村を出て険しい山道を進む。生い茂った草木が邪魔をしてなかなか前に進むのが難しいが、先頭を行くミランダが一本の獣道を発見した。
「恐らくこの獣道は魔物が通った跡に違いないわ」
そう言うミランダにアルが疑問を
「普通の獣の可能性もあるんじゃないか?」
「確かにその可能性もあるけど、ここを見て。踏まれた草が変色してるでしょ? これは魔物の魔素によって変色しているのよ」
「そんな性質があるのか。分かった、このままミランダが先頭で先を進んでくれ」
「了解」
そんなやり取りをして再び一行は先に進む。獣道はどんどん山奥に進んで行き、険しい山肌を登っていく。標高も高くなってきたので気温も下がり寒さとの戦いにもなってきた。
そんな時、ジブリールがアルに声を掛けた。
「アル、寒くなってきたので村で買ったこの
「サンキュー、助かる」
ジブリールはアルに外套を渡すと、クレアにも同じように手渡した。だが、ジブリールとナーマは外套を羽織るそぶりは見せずいつもの格好だ。特にナーマは普段から露出が高いのでよくこの寒さで平気でいられるなと思いながらも、ジブリールとナーマは人間ではないのでこの程度は影響ないのだろうと無理矢理納得した。
更に山道を進むこと1時間、ミランダが手信号でストップを掛けた。
「どうしたんだ?」
「まずい事になった。まさかあんな魔物だったなんて……ここは一旦退却した方がいい」
「そんなに危ない魔物なのか?」
「ああ、私達では討伐は難しい。ギルドに報告して討伐隊を編成して貰うしかない」
ミランダの言葉に一体どれほど危険な魔物なのか気になったアルがミランダの先を見据える。そこには大型の鹿の魔物が居た。その大きさは一般的な家より大きく、伸びた立派な角は大木の枝のようだった。これまでアルが遭遇した魔物の中でも異常と言える大きさだ。
だが、そんな魔物を見ても不思議と恐怖する事は無かった。おそらく魔物以上の悪魔との戦闘経験がそうさせているのだろう。
「ジブリール、ナーマ、クレア。俺達であの魔物を倒すぞ」
「はい!」
「ええ」
「分かりました!」
アルの呼びかけにそれぞれが返事を返すと、ミランダが待ったを掛けた。
「本気か!? アイツはグレートディアといって魔物化していなくても熟練した
ミランダの警告に男性陣もコクコクと頷いている。だが、アルは止まろうとはしなかった。
「忠告はありがたいけど、ミランダ達に被害がいかない様にするから此処で待っててくれ」
「おい! まっ──」
ミランダの制止を振り切る様にアルが魔物目掛けて飛び出す。するとジブリール、ナーマ、クレアもアルの後に続いて飛び出して行ってしまった。こうなってしまってはミランダはアル達が無事に帰ってくる事を祈る事しか出来ない。
一番最初に接敵したのはアルだった。グレートディア目掛けて駆けてくるアルに気づき大きな角を構え戦闘態勢に入る。が、アルの突進スピードの方が速く、完全に戦闘態勢になる前にアルはグレートディアの下に滑り込み、突進のスピードそのままにグレートディアの右後ろ脚を両断した。
足を一本失ったグレートディアが体勢を崩し、鼓膜が破れるのではと思う程の鳴き声を上げて横倒しになった。
その時を待っていたかのようにナーマの拘束魔術が発動する。
「
黒い
「
ドォン! ボォン!
水球と火球が着弾し砂埃が巻き起こり再びグレートディアが咆哮する。そのもたげた首に剣閃が走り、数舜遅れてグレートディアの首がドドォンという音と共に地面に落ちた。
グレートディアの首を落とした張本人であるジブリールが剣に付いた血を一振りして払う。そしてゆっくりと剣を鞘に納めた。
無事に戦闘が終わり、アルの元に三人が集まる。
「ナイス、ジル」
「いえ、アルの初撃のお陰です」
とどめを刺したジブリールに賛辞を贈る。そして今回が魔物との初戦闘だったクレアに感想を聞く。
「クレアの魔術のタイミングもバッチリだったな。どうだった初めての魔物との戦闘は?」
「凄く緊張しましたが、皆さんのお陰で冷静に対処することが出来ました」
「初めての戦闘にしては上々だ。これからも頼りにしてるよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
クレアが勢いよく頭を下げる。アルの言っていることはお世辞でも何でもない。なにせアルが初めて魔物と対峙した時は恐怖で震えて何も出来なかった。それを思えばクレアはアルの言った通り初めての戦闘ではかなり良いだろう。
アルがジブリールとクレアに賛辞を送っていると、ナーマがアルに枝垂れかかりながら甘えた声でアルに言葉を掛ける。
「アル様~、
「ああ、ナーマもありがとう。やっぱりナーマの拘束魔術は頼りになるよ」
「あぁん! アル様に褒めて頂き、このナーマ至高の幸せですわ~」
「はいはい。分かったからそろそろ離れてくれ」
「あぁん、アル様のいけずぅ」
大型の魔物を倒した後でもいつもの調子のアル達を遠くで見ていたミランダ達はあっけに取られていた。本来なら手練れが5人以上で連携を組んでやっと倒せる相手をまるで子供を相手する様に簡単にあしらってしまった。最初は退治すると言い出した時は物を知らない命知らずと思っていたが、ミランダの中にあるアルの印象がガラリと変わり、アルを見つめるその視線には熱を帯びていた。