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第37話 大天使ウリエル

 空き家に戻り、不機嫌なナーマに事の経緯いきさつを話した。クレアが荒くれ冒険者達に無理矢理連れ去られそうになっていたこと。その光景を見てアルの怒りが爆発し、魔力暴走を起こしてしまったこと。間一髪のところでジブリールに吸魔されたこと。そしてクレアが王女である証明が難しいことなど。

 それらの話を聞いたナーマが開口一番に発した言葉は実にナーマらしかった。


わたくしも魔力暴走した大魔王の魔力デザイアを吸魔したかったですわ」

「貴女はまたそんな事を……。あの時は本当に危機一髪でした。私が少しでも遅れていたらアルは殺人者になってしまっていました」

「そんな身の程知らずは殺してしまっても良かったんじゃなくて? 少なくともクレアに無礼を働いたのでしょう?」

「いくら相手が悪いからといって殺してしまっては周囲の印象が悪くなってしまいます」

「そんなもの放っておけばいいでしょう」

「いけません! アルの旅の目的を忘れたのですか? いざグレイスを再建する時にアルの印象が悪かったら上手くいくものも上手くいきません!」

「そういえばそうだったわねぇ。アル様も難儀ですわね」


 ジブリールの言う通りなのだ。いくら悪党とはいえ殺してしまってはアルの印象が悪くなる可能性がある。なので今まではなるべく揉め事は穏便に済ませてきた。仮面の集団の様に悪意ある悪魔であれば、人間側からすれば恩人にはなるが、それが相手が人間だと簡単にはいかないのだ。


「でもジブリールのお陰で助かったよ、ありがとう」

「いえ、これも私がアルと一緒に旅をしている理由の一つですから気にしないでください」


 ジブリールは当たり前のことをしたまで! といった感じでアルのお礼を軽く受け入れる。そんなジブリールに改めて感謝しなおした後、もう一つの懸念材料を口にした。


「クレアは修道服を着ているという事もあって今回の様なやからに絡まれる事は今後もあると思う。ジブリールとナーマに聞きたいんだが、どう対処すべきだと思う?」


 アルからの相談にいち早く答えたのはジブリールだった。


「やはり一人で行動させない様にするしかないんじゃないですか?」

「やっぱりそれが一番妥当だよなぁ」


 簡単で直ぐに実行出来る対策としては常に二人以上で行動するというのが手っ取り早い。やはりこの案でいくしかないかと結論付けようとしていたところにナーマが当たり前の様にある提案をした。


「そんなもの、クレアが強くなれば解決じゃありませんか」


 そうなのだ。もう一つの解決策はクレア自身が自分の身を守れるくらい強くなることなのだ。だが、これには時間が掛かる。すぐ強くなれるならアル自身が既に試している。


「そんなに簡単に強くなれないだろ。ジルやナーマじゃないんだから」

「だからクレアも吸魔すればいいんじゃありませんの」

「クレアは人間だぞ? 大魔王の魔力デザイアを吸魔なんてできないだろ」

「あら? 私は大魔王の魔力とは言っていませんわ」

「え?」

「アル様の中に芽生えた聖魔力を吸魔して自分の力に還元すればクレアでも少しは強くなれますわ」

「え? マジで?」


 本当に? という視線をジブリールに送ると、ジブリールは静かに頷いた。


「ですが、まずクレアに吸魔のやり方と聖魔力だけを吸魔する正確性が必要です」


 ナーマの提案の問題点を指摘するジブリール。そのジブリールにずっと話を聞いていたクレアがズイズイと近づき、両手を取って懇願する。


「お願いしますジブリール様! 吸魔のやり方を教えてください!」

「クレア……、アルとの吸魔は失敗すれば大魔王の魔力デザイアを吸ってしまうかもしれないのですよ? 大魔王の魔力は人間には猛毒です。おそらく死んでしまいます」

「それでも! ワタシは皆さんの足手まといになりたくないんです!」

「ん~、どうしましょう……」


 ジブリールと共にアルもどうするのが一番良いのか考えていると、クレアが持っている金のロザリオが眩いばかりの光を発した。


「こ、これは……!」

「な、なんだなんだ!」

「くっ……この光は!」


 ジブリール、アル、ナーマの三者三葉の反応を見せる中、クレアだけが光の中で目をつむり、何の反応もしなかった。

 クレアの意識が無いと判断したアルとジブリールが助けようと光に手を伸ばすとロザリオから発せられている光に弾かれた。どうするべきなのか考えていると意識が無い状態のクレアから言葉が発せられた。


「この身体を守る為、身体の持ち主に吸魔の力を授ける」


 クレアが発している言葉だが、声がクレアの物ではなかった。もしかしたら誰かに操られているのかもしれないと判断したアルがクレア? に質問する。


「お前は誰なんだ?」

「ふむ、お主はルシフェルの持ち主か」

「質問に応えろ! お前は誰だ!」

「私は大天使ウリエル。今世の名はクラウディア。私はルシフェルと共に歩む者」

「大天使ウリエルだと!」

「ルシフェルの主よ、今世の私を頼む」

「頼むってなんだよ!」


 アルの質問に答えることなく段々と光が弱まって行き、ロザリオは元の輝きに戻った。そしてクレアもそれと同時に意識が戻ったらしく、呆然としているアル達を見て不思議そうに質問する。


「あ、あの、何かあったんですか?」

「覚えてないのか?」

「え! 本当に何があったんですか!」


 今度はクレアが動揺する。アルはジブリールとナーマに視線を送り再びクレアに視線を戻す。


「クレア、落ち着いて聞いてくれ」

「は、はい」

「今、クレアの意識を奪っていた者が居た」

「えぇっ! だ、誰なんですか?」

「……大天使ウリエル……らしい」

「え? だ、大天使……さま?」

「ああ、本人はそう言っていた」


 クレアはいきなり飛び出した大天使という単語に驚きを隠せないでいた。ニブルヘイムでは幼い頃に同じ大天使であるミカエルに命を救って貰い、ニブル王奪還の時もロザリオからミカエルの声が聞こえ、その指示に従っていた。この旅もそうだ。ミカエルからアルの伴侶になるように言われ、旅に同行する様にミカエルから啓示があった。だが、今回は同じ大天使でもミカエルではなくウリエルという新しい大天使が現れた。動揺しない訳がない。

 ただ、ジブリールだけは平静を保っていた。

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