマがツッコむ。
「貴女達、何をしてるんですの?」
「何をって、この場所は魔素が濃いから魔力制御を教えておいて良かったと言ったのです」
「なるほど、それでアル様が首を傾げていると」
「はい」
「貴女はおバカさんなのかしら?」
「いきなりなんですか!」
「アル様は魔素が
「はっ! そうなのですかアル!」
驚いた表情で話題を振られたアルが答える。
「ナーマの言う通り、魔素の影響なんて知らないぞ」
アルの返答にさらに驚くジブリールだが、ナーマが説明をする。
「アル様、魔素が魔力の源というのは教えましたよね」
「ああ。だから
「そうです。ではその理由は?」
「理由? 今の世界にはあまり魔素が無いから仕方なく他人から奪うって言ってなかったか?」
「その通りですわ。ですがこの場所は今の世界ではあり得ない程魔素に満ちています」
「そうだな。それがどうかしたのか?」
魔力の源である魔素が満ちている事の何が悪いのだろうか? 天使や悪魔にとっては吸魔の必要が無くなり良い事しかないと思っていると、ナーマが左右に首を振る。
「本来魔素というのは色々な物に含まれています。草木は勿論、水や空気にまで。昔の人間は誰もが魔力制御出来たので問題なかったのですが、魔力制御のできない野生の動物はどうなると思いますか?」
「どうなるって言われてもなぁ。魔素の無い世界で育ったし」
「でわ、この場所に居た動物はどうなったのでしょう?」
「この場所に居た動物? っ!? もしかして魔物になるのか!?」
「その通りですわ」
野生の動物が魔素を取り込む事で魔物になる。ならばとアルが考える。
「もしかして……人間も魔物化するのか?」
「そうですわ。ただ、人間の場合は魔人と呼んでいました。なのでアル様やクレアに魔力制御を教えておいて良かったとなります」
「そういう事だったのか! でも魔素を取り込んでるっていう意識はないぞ?」
「意識しなくとも取り込んでいます。先程も言ったように空気にも含まれていますから」
「そうだった! じゃあもし魔力制御出来てなかったら……」
「魔人になっていたでしょう」
驚愕の事実にアルとクレアが目を合わせる。もし魔力制御を教わっていなかったらと考えると背筋が凍る思いだ。
そこでふと疑問が生じる。魔人となった人間はどうなるのだろうと。
「なぁ、魔人になった人間はどうなるんだ? 魔物みたいに狂暴になったりするのか?」
「大半は自我を失い暴れまわりますわ」
「大半はってことは、自我を失わない人も居たってことか?」
「ええ、居ました。魔人になっても自我を保つ人間の事を魔族になり、大魔王サタンの眷属として扱われました」
またもや衝撃の事実が飛び出した。
文献を読んで知っている魔族は神界に住む天使や悪魔と違い、魔界と言われる世界で生き、度々この世界に現れて人間と争いをしていたという事だ。だが、ナーマの言っている事が本当ならアルの知っている歴史が変わってしまう。
「魔族は魔界に住んでいるんじゃないのか?」
「そうですわ。遥か昔に魔族の祖先と神々が争い、魔族は敗北しこの世界を追われ深層世界に逃げました。そこから深層世界は魔界と呼ばれるようになり、この世界には人間が住む様になったのです」
「おいおい、マジかよ。俺の中の歴史が音を立てて崩れていったぞ」
「仕方ありませんわ。ここまでの歴史を知る者は既に亡くなっているか、各世界の片隅で隠居していますから」
次々と明かされる真実に眩暈を覚える。アルはなんとかついていっているが、クレアは目をグルグルさせていた。
「でも何でナーマはそんな事知ってるんだ? もしかしてジルも知ってたのか?」
「いえ、私も初めて知る事が多かったです」
「なら、ますます気になるな。どうしてだナーマ」
アルの質問にナーマが当たり前の様に答える。
「
何度目か分からない新たな真実だったが、ナーマのこの発言に一番食い付いたのはジブリールだった。ジブリールはナーマの両肩をガシッと掴み、顔と顔がくっつくんじゃないかという程近づけ、切羽詰まった様子でナーマに質問する。
「それは本当ですか! 本当ならルシフェルの記憶もあるんですか!」
「ちょ、近いし声が大きいわよ」
「そんなことより質問に答えてください!」
「覚えていないわよ。
「そう……ですか」
ナーマの答えを聞いてジブリールが力無く返事をし、拘束していた両肩から手を離す。
そんなジブリールにナーマが声を掛ける。
「貴女が何を知りたかったかは知りませんが、今の主はアル様という事はわすれないでちょうだい」
「……分かっています。ただ……いえ、そうですね。今の主人はアルです! 私はアルに一生ついていくと決めているんです! なので貴女が何を知っていようと関係ありません!」
「分かればいいのよぉ」
まるで自分自身に言い聞かせる様に宣言したジブリールがアルの元へ行き、頭を下げる。
「申し訳ありません! 私としたことが取り乱しました」
「気にするなって。それにジルには沢山助けられてるからな、これからもよろしく頼む」
「はい!」
ジブリールの元気な返答が山に木霊し、それをナーマが笑う。
ナーマから色々聞かされ、知らなかった真実を知った。大魔王サタンの記憶にはアルも興味はあったが聞く気にはなれなかった。聞いても答えてくれなそうな気がしたのだ。ならば無理に聞く必要もない。いつかナーマ自身から話してくれると信じるしかない。
色々と脱線したが夕飯を食べ、早めに寝て朝早く出発する事になった。
見張り番の時にアルは考えた。人間が魔素を取り込みすぎると魔人や魔族になる。では自分はどうなのか? 魔力暴走は魔人や魔族になる手前なんじゃないか? 今はジブリール達に吸魔をして貰い、暴走を治めている。だが、暴走が治まらなかった時、一体どうなってしまうのか。
焚火を見ながらそんな事を考えてしまい不安になる。それを頭を振って強引に追いだす。考えても埒が明かないものは考えない方が良い。そう自分に言い聞かせ、アルはふと夜空を見上げ、夜空に散らばる星々に想いを馳せるのだった。