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第13話 守護精霊

 老人の案内で村の中を歩いていると、住民から奇異の目で見られた。仮面の男に騙されたという事もあり仕方のない事だと理解は出来るが、やはり気持ちの良いものではない。できるだけ視線を無視して老人に着いていくと、大きな木の根元にあるうろの中に小さな祭殿が建てられていた。


「ここで守護精霊様を祭っておりますじゃ」

「……なるほど、確かにこれはマズイですね」


 アルは祭壇から放たれる嫌な気配を感じ取った。この気配は決して村を守る様な物ではないと感じ取った。

 ジブリールも同じ様で、顔をしかめている。そしてジブリールは一歩前に出ると、アルに確認を取る。


「早速ですが、浄化をはじめてもいいですか?」

「ああ、頼む」


 アルの了解を得ると、ジブリールはその場で膝立ちになり、胸の前で手を組み、魔力を練りだした。


「おお、なんと神々しい……」


 ジブリールの魔力を見て、老人が感嘆の声を挙げる。それも無理はないだろう。アルでさえここまで神々しい魔力は初めて見る。恐らくこの魔力が天使ジブリールの本来の魔力なのだと直感が働いた。だとしたら、今までどれだけ彼女は力を抑えていたのかが分かる。

 ジブリールの魔力がどんどん膨れ上がり、最高潮に達した時、ジブリールが浄化の魔術を行使した。


「≪神 聖 光ホーリーライト≫!」


 詠唱とともに祭壇の周囲に魔方陣が現れ、その魔方陣から眩しい程の光の柱が空目掛けて立ち昇った。数秒の後、光が消え去ると、さっきまで嫌な雰囲気を発していた祭壇が薄く光っていた。

 ジブリールの天使たる行動を目の当たりにし、アルと老人は何も口に出来ず、ただ茫然といまだに祈りをささげるジブリールに見れていた。

 そしてジブリールの祈りが終わり、立ち上がるとアルと老人の元に戻ってきた。


「完了しました」

「ああ、凄かったな」


 あまりの衝撃にアルの語彙が何処かへ行ってしまっていると、老人が感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございますじゃ。まさか天使様が実在していたとは。まさかミカエル様では?」

「いえ、私はミカエルではありません。ですが、彼女とは昔からの友人です」

「おお! ミカエル様のご友人の天使様とは! 先程の失言をお許しください」

「えっと、私はそんなこと気にしてませんので、どうかお爺様もきにしないでください」

「なんと! 寛大なお心遣い感謝いたしますじゃ」


 ジブリールがこんなにうやまわれる姿は初めて見る。天使としてのジブリールの姿を真に確認した。

 しばらく二人のやり取りを見ていると、祭壇の前に巨大な猪が急に現れた。


「ジル! 危ない!」


 アルはジブリールに声を掛け、老人を庇う様に前へ出た。

 しかし、ジブリールは焦る様子を見せず、猪と面と向かいあう。


「大丈夫ですよアル。この子はこの村の守護精霊です」


 警戒するアルにジブリールが警戒する必要は無いと態度で示す。ジブリールを見て、この巨大な猪が村の守護精霊というのは本当なのだろう。

 アルも警戒を解くと、老人がアルの後ろから前へ出て、猪に向かって祈りをささげる。


「この度はわし等の不甲斐なさでご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

「……」

「これからもこの村を守ってください」

「……」


 老人の語り掛けに何の反応を示さない守護精霊にアルがいぶかしんでいると、ジブリールが小さな声で補足してくれた。


「大丈夫ですよ。ご老人の言葉はちゃんとあの子に伝わっています。この子の様な守護精霊は人間の言葉は話せませんが、ちゃんと理解はできますから」

「そうか、それは良かった」


 しばらく三人で祈りをささげていると、守護精霊はスゥーッと消えていった。ジブリール曰く、祭壇の中に帰って行ったらしい。その事を老人に伝えると、満足そうな顔をして祭壇のある場所から立ち去った。

 アルとジブリールも老人の後を追って祭壇から離れると、いつの間にか消えていたナーマが歩いてきた。


「一体何処に行ってたんだ?」

「ちょっとその辺を散歩してましたわ」

「それは残念だな。ジルの凄いところを見逃しちゃって」

「逆ですわ。あの場にわたくしが居たら、私もダメージを負ってしまうところでしたから」

「ああ、だから散歩してたのか」


 確かに悪魔であるナーマがあの神々しい光を浴びたら大ダメージだろう。もしかすると消滅してたかもしれない。とアルは考えた。

 アルの考察はほぼ的中していた。ナーマが≪神 聖 光ホーリーライト≫を浴びていたら消滅してしまっていた。村の中を散策していたナーマの肌が日焼け程度に焼ける程だったのだ。もし、直接光を浴びてしまえば消滅は免れないだろう。


 村の中心まで戻ってきたアル達は改めて自己紹介をした。勿論、アルは偽名だが。

 そして自己紹介の時に判明したのだが、老人は村の村長だったらしい。だから人一倍アル達を警戒していたのだろうと納得した。


「まさか村長だったとは、挨拶が遅れてすみません」

「いやいや、わし等こそ天使様御一行を疑ってしまって申し訳ありませんでした」

「いえ、仮面の男の後なので警戒するのはしょうがないですよ」

「そう言って頂けると助かりますじゃ。そういえばこれからニブルヘイムに向かうんじゃったかな?」

「はい。ちょっとした用がありまして」

「それでしたら今夜は村に泊まっていってください。せめてものお礼がしたいんじゃ」


 アルはジブリールとナーマを交互に見る。二人共異論は無さそうだ。


「ではお言葉に甘えて泊まらせていただきます」


 それから村長が用意してくれた空き家で一晩を過ごした。昼間の神聖魔術で魔力を消費したジブリールの為に吸魔キスをして、それに嫉妬したナーマに絡まれたりと騒がしい夜だったが、久しぶりのベッドの寝心地は最高だった。

 翌朝、村を出る際に村長から「昨晩はお楽しみでしたな」と言われたのが恥ずかしく、アルは挨拶も早々に切り上げ、そそくさと町を後にした。


 村から少し歩くと、王都ニブルヘイムの城壁が見えてきた。このまま真っ直ぐ進めば王都の北門にたどり着くが、その手前にある川に掛かった橋の下へ移動すると、釣りをしている浮浪者の様な格好をした女性に話しかけた。


「もう王都まで来てたんだな」

「こっちは色んな仕事を請け負ってるからな。今回の依頼は何だ?」

「ここに居るナーマという女性の偽造通行証を作ってくれないか」

「おいおい、また女か。まったくその年でとんだスケコマシだな」

「そんなんじゃねぇよ」

「わかったよ。夕方までには完成するから、それまで時間つぶしでもしてな」

「ああ、了解」


 浮浪者の格好をした女性と話し終わると、アルはジブリールとナーマにしばらく時間が掛かると伝える。ジブリールは一度会った事があるので彼女が何者かは理解している。ナーマが何か突っ込んでくるかと思っていたが、あまり興味がないようだった。

 アルが話していた女性の正体は、闇商人ギルドの支部長で名前はヤリスと名乗っている。おそらく偽名だろうがそんな事は些細な事である。重要なのは闇商人ギルドが扱っている色々な違法物品だ。アルとジブリールの偽造通行証も彼女が作った物なのだった。


「さて、少し時間ができたしどうしようか?」


 と二人に尋ねると、ジブリールは「剣の鍛錬をします」と答えた。ナーマはというと、アルを指さしてこう言った。


「アル様は魔術の訓練ですわ。わたくしがしっかり教育しますので覚悟してくださいな」


 こうして偽造通行証が出来上がるまでの間、ナーマによる地獄の特訓が開始された。





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