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第12話 仮面の男

 背丈ほどの草木をかき分けて森の中を進む。魔物自体は珍しく、遭遇することは稀だが、盗賊や野盗の方が警戒レベルは高い。特にこういった森の中では実際に襲われても目撃者や証拠が見つかりにくいので、賊に襲われるリスクが高い。

 先頭ではアルが草木をかき分け、その後ろからジブリールが地図を見ながら進む方向を指示する。その後ろではナーマが周囲を警戒している。ナーマが仲間になったことで移動が少し楽になった。

 森の中を進むこと数時間、森が開けて小さな村が顔を出した。それに驚いたのはジブリールだ。


「おかしいですね。地図には村が書かれていません」

「小さな村だからえて書いてないのか、それとも最近出来た村なのか……」


 アルとジブリールはこのまま村に立ち寄って良いのもかまよっていると、後方からアルの横まで移動してきたナーマが口を開く。


「悩んでいても何も分かりませんわ。取り敢えず村に行ってみてはどうかしら」


 ナーマの言う通り、ここで悩んでいても答えは出ない。ならば直接村人に聞くのが手っ取り早いだろう。

 アルは村に入る事を二人に伝えると、村に向かって歩き出した。


 村の入り口まで到着すると、とある違和感を覚えた。その違和感を確かめる為に村の中に入った。

 村の人々は誰もかれもやせ細っていて、覇気が感じられなかった。村の中を歩き回って様子を伺っていると、一人の老人と数人の中年男性に声を掛けられた。


「旅の方ですな。 この村に何用ですかな?」

「こんにちは。ニブルヘイムに向かう途中で立ち寄りました」


 アルがそう答えると、老人と中年男性達がヒソヒソと話し出した。話が終わると、老人が再び問いだした。


「おぬし達、仮面の男を知っているかな?」

「仮面の男!」


 つい先日、仮面の集団に襲われたアルは仮面というワードに反応した。すると、中年男性達が持っていたくわなたをアル達に向かって構えた。


「やはりおぬし達は仮面の男の仲間じゃったか」


 老人がそう言うと、中年男性達がジリジリとアル達ににじり寄る。このままでは濡れ衣を着せられる可能性があるため、アルは必至で弁明した。


「違うんです! 俺達が仮面の男を知ってるのは、先日仮面の集団に襲われたからなんです!」

「ほう。しかしそれを証明する事は出来ますまい」

「それはそうですが、俺達が仮面の男の仲間という証拠も無いですよね!」

「ふん。仮面の男を知っているというだけで十分じゃよ」


 聞く耳を持たない村人達にどうやって仮面の男と関係は無いと信じさせられるか考えていると、ナーマが一歩前へ出た。


わたくし達が襲われた証拠ならありますわ」


 そう言ってナーマは右手を空に掲げると、空間に穴が開いた。その穴はナーマが使った闇の虚空ブラックホールに似ていたが、もしかしたら同じものだったのかもしれない。ナーマはその穴に手を突っ込むと、何かを引っ張り出した。ドチャッと音を立てて落ちた物の正体は、先日襲ってきた仮面の集団の一人の死体だった。


「コイツはわたくし達を襲ってきましたの。当然返り討ちにしましたが、この死体が証拠ですわ」


 老人を含め、村人たちは仮面の死体よりもナーマの所業に驚いていた。それもそうだろう。何もない空間から死体を出したのだ。普通に生活をしていれば魔術を拝むことなど無いので、初めて見る魔術に度肝を抜かれたらしい。

 いち早く正気に戻った老人が口を開く。


「た、確かにこの仮面を付けていたが……、一体お主達は何者なんじゃ?」


 当然の疑問を口にする。魔術を扱えるなんて、それだけでニブルヘイムに仕官できるものだ。それがフラッと村に来て、何をするでもなく村の中をうろついていたら不気味だろう。


「俺達は只の旅人です。ただ、ちょっと魔術が使えるのでニブルヘイムに向かっている最中なんですよ。もしかしたら役職にありつけるかと思いまして」


 アルはさもありなんと言った口実を口にする。すると、老人はそれで納得がいったのか、先程までの敵対心を解いた。それを見て中年男性達も武器を下ろした。


「誤解していたようですじゃ。申し訳なかった」

「いえ、俺達もよそ者なのにウロウロしてすみませんでした」


 お互いに謝罪し、さっきまでの緊張感が霧散した。ナーマは先程取り出した死体をもう一度空間に吸い込ませ、何事も無かったように髪の毛をくるくると弄っている。

 アルは誤解が溶けた事に安堵すると、気になった事を老人に聞く。


「仮面の男とは何があったんですか?」


 アルの質問に老人含め、中年男性達も苦悶の表情を浮かべた。

 その表情を見て、これはきっと何か良くない事があったに違いないと感じ取った。


「実は……仮面の男も魔術を使えたんです。我が村には守護精霊を祭っているのですが、その仮面の男の魔術で守護精霊を強化すると言ったのです。村としては願ってもない事なのでお願いしたんですが、仮面の男が魔術を施した後から守護精霊の力が弱り、村では農作物の不作や病気の蔓延などが起きる様になり……」


 老人は終始悔しそうな表情で語り、最後には涙を浮かべていた。それよりもアルは守護精霊という言葉が気になった。精霊といえばサラマンダーやシルフ等が有名で、古い文献でも目にしたことはあったが、守護精霊というのは初めて聞いた。


「あの、守護精霊というのは?」


 アルの疑問に答えたのはジブリールだった。


「守護精霊というのは、特定の村や集落を守る精霊です。災害や外敵から村を守る役割を果たします」

「その通りですじゃ。我が村にはその守護精霊を祭っていまのじゃ」


 ジブリールの説明と老人の言葉で、守護精霊の存在を知ったアルは、ある仮説を立てた。

 仮面の男が守護精霊を弱体化させ、この村を滅ぼそうとしていたのではないか……と。


「なぁジル、なんとかならないか?」


 と隣で話を聞いていたジブリールに何か良い案はないか聞いてみる。

 天使であるジブリールなら、精霊をなんとか出来るかもしれないと思ったのだ。

 すると、アルが睨んだ通りの返答が返ってきた。


「精霊の事なら任せてください。天使と精霊は切っても切れない相棒の様なものですから!」


 胸をドンッと叩いて言い放つ。その衝撃で胸が揺れたのをアルは見逃さなかった。悲しき思春期男子のさがである。


「そ、それじゃあ守護精霊の事はジルに任せるよ」

「はい! 任せてください!」


 視線を慌ててジブリールの顔に戻し、話を進めたアルだったが、視界に端でナーマがニヤニヤと笑ってた。ナーマを無視してアルは老人に道案内を頼み、ジブリールと一緒に守護精霊の元へ向かった。

 その後ろ姿を眺めながら、ナーマは自分の胸を眺めた。


わたくしの方が大きいのに……」


 と小さく呟いた。



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