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第36話 魔力暴走

 荒くれ冒険者に絡まれて怯えているクレアを見た瞬間、アルの怒りが頂点に達した。そしてジブリールでさえ追い付けない速さで男達に向かって走って行く。冒険者の一人が物凄い形相で向かってくるアルに気づいた時にはアルの拳が顔面に突き刺さった後だった。

 仲間の一人がいきなり吹き飛んだことでアルの存在に気づき、戦闘態勢に入る。


「お前、何しやがった!」

「それはこっちのセリフだ。俺の仲間に何をしやがる」

「ははっ! そのシスターはお前の仲間だったのか。どうだ? どうせなら一緒に楽しまないか?」

「も……い……」

「あ? なんだって?」

「もういい、黙れ」

「なにを──げふっ!」


 男の提案にアルの怒りが臨界点を迎え、提案してきた男の腹を蹴飛ばした。腹を抱え苦しむ男にアルは更に膝蹴りを入れ追い打ちをかける。遂に倒れ込んだ男だが、アルの攻撃は止まない。今度はボールを蹴る様に男を蹴飛ばすと、男はボールさながらごろごろと転がっていった。

 まだ転がっている男から視線を残っている一人に移すと、残された男が土下座をして謝ってきた。


「ゆ、許してくれ! べつにアンタと揉めたい訳じゃないんだ!」

「うるさいな、とりあえず喋れない様にするか」

「ひぃ! や、やめてくれ!」


 怯える男に向かって鞘から剣を抜き放ち、剣先を男の口元に当てがう。許しを請う声すら耳障りに感じる。その元凶である男の口目掛けて剣を振りかぶり切りつけようとした瞬間、アルの腕にクレアがしがみ付いて止める。


「離せ」

「ダメですアルさん!」

「離せと言っている」

「っ! ダメです!」

「……仕方ない」

「っ!」


 アルの氷の様に冷たい言葉と怒りに溢れた赤い瞳を見てクレアが恐怖で固まってしまう。そんなクレアに対し、アルがもう片方の腕で振り払おうとすると、今度は追い付いたジブリールに止められる。そしてそのまま引っ張られジブリールに抱かれる体制になると、ジブリールがすかさずくちびるを重ねて吸魔を施す。

 吸魔の姿をクレアと怯えた男が見守る中続けていると、アルの瞳の色が元に戻り、握りしめていた剣を手放し、カランと音を立てて掌から落ちた。


「ぷはぁ、はぁはぁ……。大丈夫ですかアル?」

「んっ……ジル? 俺は一体……」

「怒りで魔力暴走していました。今はなんとか吸魔で落ち着いています」

「怒りで魔力暴走……そうだ! クレアは大丈夫か!」


 我に戻ったアルが周囲を見渡しクレアの姿を探す。するとペタンと地面に座り込んでいる姿が目に入り慌てて駆け寄る。


「大丈夫かクレア!」

「ワタシは大丈夫ですが、アルさんは大丈夫なのですか?」

「ああ、ジルのお陰でもう大丈夫だ」

「よかった……」


 ホッと胸を撫で下ろす姿を見てアルは自責の念に駆られる。クレアは初めて魔力暴走状態のアルを見た。そのことで恐怖を与えてしまったのではないかと。

 そう考えてから魔力暴走の原因となった荒くれ冒険者に改めて意識が向く。三人の内二人が戦闘不能状態になり、残った一人が呆然とした顔でアルを見つめている。その顔にまた腹が立ったが何とか怒りを抑えて話しかける。


「こんな目に遭いたくなかったら二度と素行不良はしないことだな」

「お、お、お前は何者なんだ!」

「今は只の旅商人だよ」

「旅商人!? 旅商人ごときが冒険者に暴力を振るったのか!」

「なんだと?」

「俺達はニブルヘイムの冒険者ギルド所属なんだからな! この事をニブルヘイムに報告すればお前はもう二度とニブルヘイムでは商売出来なくなるぞ! それが嫌だったら土下座して金を払え!」


 旅の商人だと名乗った瞬間に男の態度が豹変した。自分達が悪い癖に立場を利用して謝罪どころか金銭までも要求してきた。さすがにここまで言われると再び怒りが込み上げてくる。そんな要求は飲めないと一蹴いっしゅうしようとしたところでクレアが男の前に出た。


「今の発言は聞き捨てなりません」

「なんだ? お前はダルク教徒だろ。ニブルヘイムに首を突っ込む気かよ?」

「確かにワタシはダルク教徒ですが、その前にニブルヘイム王国の王女です。国を預かる者として貴方達は看過できません」

「は? そんなウソが通じるかよ。だいたい王女様が修道服でこんな所に居る訳ないだろ。もっと現実的なウソを考えるんだな!」


 男はクレアが盛大なハッタリを言っていると思っている。だがそれは仕方のない事だ。一国の王女がシスターの格好をしてこんな遠く離れた小さな村に居る方が不自然だ。しかし、今回はその不自然が成り立ってしまう。その事はアルとジブリールは経緯いきさつを知っているが、この男は知らない。クレアはどうやって自分が本物の王女だと証明するのだろうと思っていると、クレアが胸元からドラゴンを形どったペンダントを取り出した。


「このペンダントは代々王家に継がれてきた物です。そしてニブルヘイム王国の国旗にもなっています。どうですか? これでワタシが王女だと認めてくれますか?」

「ま、マジかよ……。い、いや! それは偽物だ! 王女をかたる極悪人だ!」

「はぁ、これでも信じてくれませんか」

「誰が騙されるか! この偽物女!」


 クレアがここまでしても信じない男にアルは呆れかえっていた。こういった輩は自分の都合の良い方向にしか考えが及ばない。なのでこれ以上何を言っても無駄だろうと判断し、再びアルが男の間に立つ。


「まぁ俺達を偽物だなんだと言うのは我慢してやる」

「ハッ、強がるなよ」

「強がってると思うか?」


 そう言いながらアルは男を思いっきり睨みつける。


「今回は見逃してやる。ただ、次あった時同じような事をしていたらお前ら全員地獄送りにしてやるよ」

「っ! チッ、わかったよ。お前達にはもう関わらねぇ。それでいいか?」

「ああ。分かったらとっとと消えろ」

「言われなくたってそうするよ! くそ!」


 最後に悪態をついて残り二人を叩き起こし、男達はその場から逃げる様に立ち去った。その後ろ姿を見送りながらアルはクレアに向き直る。


「俺達が付いていながらこんなことに巻き込んで悪かった、ごめん」

「いえ、ワタシももっと注意を払うべきでしたからそんなに自分を責めないでください」

「ありがとう。でもこんなんじゃクレアの婚約者失格だよな」

「そんなことありません! アルさんが本気で怒ってくれたことが凄く嬉しかったです!」

「そ、そうか」

「はい!」


 二人が見つめ合い顔を赤くしていると、横からコホンとジブリールが咳払いをして間に入り込む。


「クレアが無事で何よりでしたが、アルがあそこまで暴走するのは久しぶりでしたね」

「そうだな。最近は吸魔をしているお陰か暴走しなくなったと思ってたけど、感情が高ぶるとまだ制御出来ないみたいだ」

「それだけではないです。今回の暴走の所為でアルの中に感じられた聖魔力がかなり弱くなっています。これも大魔王の魔力デザイアの影響でしょう」

「そうか。また少しづつ訓練していくしかないな。それよりすっかり暗くなっちゃったし早く夕飯にしようぜ」


 アルの言う様に辺りはすっかり日が落ちて暗くなっていた。所々に村の家の明かりが外に漏れている。三人は一度井戸に寄って水を汲みなおして空き家に戻る。空き家の前にはナーマが待ち構えており、表情がなんだか不服そうだ。きっとアルの魔力暴走を察知していたのだろう。この後ナーマに色々質問攻めにあうのかと気持ちが重くなったが、何故か足取りは軽かった。

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