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第21話 フォルクス・ヴィクトール・ニブルヘイム

 皇太子がダルク教徒で、『貧民区』にあるダルク教会に通っていた事を聞いたアルとジブリールが一つの可能性に辿り着いた。


「その教会にクレアっていうシスターが居たのは知ってるよな?」

「ああ。彼女には良くしてもらったよ」

「そのシスターが持ってるロザリオを見た事はあるか?」

「あの金色に輝くロザリオかい? 一度手に持たせて貰ったけど温かい魔力を感じたよ」

「やっぱりか!」


 予想通りの返答にアルは思わずガッツポーズを取る。ジブリールも思わずアルの頭をバシバシと叩いてしまった。

 アルはジブリールに頭を叩かれた事を無視して話を続ける。


「アンタはニブル王の代わりに生かされてるんじゃない。きっと手出しできないんだ」

「どういう事だい?」

「クレアの持ってたロザリオにはミカエルの魔力が込められていたんだ。その魔力の残滓ざんしがアンタに残っていて、その魔力を悪魔が感じ取って手出しできなかったんだと思う」

「それではミカエル様が私を守ってくれていたという事ですね」

「そういう事になるな」

「ああ、なんと感謝を伝えればいいのだろうか」

「その感謝は無事に国を取り戻してからにしろよ」

「うん、それもそうだね」


 これであとはニブル王の催眠を解けばいいだけになったが、その前には悪魔と仮面の集団という障害がある。その障害をどうするか考えていると、地上への扉が開く音が聞こえ、誰か入ってきた。

 足音から察するに二人だ。一人はコツコツと女性の物だが、もう一つの足音はまるで動物の様にカツカツと音を鳴らしていた。そして足音はアル達が入っている牢屋の前で止まった。

 二つの影を確認すると、ひとつはナーマだった。そしてもう一つは山羊の仮面を被った男だったが、その人物の足は……いや、下半身は本物の山羊の様になっていた。

 下半身が山羊の様な仮面の男が言葉を発する。


「確かに大魔王の魔力デザイアを感じるな」


 そう言いながら視線をアルからジブリールに移した瞬間、山羊の仮面を被っていても分かるくらいに動揺したのが伝わってくる。そして仮面の男はナーマに詰め寄った。


「おい! アイツはまさか天使じゃないのか!」

「ええ、そうですわよ」

「なんて事だ。まさか天使が絡んでくるとは……」


 ナーマが軽く返答する姿とは反対に、動揺を隠せないでいる。ジブリールを見ながら何やらブツブツと言っているが何を言っているかまでは聞き取れなかった。


「こうなってはに指示を仰がなければ。ナーマ、後は任せたぞ」

「ええ」


 という意味深な言葉を残して山羊の仮面を被った男は速足に地下から出ていった。指示を仰ぐと言っていたことから、おそらくあの男の上司か何かだろうとは推察できるが、今の状態ではそこまでしか分からない。分からない事をいつまでも考えていても仕方ないとアルは気持ちを切り替える。


「ナーマ、首尾はどうだ?」

「国王を操っていたのはさっきの山羊の仮面を付けた者ですわ」

「なら、ソイツを倒せばニブル王は元に戻るんだな?」

「ええ、おそらく」

「よし! なら行くしかないな」


 ナーマとアルの会話を聞いていた皇太子が「ちょっと待ってくれ!」と間に割って入った。


「私も一緒に連れて行ってくれないか?」


 皇太子の突然の要望にアルが応える。


「事が終わるまでここに居た方が安全だ」

「それでも! 私は皇太子として父を……この国を救いたいんだ!」

「……分かった。ただ、危険だと思ったらすぐに逃げろ」

「分かった。無理を言ってすまない」

「いいさ。ニブル王には借りを作っておきたいしな」

「借り?」

「いや、なんでもない。それじゃあナーマ、牢屋から出してくれ」


 アルの貸しを作っておきたいという発言に引っ掛かった皇太子だったが、いまはそんな事を追求している場合ではないと判断したのか、大人しくアルの指示に従った。


「短い間だったけど牢屋に入れられるのは精神的にキツかったな」

「そうですね。このままナーマが裏切ったらと考えてしまいました」


 牢屋から出たアルとジブリールが背伸びをしながら牢屋の感想を言っている。あまりの緊張感の無さについ、皇太子が突っ込んでしまう。


「私が言うのもなんだが、もっと緊張感を持った方が良いとおもうのだが」

「いまから緊張してたら身体が持たないぞ」

「そういうものなのか?」

「まぁ、皇太子様は緊張してるくらいが丁度いいか」


 といってアルが皇太子の肩をポンとたたく。きびすを返しナーマとジブリールへと向いた瞬間、後ろから声を掛けられた。


「その皇太子という呼び方は止めてくれないか?」

「じゃあ何て呼べばいい?」

「私の名前はフォルクス・ヴィクトール・ニブルヘイム。アルフと呼んでくれ」

「オッケー。それじゃあアルフ、ニブル王奪還に向かうぞ」

「ああ、宜しく頼む!」


 アルとアルフが握手を交わし、ニブル王奪還へ改めて意気込む。

 ナーマの先導で地下室から王城の中へ再び侵入し、山羊の仮面を被った悪魔の居場所まで歩を進める。一応、他の仮面の集団や衛兵に怪しまれない為にアル達は縄で拘束されている。しかし、その縄はナーマが魔力で生み出した物で、力を加えれば容易く切れる様になっている。

 何人かの衛兵や団員とすれ違ったが今のところ怪しまれている気配はない。しかし、アルフが何かに気づいたのか、小声で言葉を発する。


「ナーマという女性の行く先はもしかして……」

「何か心当たりがあるのか?」

「ああ。この先には──」


 アルフが言葉を発する前にナーマが答えた。


「王への謁見の間ですわ」


 アルフは「やはりか」とぽつりとこぼす。そして大きく深呼吸をし、覚悟を決めた表情になる。

 アルフの表情とナーマが向かっている謁見の間が結びつき、謁見の間に元凶の悪魔が居ると察する。

 そして遂に謁見の間までたどり着いた。この扉が開かれれば、いよいよニブル王奪還の火蓋が切られるだろう。アルとジブリールも改めて気持ちを落ち着かせ、戦いに備える。

 そして、謁見の間の扉が開かれ中に入ると、玉座に力無く座っているニブル王と、その横に悠然と佇んでいる山羊の仮面を被った男が立っていた。


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