目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第30話 目指せ神聖ダルク法王国

 アルは昨日の謁見の間での出来事には心身共に疲れていた。消えたクレアの正体がニブル王国の王女様だったことには驚いた。そしてその王女曰く、ミカエルからの啓示でアル達の旅に同行し、将来子供を作りなさいという後半はアルの意志を無視した物だった。しかし、クラウディア──クレアは何故か乗り気で、アルの事を旦那様なんて呼ぶようになってしまった。

 ニブル王からはもう一度ニブルヘイムにダルク教を広めたいので神聖ダルク法王国への使者の役割を与えられた。それだけならマシだったのだが、上手く間を取り持った暁にはクラウディアを嫁に嫁がせると言い出した。

 ニブル王も今回の一件でミカエルに助けられているようなものなので、より一層信仰心が深くなったのだろう。

 そんな重い話を延々と話し合い、宿に帰ってきてからは泥の様に眠ったのだった。


 疲れた精神を休める様にスヤスヤと眠っていると、女性同士が言い合いをしている声で目を覚ました。

 どうせまたジブリールとナーマがくだらない事で言い争っているんだろうと部屋から出ると、そこにはジブリールとシスターの格好をしたクレアが居た。


「二人共、朝っぱらからうるさいぞ」

「聞いてくださいアル! このシスターもどきがアルの寝込みを襲おうとしてたんですよ!」

「違います! ワタシは旦那様と子供を作る様にミカエル様から言われているんです! それに妻が夫に奉仕するのは当然じゃありませんか!」


 ギャーギャーとなおも言い争いを続ける二人。そしてさも当然化の様にクレアがアルのことを夫と言っていた。朝から頭が痛くなる話題だったので、二人を無視して一階にある食堂へと足を運んだ。

 食堂ではナーマが一人で紅茶を飲んでいた。アルはナーマに軽く挨拶した後、ウェイトレスにモーニングセットを頼み、ナーマの向かい側へ腰を下ろした。


「まったくあの二人は朝から騒がしくて困るよ。ナーマは大人しいな、俺の事諦めたのか?」

「まさか。ただ、今更騒いでもらちが明かないだけですわ。それに、私がアル様の物である事には変わりませんもの」

「はは、そうか」


 運ばれてきたモーニングセットを頬張りながらナーマと談笑していると、ダダダダッと階段を駆け下りる音がしたと思ったら、ジブリールとクレアがアルとナーマの席に押し寄せてきた。


「アル! 無視をするなんてヒドイです!」

「そうですよ!」


 二人が同時にアルを責め立てていると、ナーマがテーブルをバンッと叩いた。


「貴女達、少しはアル様の気持ちにもなってくださいまし!」


 と言って二人を睨みつけると、今度は借りてきた猫の様に大人しくなった。このパーティーで一番怒らせたら怖いのはナーマなのかもしれない。


「ごめんなさいアル。取り乱してしまいました」

「ワタシも申し訳ありませんでした」

「分かってくれたならいいよ」


 素直に謝る二人を許し、朝食の続きに戻る。二人もまだ朝食を済ませていなかった様で、アルと同じ物を頼み、食事をする。

 食事の間、この後どうするかの話し合いが行われた。

 目的地は神聖ダルク法王国だが、その道のりは険しい。標高の高い山脈を越えなければならない。なので、食事の後はそれぞれ必要な物の買い出しに行くことになった。

 そして皆が食事を終え、席を立つと同時にアルがクレアに待ったをかけた。


「クレアは少し俺に付き合って欲しい」

「本当ですか! 何処へでも着いていきます!」


 と、目を輝かせて言うクレアにジブリールが反応しかけたが、アルの視線に気づき、ジブリールは何事も無かったかのように食堂から出ていった。


 ジブリールとナーマを見送った後、アルはクレアを自室に招いた。クレアは「朝からだなんて元気ですね」などと言っていたが、アルはそれを無視してベッドに腰かけ、隣に座る様に促した。クレアはトコトコという足取りでベッドに腰かけるとさっきまでのバカみたいなテンションが嘘の様に大人しくなった。


「これから旅をするにあたってクレアに確認しておきたい事があるんだ」


 そうアルが切り出すと、クレアは静かにアルの方を向く。


「正直に答えて欲しい。本当に俺達と旅をしたいか?」

「はい。ミカエル様の言葉だからというだけではなく、アルファードという人物に興味がありますから」

「なら、俺とこ、子供を作るというのは? 結婚する気はあるのか?」

「それは……」


 ここではじめてクレアが言葉に詰まった。やはり言葉では旦那様と呼んだり子作りしましょうなんて言ってはいたが、心の奥からの言葉ではないようだ。


「旅の件は分かった。けど、結婚に関してはクレアの気持ちを優先して欲しい」

「違うんです。嫌とかそういう事ではなく……」

「ミカエルか?」

「はい。このままアル様と結婚してしまったら自分では何も決められない臆病者になってしまうんじゃないかと不安になるのです」

「あー、ミカエルの思う壺みたいな感じだしな」

「ミカエル様が悪いとは思わないですが、結婚に関してはもっと自分なりに考えたいというのが本音です」


 やはりクレアは無理をしていた。それ自体は仕方のないことだ。ある日突然見ず知らずの男と結婚して子供を作れと言われて、はい、そうですか。となる方が難しい。しかし、クレアは今の所アルに対して好意的に思ってくれている。だからこそ、このままミカエルの言う通りにしていいのか分からないといった状況だろう。


「本音が聞けて良かったよ。結婚のことはさ、ミカエルに直接聞くっていう手もあるし、旅の道中に俺がどんな男なのかを見極める機会と思ってもいいと思うんだ」

「アル様はお優しいですね」

「優しいというか、俺がクレアの立場だったらそうするかなって」

「そういう考え方をするところが優しいのですよ」


 そういって「ふふふ」と笑った。

 アルの部屋に来てからずっと緊張していた様なので、その笑顔を見れた事に安堵する。

 そして、空気を変える為に話題を変えた。


「そういえば俺の事はずっと旦那様って呼ぶつもりか?」

「嫌ですか?」

「嫌というか、今朝のジブリールを見ただろ? 道中で余計な気を遣いたくないんだよ」

「そういうことですか。なら、ワタシもアルと呼んでもよろしいですか?」

「ああ、是非そうしてくれ」

「はい。ではこれからよろしくお願い致しますねアル」

「こちらこそクレア」


 そこからは他愛のない世間話などをして過ごし、気づけば外は夕日で赤く染められていた。


 夜になり、ジブリールとナーマもアルの部屋へ合流した。ジブリールは買い物に行けなかったアルとクレアの分も買い出しに行ってくれていたのでお礼を伝える。ナーマも買い出しに行ったのだが、何を買ったのかは教えてくれなかった。

 ジブリールから荷物を受け取り、今後の予定について話す。


「これで一応準備は整ったな」

「そうですね。いつ出発しますか?」

「早い方が良いからな。明日には出発しよう」


 アルがそう提案すると、クレアが控えめに手を上げる。


「あの、出発の前に父や兄に挨拶してもいいでしょうか?」

「そうだな。午前中は王城へ出向いて、午後には出発しよう」

「ありがとうございます」


 クレアは王女という事もあり、ニブルヘイムから出た事が無いらしく、初めての出国に少し興奮しているようだった。

 その後は細かい打ち合わせをしてその日は解散となった。


 翌日、王城へ出向き、3度目の謁見の間へ通され、ニブル王とアルフに出発する事を伝えた。

 ニブル王からはダルク教会の事を頼まれ、アルフからはクレアを宜しく頼むとお願いされた。

 王城を後にした後、早めの昼食を済ませ、アル達一行は神聖ダルク法王国を目指してニブルヘイムを後にした。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?