クラウディアの爆弾発言により、謁見の間の雰囲気が重くなった。その原因は主にジブリールが不機嫌になっているからだが、アルの混乱も雰囲気づくりに一役買っていた。
「えっと、クラウディア王女はそれで良いのですか?」
「気軽にクレアと呼んでください」
「もう一度聞きます。クラウディア王女は良いんですか?」
「気軽にクレアと呼んでください。旦那様」
これは何を言っても聞いてくれなそうと判断し、教会で出会った頃の様に話しかける事にした。
「クレアはそれで良いのか? いくらミカエルの言葉だからってそこまで従うことはないんじゃないか?」
「あら、ワタシが何も考えていないみたいに言わないでください」
「じゃあ俺が納得する説明を頼む」
「そうですね~、結構長くなってしまうんですけどそれでも良ければ」
「頼む」
「わかりました」
そう返事をすると、コホンと咳ばらいをしてから話し出した。
「私がダルク教徒なのは知っていると思いますが、宗教弾圧のあったこの国でどうして王女であるワタシがダルク教徒になったか分かりますか?」
「ごめん、分からない」
「ワタシ、こう見えて幼い頃から病弱だったのです。病はどんどん進行していき、医者から余命宣告を受けました。その時のワタシは幼いながら人生に絶望しました。病気が治ったらやりたい事や夢もありました。そんなワタシを父や兄が
そう言うとクレアは後ろを振り返り、ニブル王とアルフに向けて「今は凄く感謝しています」と告げる。
ニブル王とアルフは当時を思い出したのか、苦い顔をしている。その表情だけでクレアが嘘を言っていないと分かる。
「そして父と兄が毎日お見舞いに来てくれていたある日、ワタシが寝ているベッドの横に
「その女性というのはもしかして……」
「はい。彼女は自らを大天使ミカエルと名乗りました。父や兄、そして警備兵が彼女を捕えようとすると、彼女の腕が一振りされました。するとその場に居る全員が動けなくなりました。いえ、厳密にはワタシ以外の全員ですね。彼女は怯えるワタシの
「なるほど、ミカエルに命を助けられたのか」
確かに命の恩人の頼みなら何でも言う事を聞きたくなる気持ちは理解できる。
「ワタシがありがとうと言うと、『貴女には使命がある。いずれその時になったら話す』と言って忽然と消えてしまいました。その日からです。ワタシがミカエル様を信仰し始めたのは。いえ、ワタシだけでなく、父と兄もミカエル様に信仰心を持っています」
「だからアルフも教会に通ってたのか」
アルフの場合は信仰心というよりも、妹であるクレアが心配で通っていたのだろう。しかし、ニブル王までダルク教を信仰しているとは思ってもいなかった。
「そして昨夜、ロザリオの光に包まれている時に、再びミカエル様の啓示があったのです」
「それがさっき言ってた俺達の旅に同行するうんぬんってやつか」
「はい、その通りです」
「なるほど、話は分かった」
ミカエルから頼まれたという感じなのだろう。クレアはクレアでミカエルの頼みならばなるべく叶えたいと思っているに違いない。だからといって旅に同行するだけでなく、アルと子供を作るという人生を掛けた事まで了承するのには、何かミカエルの頼み以外にも要因があるように思えた。
「ニブル王とアルフはそれで良いのでしょうか?」
「うむ、その事なんだがな……」
ニブル王は長い顎鬚を撫でながら真剣な顔をする。
「正直に言ってしまえば不安はある。まして将来
「それは分かります」
「だが、其方の旅の目的は昨日軽く聞いた。そしてミカエル様のお言葉によると二人の子供が救世主になると仰られた」
「私からすれば眉唾物ですけどね」
「いま一度聞く。旅を経てグレイス王国を復権させて何を望む?」
そう言ってアルを試す様に睨みつける。
母国再建は旅の当初から掲げていた目標だ。だが、ニブル王はその先を聞いている。復建させた後、アルがどんな政策をし、どんな国を築こうとしているのかを。
アルは今までの旅を思い返した。様々な苦労や災難はあったが、それなりに楽しくもあった。何よりナーマが仲間になってからはより一層楽しいと思える時間が増えた。
そんな旅の思い出を頭の中で巡らせて、アルは決心する。
「皆が平等な世界を作りたいと思います」
「皆が平等とな?」
「はい。人間は勿論のこと、そこに天使や悪魔も居て良いと考えます」
「そ、それはつまり……っ」
「はい。1000年前の──人間と天使と悪魔が平等に生活していた世界をもう一度俺の力で復活させたいと思います」
アルの言葉を聞いて、謁見の間に居る全員が面食らった。1000年前と同じ世界を作るという事は、今は閉ざされている神界の門をこじ開けるということだ。
それは神界の門が閉じられてから何回と試され、不可能に終わった。それをアルが成し遂げると言ったのだ。驚くなと言う方が無理な話である。
「そんな事が可能だと思うのかね?」
「私の中には
「むぅ……、本当にそんな事が可能なのか?」
「確証はありませんが、そんなに的外れでもないと思っています」
アルが言っている事は今の時点では理想論でしかない。だが、アルがジブリールとナーマという天使と悪魔を従えているのも事実である。そして何よりも無視できないのがミカエルの啓示であった。
ミカエルによって救われたクラウディアがもし、この時の為だったとするならば? という考えになる。それに輪をかける様に昨夜再びの啓示。これは単なる偶然ではなく運命という川の流れに流されているのでは? とニブル王は考える。
なにより、当人であるクラウディア自身が旅に同行することを了承している。
「ミカエル様のお言葉もある。今は其方を信じよう」
「はっ! ありがとうございます」
「して、グレイスを再建する時に我に後ろ盾になってほしいという話なのだが」
「はい。大国であるニブルヘイムに後ろ盾になって貰えれば心強いです」
「うむ」
災厄のグレイス王国──愚かにも悪魔の力を使おうとして逆に滅ぼされた愚かな王国。そう言われ続けてるグレイス王国を復建させるとなると、他国からの風当たりは強いだろう。しかし、大国であるニブルヘイムが背後にいるとなれば、小国等は何も言えなくなるだろう。無論、ニブルヘイム以外の大国も問題になってくるが、それはこれから訪れて説得していくつもりだ。
「条件を出してもよいかな?」
「なんなりと」
「我が国にもう一度ダルク教を広めたいと思っている。なので其方とクラウディアには神聖ダルク法王国への使者として向かい、ニブルヘイムへもう一度ダルク教を広めてもらう為に司祭を送って貰いたいのだ」
「宗教弾圧の件は大丈夫なのですか?」
アルの疑問は
「国民は何とかしよう。昔ほど宗教を嫌っている国民は少ないからのう。それに、今回我が悪魔に操られていたところをミカエル様の使者に助けられたと流布するつもりだ」
「それは! さすがに一国の王が悪魔に操られていたと知られると他国の信用が落ちてしまいますよ!」
「だからこそ、ダルク教──ミカエル様の力を借りたいのだ」
「なるほど、神聖ダルク法王国がニブルヘイムの後ろ盾になるという事ですね」
「うむ、その通りじゃ。うまく事が
そう言ってニブル王がクレアに視線を送ると、「謹んでお受けします」と綺麗なお辞儀をした。
それからニブルヘイムの復興やダルク教を迎え入れる為の話し合いが数時間続き、アルが宿屋へ戻ってきた時には既に辺りが暗くなっていた。
それだけではなく、クレアが仲間として着いてきた。ニブル王曰く「既にミカエル様からの啓示を受けているのだ。今夜からでも行動を一緒にした方がよかろう」という鶴の一声でクレアが新しく仲間になった。