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第14話 城下町

 アルとナーマは橋から少し離れた川縁かわべりへ移動した。訓練が偽造通行証の作成の邪魔になってはいけないという事なのだが、アルからすれば、それほど激しい訓練なのかと少し興奮していた。ナーマもアルが期待しているのを感じ取っていたが、敢えて以前やった訓練をもう一度させる事にした。


「では訓練内容ですが、以前と同じで≪ウォーター≫を維持してください」

「えぇ、新しい訓練じゃないのか?」

「ウォーターの維持はまだ30分しか出来ていないじゃないですか。次の段階はきちんと1時間維持できてからになりますわ」

「うっ、そうだった。仕方ない、速攻でクリアして次の訓練に挑んでやるからな!」


 そう意気込んで魔術維持の特訓に取り掛かった。常人ならとっくに達人レベルだが、ナーマはそんなもので満足しない。大魔王の魔力デザイアを有する者として、もっともっと遥かなる高みを目指して欲しかった。かつてナーマの主であった大魔王サタンの様に……。


 訓練を介してから数時間、ナーマは自分自身も高みへ至るべく、オリジナルの魔力操作訓練をアルに気づかれないようしていると、アルの歓喜の声が響いた。


「やったー! 遂に1時間魔術を維持出来たぞ! 見てくれナーマ!」


 嬉しそうにナーマを呼ぶアルは年相応の青年に見えたが、アルが纏っている魔力は悪魔であるナーマからしても驚異的な力を内包しているのが一目で理解わかった。


「随分早く習得しましたわね」

「ああ! 頑張ったからな!」


 頑張ったところで常人では決してたどり着けない領域へ達してしまっている事は、まだ本人には伝えるべきではないとナーマは考えた。魔術維持を1時間は驚異的だが、それは魔力操作の基礎の基礎である。なので、アルにはこんな領域ところで満足して欲しくなかった。


「でわ、その水球をあそこにある岩へ放ってみてください」

「あれか、大きいな……でも! 俺はナーマを信じるぞ!」


 ≪水よ猛れウォーター


 水球を維持していた右手を前へ突き出し詠唱をすると、アルの身体を丸々飲み込みそうな程大きな水球が対岸の大岩目掛けて猛スピードで射出され、大岩に着弾すると、大岩は粉々に砕かれた。

 魔術を放ったアル本人でさえ、予想以上の威力に開いた口が塞がらないで居た。

 そんなアルにナーマが称賛の言葉を浴びせる。


「さすがアル様ですわ! ここまでの威力を出せるなんて!」

「いやいやいや、なんだよ今の! この間見たナーマの水球より凄かったぞ!」

「それはそうですわ。1時間も魔力を練った水球ですもの」

「あ! そっか、1時間維持してたって事はずっと魔力を❝溜め❞てたことになるのか」

「そういう事ですわ」


 水球の威力にアルが納得していると、爆発音を聞きつけたジブリールとヤリスが二人の元へ駆けつけた。

 ジブリールは砕けた大岩を見て何があったかを察したようだが、ヤリスはいまだ状況を理解できていなかった。


「今の爆発音は一体なんだ!?」

「わ、悪い。俺の魔術であそこにあった大岩を砕いた音だ」

「何!? お前魔術が使えたのか!」

「あ、ああ……まぁな」

「やはりお前は只の旅人って訳じゃないようだな」

「なんだ? 素性は探り合わないんじゃなかったのか?」

「そうだったな、悪い」


 ヤリスは軽い感じで謝る。だが、それを気にするアルではなかった。アルの態度を確認して、機嫌を損ねていないと判断したヤリスは本題に入った。


「爆発音にビックリしたが、丁度さっき偽造通行証が完成したところだ」

「お、流石に仕事が早いな」


 ヤリスが作成したナーマの偽造通行証をアルに手渡す。アルは通行証の出来を確認して問題ないと判断し、ヤリスに大銀貨1枚を払う。


「これで取引完了だな」

「ああ、世話になったな」

「困った事があったら、またいつでも顔出しな」

「ああ、そうするよ」


 アルは取引が終わりその場を立ち去ろうとすると、ヤリスに呼び止められた。


「ちょっと待て。ニブルヘイムへ行くんだよな?」

「ああ、だから通行証を頼んだんだ」

「なら、魔術師団には気を付けろ」

「魔術師団? 何でだ?」

「なにやら裏で仮面を被った者達が暗躍しているらしい」

「仮面だって!?」

「裏で繋がっていて、何かを企んでいるらしい」

「そうか……、忠告助かる」


 そして今度こそヤリスと別れ、ジブリールとナーマに合流する。

 仮面というワードを聞いて、以前襲撃してきた者達を思い浮かべる。アルを襲撃したほか、村の守護精霊にも悪影響を与えていた。そんな仮面の者達がニブルヘイムの誇る魔術師団と繋がっている可能性があるという。なにやら嫌な予感を感じるアルだが、引き返すことは出来ないので、忠告通り気を引き締めなければと気持ちを新たにする。


「このままニブルヘイムの城下町へ行って、宿を取ろうと思う」

「もうすぐ日も暮れますし、丁度良いですね」

「ヤリスから魔術師団と仮面の集団が繋がっているという情報を得た。とりあえず最初は情報収集を目的とする」

「また仮面ですか。一体奴らは何を企んでいるのでしょうか?」

「わからない。だが、俺の命を狙ってきた事から、ろくでもない事だというのは間違いないだろう」

「そうですね」

「まぁ、ここで考えてても何も分からないし、街に向かうか。目的はニブル王との謁見だしな」

「はい」


 アルの言う通り、今の状況で仮面の集団の目的を考えたところで答えは出ないだろう。ある程度の予測は出来るだろうが、それは憶測にすぎず、結局は真相には辿り着けない。そう考えてアルは取り敢えず旅の目的であるニブルヘイム王の後ろ盾を得るという目的の為、まずは城下町へ向かった。


 ニブルヘイム王国王都ニブルの城下町の正門にたどり着いた。ニブルヘイム王国は大陸でも一二いちにを争う大国であり、今でも魔術を扱う唯一の国である。魔術を扱うといっても悪魔や天使とは無関係で、神界の門が閉じた後に、独自に魔術を開発したのだ。なので、ニブルでは魔術とは呼ばず、“魔法”と呼んでいた。原理は魔術と同じらしいが、1000年前の文献を元に魔術を再現した物だ。

 そして、その魔術がニブルヘイム王国を大国たる所以にもなっている。ニブルヘイム王国だけが保有している魔術師団という、魔法を中心に扱う先頭集団の存在が大きかった。


「さすがに人が多いな」

「仕方ありません。色々な物流の中心地でもありますから」

「文句を言っててもしょうがないか。とりあえず安い宿を探そう」


 アルがそう提案すると、ナーマが待ったを掛けた。


「アル様、宿も重要ですが、まずは酒場へ行きませんか?」

「なんだナーマ、そんなに酒が好きなのか?」

「いえ、仮面の集団と魔術師団の情報収集ですわ。情報は集めておいて損はありませんし、自分の身を守る武器にもなりますから」

「なるほど、ナーマの言う通りだな。まずは酒場で情報収集して、ある程度情報が集まったら宿で作戦会議といこう」

「ええ、その方が良いですわ」


 ナーマの提案で城門から然程さほど離れていない場所の酒場へ入った。酒場の中では旅人や商人、城下町で暮らしているであろう住人達が各々気分良さそうに酒を飲んでいた。アル達が酒場に入った瞬間には視線が集まったが、格好を見てただの旅人だと判断したのか、その視線はすぐに気にならなくなった。

 給仕の女性に案内され、酒場の端の方の席へ座った。そして適当に注文を済ませて周囲に気取られない様に聞き耳を立てながら三人で談笑をしているフリをする。

 そうしている間に注文した商品を給仕が運んできたので、ひとまず乾杯をする。


「乾杯! 酒なんて久しぶりだな」

「ええ、ですがあまり飲み過ぎない様にしてくださいね」

「わかってるよ。母親みたいに言うなよ」

「誰が母親ですか! 私はただアルが飲み過ぎない様に心配してるだけです」

「それが保護者っぽいんだよ。ジルはもう少し砕けた方が良いぞ」

「主人の前で粗相はしませんよ」

「ジルは真面目過ぎるのがたまきずだな」


 そう言ってアルが一気にビールを飲み干す。ぷはぁと良い飲みっぷりを見せるアルとは反対に、ジブリールはちびちび飲んでいる。そしてナーマはというと、アルとジブリールが言い合っている間にいつの間にかワインを5杯も空けていた。悪魔は酒が好きなのか、単にナーマが酒豪なだけなのかと考えていると、酒場のドアが勢いよく開かれ、ローブを纏った男達がなだれ込んできた。


「静まれ! 我々は魔術師団である! この場にいる者達は全員確保する!」


 リーダー格の男が合図をだすと、魔術師団と名乗った男達が酒場の中を占拠した。


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