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第33話 魔力纏

 野営地に到着し、アルはずっと維持していた魔術を解く。その隣ではクレアが真っ青な顔をしてアルを見つめている。なんでそんな顔を見つめているのかを聞く。自分では気づかない内に何かクレアにしてしまったのかと心配になったのだ。


「どうしたそんな顔をして」

「ど、どうしたじゃありませんよ! 数時間ずっと魔術を使って疲れないんですか?」

「ああ、その事か。俺は生まれつき魔力が多かったんだ。まぁその所為せいで降魔の儀式の器にされたんだけどな」

「そ、そうだったんですか……すみません」

「気にするなよ。今じゃ俺だってあまり気にしてないからな」

「それなら良いのですが……」


 話を聞くとアルの心配は杞憂に終わった。クレアは単純にアルの魔力量に驚いていただけだった。確かにアルに比べるとクレアは疲労困憊ひろうこんぱいといった感じだ。アルは改めて自分の魔力量が多いのだと再確認した。

 クレアと一息ついていると、野営の準備が終わったジブリールがやってきた。


「食事の準備が出来たので夕食にしましょう」

「ああ。いつもありがとう」

「ありがとうございます」


 ジブリールにお礼を言って食事を摂る。野営の食事は基本的に保存食だけになるので味気ない。早く村や町で美味しい食事をしたいものだと考えていると、アル達の食事をずっと眺めていたナーマが口を開いた。


「アル様は随分と魔術維持が出来る様になりましたわね」

「そうだな。だんだんと魔力操作に慣れてきた感じだよ」

「それにアル様には膨大な魔力があります」

「どうしたんだいきなり」

「いえ、今のアル様なら魔力纏まりょくてんを教えても大丈夫かと思いまして」

「魔力纏?」

「はい。言葉の通り、魔力を身体にまとう術ですわ」

「魔力を……纏う?」


 初めて聞く術の名前にクレアと頭を傾げていると、今度はジブリールが説明しだした。


「魔力は通常体の外に魔術として放出しますが、魔力纏は身体を魔力で覆うのです。そうする事で身体能力の向上や防御力も高くなるんです」

「そんな便利な術があったのか! 何で今まで教えてくれなかったんだよ!」

「魔力纏を使うには精密な魔力操作と膨大な魔力が必要なんです。アルの場合は魔力操作が出来ていなかったので教えていませんでした」

「魔力操作かぁ。でもナーマの見立てでは俺はもう魔力纏を使えるかもしれないんだよな?」

「そうですね。今日の魔力維持の出来でしたらできるかもしれません」

「マジか! じゃあ魔力纏を教えてくれ!」


 魔力纏という新しい術を覚えられると興奮気味にジブリールに頼むアルだったが、その願いをバッサリ切り捨てられた。


「ダメです!」

「なんで!?」

「アルにはまず精神統一をして聖魔力に目覚めて貰わなければなりません」

「あー、そうだった。それがあったかぁ」

「なんでそんなに悔しがるんですか!」

「だって! 魔力纏を覚えれば今よりもっと強くなれるんだろ? 男なら強さを求めたいだろ!」


 先日の戦いでアルは自分の力はまだまだだと実感した。ナーマが倒した悪魔は今のアルでは到底かなわない相手だった。あの場にナーマとジブリールが居なければ今頃アルは生きてはいなかっただろう。今のままでは二人のお荷物になってしまっていると感じていた。だからこそ魔力纏という新たな力が欲しかったのだ。

 アルが悔しそうに干し肉をかじっていると、ナーマが再び口を開いた。


「今はアル様に魔力纏を教える方が良いんじゃないかしら」

「貴女まで何言ってるんですか!」

「アル様の聖魔力は大事だけれど、アル様自身のレベルアップも大事じゃなくて?」

「それはそうですが、別に今じゃなくてもいいでしょう!」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」


 バチバチと火花を散らしそうな程ジブリールとナーマがにらみ合う。この場合どっちの味方をしても良い事は無いと思い、アルとクレアは二人を見守っている。

 すると、ナーマが先に口を開いた。


「アナタ、聖魔力聖魔力って言っているけれど、自分の仲間が欲しいだけではなくて?」

「そんなことありません! 私はアルの為を想って言ってるんです」

「アル様の事を想うなら魔力纏の方が先でしょう。先日のような悪魔がいつまた命を狙ってくるか分かりませんのよ!」

「それはそうですが……」


 ここでジブリールが言い返せないという事は、口には出さないがアルの実力が不足しているという証明にもなっていた。そのことがアルの強くなりたいという想いに更なる燃料を灯下する。


「それにアル様も言ってるじゃありませんか。今は聖魔力を感じられないと」

「それは精神統一をしてですね……」

「いつ目覚めるか分からない力より、今身に付けられる力の方が大事だと思うわ」

「……」

「はぁ、それにわたくし達はダルク法王国を目指しているんです。そこでミカエルに会えばアル様の力の事も分かるかもしれないじゃない」

「うぅ、た、確かに……」


 ミカエルの名前が出て来たことでジブリールも揺らぎだした。ミカエルはニブルヘイムでクレアに干渉していた。そしてクレアには使命があるとも言っていたらしい。その事も踏まえると、アルの聖魔力についてミカエルが何か知っている可能性は高い。

 う~ん、と長い間眉間にしわを寄せて考えていたジブリールが苦渋の決断をしたように少しだけ頷くと、ようやく固く結んでいた口を開いた。


「確かにナーマが言う様にミカエルなら何か知っているかもしれません。なので、それまでは魔力纏の訓練を優先させましょう」


 ジブリールがそう宣言すると、ナーマはやれやれといった感じで頷き、アルはその場で立ち上がりガッツポーズをするほど喜んだ。

 浮かれているアルの横からジブリールに声が掛かった。声の主は話についていけていなかったクレアだった。


「あの、ワタシはどうすれば?」

「クレアは今日と同じ魔術維持を続けてください」

「精神統一は?」

「そうですね、クレアはアルとは別で私が訓練を見ます」

「分かりました。よろしくお願いいたします」

「はい、任せてください!」


 夕食後、アルはナーマが訓練に付き合い、クレアにはジブリールが付き合う事になった。アルとクレア、それぞれの道筋が出来た。今まではがむしゃらに頑張っていただけに目標ゴールがあるというだけで訓練へのモチベーションが上がっている。

 アルはその晩、魔力纏という自分には未知の力への期待でなかなか寝付けなかった。

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