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第48話 アルの決断

 アルの周囲にはアルから溢れ出た魔力が渦巻いている。そして台風の様に渦巻く魔力の中心に居るアルの瞳は深紅に輝いていた。深紅の瞳は今まで魔力暴走をおこした時に現れていたが、今回はアルの意識がハッキリしており、今までの魔力暴走とは違っていた。

 その事に気づいたナーマがすぐさまひざまずき、主人である大魔王サタンに敬意を払う様に、アルにも同じ振る舞いをした。


「ナーマ、もう一度聞く。ミランダ達を殺すのか?」

「……はい」

「お前……!」

「恐れながら申し上げますと、この者達が生きていると、いずれアル様の野望の邪魔になります。なので、どうかもう一度アル様自身でご考慮していただけませんでしょうか?」


 アルの威圧に耐えながらナーマがアルに進言する。本来なら大魔王サタンに進言するなど愚かな行為だが、今はあくまで人間のアルファードという青年に語り掛けている。


「どうしてミランダ達が野望の邪魔になるんだ? ミランダ達が何かするというのか?」

「今の人間には悪魔はグレイス王国を滅ぼした悪だという認識が広まっています。悪魔だけでなく、少なからず天使も畏怖の対象になっている国もあるでしょう。それはアル様の野望を叶える障害になるのです。アル様が本当に野望を叶えたいのなら、今ここで目撃者を消すしかありません」


 ナーマの言葉を聞いてアルが手を顎に添えて考え始めた。その様子を見たナーマはもう一息だと思い、更に言葉を繋げる。


「アル様は野望を叶えなければなりません。

「っ!?」


 ナーマの最後のひと押しがアルの心を揺さぶった。それははたから見ても分かる程に動揺し、表情にでてしまっていた。

 そして、アルは聞かずにはいられなかった。


「俺の母を知ってるのか?」

「はい、旧知の仲でございました。グレイス王国に嫁ぐ前は良くしてくださいました」

「……そうだったのか。どうりで最初から俺の事をアル様と呼んでた訳か。俺がただ大魔王の魔力デザイアを持ってるだけじゃなかったんだな」

「今まで隠していた事は謝罪します。ですが、アル様にとって御母上様は特別な存在だと認識していましたので、むやみやたらに刺激しない方が良いと考えました」

「なのに今回は躊躇なく出してきたな」

「それだけ今回の決断が重要だという事をご理解ください」

「……そうか」


 ナーマは自分が出せるカードは全てだした。いや、今の段階で出せるカードは出した。まだナーマの手札には隠しているカードはあるが、そのカードを切ってしまったら、自分はおろか神界までもが滅んでしまう可能性がある。なので、ナーマにはこれ以上出せるカードは無かった。

 ただ、ナーマが出したカードがアルに効果的だったのはアルの状態を見れば一目瞭然だった。


 しばらくの沈黙が続いた後、アルは何も言葉を発さずに剣を抜き放った。そして深紅の視線をミランダ達に標準を合わせ、ゆっくりと歩き出した。


 装飾が施された剣を携えながら近づいてくるアルに向かってミランダ達は、それこそ死ぬ思いで懇願する。


「あ、アンタの事は絶対に口外しない! だから命だけは助けてくれ」

「有り金も全部渡す! だから殺さないでくれ!」

「た、助けてください! いのち、命だけは!」

「あわわわわ……死にたくない死にたくない!」


 それぞれが命乞いをする中、アルは歩みを止めず、とうとうミランダ達の眼前に辿り着き、目線を合わせる為にしゃがみ込む。

 アルがしゃがんだことで深紅に輝く瞳を正面から見たミランダ達は更に恐怖で身体が動かなくなり、しまいには声を出すことさえできなくなってしまった。

 そんなミランダ達にアルは一方的に言葉を投げつける。


「一部始終聞いてたと思うけど、あんた達には死んで貰う。できれば殺したくなかったけど俺には叶えなきゃならない野望があるんだ。だから俺の野望の為に死んでくれ。まぁ、俺の野望が叶った世界でならさ」


 アルの言葉が終わると同時にアルの瞳の輝きが強くなった。その瞳を見ていたミランダ達は白目をむいて次々とその場に倒れ込んだ。

 ミランダ達全員が倒れるのを見届けたアルが立ち上がると、クレアに向かって声を掛けた。


「クレア、念のためだ。死んでるか確認してくれ」

「……っ、は、はい!」


 アルの無慈悲とも言える要求にクレアは一瞬だけ戸惑ったが、すぐにミランダ達の元へ駆け寄り死亡確認をする。

 クレアは何故自分が死亡確認させられているかを考えた時に背筋が凍った。クレアは回復魔術を扱える。それが故に回復魔術でも回復できない事象、つまり死亡していることが誰よりも正確に分かる。だから自分を指名したんだと認識した時、クレアの中でアルが非常に冷酷であると感じたと同時に、これが王としての資質なのだと確信した。


「……間違いなく死んでいます」

「そうか」


 クレアの報告に短く答えたアルがナーマに向き直る。


「これでいいんだろ?」

「さすがアル様でございます」

「そうかよ。俺は疲れたから岩場の影で休ませてもらう。クレア、ジブリールを起こしてミランダ達をどこかに埋葬してくれ」

「……はい、分かりました」


 アルの言葉を受け、クレアはジブリールに回復魔術を施す。アルは宣言通り近場の岩の影に入り座り込む。ナーマはというと、仕方が無かったとはいえアルを焚きつけた事に自責の念があるのか、アルとは反対方向に座り込んだ。


 クレアの回復魔術で目を覚ましたジブリールがクレアから事の顛末を聞かされ、勢いよくナーマの所まで詰め寄ると、ナーマに向かってありとあらゆる罵詈雑言を放った。いつもならナーマも負けじと反論するのだが、今回は何も言い返さず、ただただジブリールの怒りの捌け口となっていた。


 何も言い返さないナーマに嫌気が差し、クレアと一緒にミランダ達の遺体を森の仲へと運ぶ。そしてひと際大きい木の根元に横たわせる。ジブリールとクレアは敢えて埋葬はしなかった。こうして野ざらしにしておけば野生動物たちに食べられてしまうが、骨が残っていれば誰かが発見してくれるだろう。そうすればもっとまともな扱いをしてくれるかもしれないという想いからだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※


 ミランダ達を綺麗に横並びに揃え、ジブリールとクレアが目を瞑り祈りを捧げていると、げほっごほっと聞こえてきた。二人は何事かと目を開けると、そこには上体を起こして必死に呼吸するミランダ達の姿があった。


「こ、これは一体……?」

「どういう事でしょう? アルは実際に殺したのですよね?」

「はい、私が死亡確認しましたが確かに心臓は止まっていました」

「それではこの状況はどう説明するのです? っ!? 待ってください! アルは睨みつけるだけで殺したと言いましたよね?」

「はい、ワタシにはそう見えました」

「おそらくそれは魅了チャームだったのでは? 魅了の力でミランダ達を一時的に仮死状態にしていたとすれば!」

「っ!? だとすると、アルさんは最初からミランダさん達を殺すつもりはなかった?」

「きっとそうですよ!」

「でも、どうしてこんな回りくどい方法を?」

「それはきっとあの悪魔ナーマを騙す為ではないでしょうか?」

「なるほど! でしたらこの事はワタシ達だけの秘密にしておきましょう」

「そうですね、あの女にわざわざ知らせる義務もありませんし」


 ジブリールとクレアが目の前で起きた事象の議論をしていると、完全に息を吹き返したミランダが声を掛けてきた。


「なぁアンタ達、なんでアタシ達がこんな所で寝てたか分かるかい?」


 もっともな疑問にクレアが答える。


「ミランダさん達はアルさんに助けられたんですよ」


 そう答えると、驚きの反応が返ってきた。


「アルさん? ってのは誰の事だい? アンタ達の知り合いかい?」

「えっと、昨日から一緒に魔物退治をしてたんですが覚えていないんですか?」

「魔物退治の依頼なら覚えてるが、アンタ達は今初めて知ったよ。本当に一緒に魔物退治をしてたのかい?」

「っ! これは……!」


 まるで先程までの出来事が無かったかのような反応をする。それどころか自分達の存在まで消えてしまっていることに驚くクレアだったが、ジブリールがこの現象の正体に気づき、ミランダ達に聞こえない様にクレアに耳打ちをする。


「これは恐らく魅了チャームによる記憶改竄でしょう。紋様の事だけでなく、私達の存在ごと記憶から消したに違いありません」

「そんなことが可能なんですか?」

「アルの魅了は大魔王の魔力デザイアと同じ大魔王サタンの力ですから、何が起こっても不思議ではありませんよ」

「そうなのですか……、なら、このまま私達は他人のフリをした方が良いでしょうね」

「そうですね、折角アルが仕組んだんです。無駄にはできませんね」


 コソコソとやり取りをする二人に業を煮やしたミランダが強引に話しかける。


「コソコソと一体何なんだい! こんな所で寝てたアタシも悪いけど、見世物じゃないんだ! 何も知らないならとっとと何処かに行ってくれないかい」

「申し訳ありません、そんなつもりは無かったのですが不快な思いをさせてすみませんでした。では、私達は先を急ぎますのでもう行きますね。どうか無理しないでください」

「ふん、言われなくたってそうするよ!」


 追い払われた感じになってしまったが、これで良かったのだと二人は見なした。下手に干渉してしまえば記憶を取り戻してしまう可能性があるからだ。

 ミランダ達と別れ、アルの元へ帰る足取りは軽かった。いくら自分の野望の為とはいえ口封じに殺すといった選択をしなかったアルに再びの信頼が出来た事が嬉しかったのだ。


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