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第18話 教会襲撃

 クレアが胸元から出した金色に輝くロザリオを見たジブリールがその手を取って、ロザリオをまじまじと見る。突然のことにクレアは驚きで固まってしまっている。しかも身体が小刻みに震えているので、アルはジブリールを強引に引き剥がした。


「どうしたんだよ、このロザリオに何かあるのか?」

「このロザリオからはミカエルの魔力が感じられるのです! シスタークレア、このロザリオはどうやって手に入れたんですか?」


 そうクレアに質問するジブリールの顔は、どこか緊張している様に見えた。クレアもそれを感じ取ったのか、恐る恐るといった感じでロザリオを手に入れた経緯を話し出した。


「このロザリオはワタシの母から譲り受けた物です。ウチの家系は代々ダルク教の司祭を任されていたらしく、曽祖父そうそふがミカエル様直々に授かったと聞いています」

「なるほど、そういった経緯なのですね」


 クレアの説明に納得したのか、ジブリールはロザリオを見つめながら小さく頷いた。


「きっとクレアの曽祖父さんは敬虔けいけんな信徒だったのでしょう。そのロザリオには、家族やその子孫を守るよう魔力が込められています」

「そうだったのですね。ああ、ミカエル様に感謝の祈りを捧げます!」


 そう言ってその場に膝をつき、ロザリオを掲げて祈りだす。この教会も廃墟と変わらないくらいあちこちガタがきているが、クレアが協会から離れないのは、この真っ直ぐな信仰心があるからだろう。だからこそ今のニブル王はこの教会が邪魔でしかたなく、重税を掛けて立ち退きをさせようとしていると分かる。

 だとすれば、なぜニブル王はここまでダルク教を目の敵にするのだろうか? 弾圧から80数年経っているのに何を恐れているのかがアルには分からなかった。

 クレアの祈りが終わり、ようやく本題に入れた。


「悪魔に襲われたって言ってたけど、何もされなかったのか?」

「教会の中をひとしきり暴れまわった後、私に襲い掛かってきたのですが、咄嗟とっさにロザリオをかざしたんです。すると悪魔が怯えだして教会から逃げていきました。それ以降その悪魔が現れる事はありませんでした」

「なるほど、その悪魔はロザリオに宿っているミカエルの魔力を感じて逃げ出したってことか」

「そうだと思います。ミカエル様には感謝しかありません」


 クレアの話によると、その悪魔が襲撃してきた後からニブル王の圧政が始まったらしい。ということは、その悪魔がニブル王に何かしらをして操っている可能性が出て来た。

 この考えをジブリールに伝えると、彼女もアルと同じ考えを持っていた。


「つまり、俺達は悪魔探しをすればいいのか?」

「おそらく。ただ、ニブル王を操っている悪魔とこの教会を襲った悪魔が同じとは限りません。ロザリオを見て逃げる低級な悪魔ではここまでの大事には出来ないでしょうから」

「更に強力な悪魔が存在してるってことか。こんな時にナーマが居れば潜入とか楽なんだけど何処に行ったんだか」

「あの女の事ですから、どこかで油を売っているに違いありません!」


 悪魔のことは悪魔に聞いた方が早いと思ったが、ナーマは依然として姿を消したままなので、アルとジブリールでなんとかするしかない。

 だが、行動するにしても既に時刻は深夜に差し迫っているので、悪魔の捜索は明日からにして、今夜は教会に泊まらせてもらう事にした。


「ベッドも何も無くて床で寝るなんて本当に大丈夫ですか?」

「野宿より数段マシなんで気にしないでください」

「そうですか、ではワタシは司祭室で寝ますので何か御用があれば呼びつけてください」

「はい、ありがとうございます」

「それではおやすみなさい」


 おやすみと返してアルとジブリールは比較的綺麗な床に横になった。こういった場所で夜を明かすのは初めてではないので、ジブリールの寝息がすぐに聞こえてきた。一方アルはナーマの事を考えていた。契約魔術で契約しているので裏切っているという事は無いだろうが、何も告げずに姿をくらましてしまったのは何故なのだろう。万が一裏切っていたらと悪い方向にも思考が流されてしまう。アルはそんな思考を捨てる様に眠りに就いた。


 壊れた屋根から月明かりが漏れ、教会の中を照らす真夜中に、仮面を被った集団が教会を取り囲んでいた。仮面の集団の指揮を執っているのは銀色に輝く長い髪と豊満な胸をこれでもかと見せつけるような衣服に身を包んだ妖艶な女性だった。

 その女性が腕を振り下ろすと、仮面の集団が一斉に教会の中になだれ込んだ。

 仮面の集団は奇声を上げながら教会の中を荒らしまわる。その音でアルとジブリールが目を覚まし、すぐさま戦闘態勢に入った。


「また仮面か。こんな深夜に何の用だ!」

「ぎゃはは! 死ねアルファード!」


 仮面の男が長剣を振りかざし、アル目掛けて振り下ろす。しかし、長剣はアルに当たることなく空を切る。アルが素早く仮面の男の横へ移動し、その勢いのまま仮面の男の胴体を真っ二つにした。

 ジブリールはと目をやると、彼女は彼女で既に数体切り伏せていた。切り掛かってくる仮面の男を次々に切り伏せ、剣だけでなく魔力で身体強化を施して殴り倒したりもしていた。

 アルも負けじと襲い掛かってくる男達を切り伏せ、仮面の男達があと1人にまで減った時、仮面の男が喋りかけてきた。


「さすがは大魔王の魔力デザイアを持ってるだけあって強いな」

「へぇ、お前は普通に会話できるのか」

「俺は他の連中と違って魔力に浸食されなかったからな」

「魔力に浸食? どういう事だ?」

「答える訳ないだろ」

「なら力づくで聞いてやるさ!」


 剣を構えて仮面の男に切り掛かろうとした瞬間、男が叫んだ。


あねさん! 出番です!」

「姐さんだと?」


 男が叫ぶと、教会の入り口に人影が現れた。その人影はコツコツと音を立てながらアルに向かって歩いてくる。灯りが無いのではっきりとは見えないが女性のようだ。そしてその人影が仮面の男の後ろに立つと同時に月明かりに照らされて姿が露わになった。

 影の正体は行方不明になっていたナーマであった。


「へへ、この方は上級悪魔なんだ。お前なんかすぐに殺されるぜ!」

「な、ナーマ! お前一体なにやってんだよ!」

「さぁ姐さん、やっちゃってくだ──くひ」


 仮面の男の首がナーマの手刀によって切断された。男の頭部が音を立てて床に落ちて転がる。アルは何が起きているのか理解が追い付かなかった。

 するとジブリールがナーマに詰め寄った。


貴女あなた、一体今まで何をしてたんですか! それに姐さんってなんですか! ちゃんと説明しなさい!」

「相変わらずうるさいわねぇ。ちょっと魔術師団の陰に潜んで情報収集してたのよ」

「それならそうと私やアルに伝えてからでもいいでしょう!」

「そんな暇は無かったのよ。それよりも……」


 グイッとジブリールをどけて静かに二人の話を聞いていたアルにナーマが近づき、そのまま抱きしめた。

 ぎょっと目を見開くジブリールに対して、アルは無抵抗でナーマを受け入れた。


「あぁ、アル様! 会えない間寂しかったですわぁ」

「どうしたんだよナーマ。そんなに俺が恋しかったのか?」


 無断で居なくなった仕返しとばかりにナーマをおちょくってみるが、意外な反応が返ってきた。


「恋しいに決まっているじゃありませんか」

「えぇ、マジで!」

「一回でも大魔王の魔力デザイアを味わってしまったら他の魔力なんて何の魅力を感じませんわ!」

「なんだよ、魔力が目当てじゃないか」

「いいえ、アル様本人も変えは利きませんわ!」

「……そうかよ」


 どう返答するのが正解か分からず、ついぶっきらぼうな返事をしてしまう。この場面だけみると、アルフォードは普通の人間と変わらない初心な青年である。

 しかし、それを良しとしないのがジブリールである。無理矢理二人の間に割って入り、アルを背中で庇う様にナーマと向き合う。


「さっきの質問にきちんと答えてください! 今まで何をしていたんですか!」

「それより、さっきから変な女がこっちを見ているけど知り合いかしら?」

「え? あっ、シスタークレア!」


 仮面の男達と派手に戦闘を繰り広げたので、その戦闘音で目を覚ましたクレアが壁から顔だけをだしてアル達を見つめていた。アルとジブリールも戦闘だったりナーマと再会したり等でクレアの事は頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。

 恐怖でガクガクと身体を震わせているクレアにジブリールが落ち着かせようと抱きしる。ジブリールの聖母のようなあたたかさに包まれ、クレアはだんだんと落ち着きを取り戻した。


「もう大丈夫ね」

「あ、ありがとうございます」


 深々と頭を下げてお礼を言った後、ジブリールの後方に居るナーマを見つめてジブリールに問う。


「あの、あそこに居る女性って、もしかして……悪魔……ですか?」


 恐る恐る聞いてくるクレアにジブリールが肯定すると、クレアは握りしめていたロザリオを前に突き出した。それを見たナーマが微笑を浮かべながら言葉を放つ。


「そんな物がわたくしに通用する訳ないでしょう? アナタもちゃんと説明しなさいよね」

「分かっています! シスタークレア、あの魔族はアルと契約魔術で縛られているので安全ですよ」


 なぜ天使である自分が悪魔であるナーマの擁護をしなければならないのかと頭の中で愚痴るが、アルと契約している以上、仲間と言えば仲間なので我慢する。

 ジブリールの説得により、クレアは渋々といった感じだが納得した態度を見せた。

 落ち着きを取り戻したクレアは、教会の中の惨事を目の当たりにし、もともと廃墟寸前だった教会が、今度こそ廃墟確定なのでは? と目を回した。


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