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第11話 レベルアップの条件

 深く眠りに就いているアルに近づく人影が月明かりに照らされて、長い銀髪が神秘的に輝いている。その人物の目は深紅に光り、アルを獲物を見る様な目で見つめている。彼女の周りには甘い香りが漂っていて、その匂いを嗅ぐと催眠状態になるという物だ。アルは眠っているが、その匂いを吸い込んでしまっていた為、更に深い眠りに落ちていった。

 人物はアルの横まで来ると、その場でひざまずき、アルに口づけをしようと顔を近づけたと思いきや、素早くバックステップで後ろに下がる。するとさっきまでその人物が居た場所を斬撃が空を切った。

 斬撃を放った人物が問い詰める。


「どういうつもりですかナーマ! っ!? その赤い瞳は!」


 ジブリールが放った斬撃をかわしたナーマが口角を上げてニヤリとほほ笑む。


「貴女こそいきなり攻撃してくるなんてヒドイじゃなぁい。安心なさい、この目は魔力暴走ではないわぁ」

「なら、その赤い瞳は何ですか?」

「私は大魔王サタンの眷属だって言ったでしょう? 興奮すると赤くなるのよ早とちりさん?」

「そうですか。 それで、興奮したアナタはアルに何をしようとしたんですか! 用意周到に魅了魔法まで使って! まったく、嫌な臭いですね」

「あら、乙女をくさいだなんて心外ですわね」

「臭い物は臭いんです! さぁ! アルに何をしようとしたか話して貰いますよ!」


 ジブリールは油断せず、愛用のロングソードを正眼に構えて警戒する。対するナーマは悪びれる事もなく、淡々と答えた。


「アル様から大魔王の魔力デザイアを吸魔する為よ」

「吸魔!? 何故です! やはりアルの中にある大魔王の魔力デザイアが目的でしたか!」


 ナーマの目的がアルの中にある大魔王の魔力デザイアと聞いて、少しでもナーマを仲間として信じた自分を恥じた。だが、おかしい。ナーマは契約でアルとジブリールを裏切れない筈なのだ。その事を不思議に思っていると、ナーマから答えが発せられた。


「目的も何も、魔術を教える代わりにアル様から魔力を吸魔していいっていう契約じゃなぁい」


 そういえばそうだった。ジブリールは契約内容を頭の中で反復すると、ナーマが吸魔する事は契約違反ではないと思い当たった。

 だが、何故こんな深夜に魅了の魔法を使ってまで吸魔しようとしているのかが理解できない。吸魔には正当性があるので、素直に頼めばいいだけなのだ。


「アル様に直接お願いすればいいと考えてるみたいだけど、アル様の初心さでは一苦労しそうじゃあない? なら、寝てる間に吸魔すれば楽に出来るとおもったのよぉ」

「寝てるところを襲うというのは、それはそれで問題があると思うのですが」

「あいかわらず良い子ちゃんねぇ」

「アナタが異常なだけです!」


 ジブリールがああ言えばナーマがこう言う。まるで水と油だ。二人の言い合いはヒートアップしていき、辺りに声が響いていた。

 そして、二人の騒がしい声でアルが目を覚ました。起き上がり辺りを見回すと、ジブリールとナーマが何やら言い争っている。何事かと二人の間に割って入った。


「お前ら何してんだ! なにがあったんだ!?」


 アルが割って入った事により、二人の言い争いが中断された。かと思いきや、ジブリールがアルに告げ口する。


「聞いてくださいアル! ナーマがアルの寝込みを襲おうとしてたんです!」

「えぇ!」

「未然に防げて良かったですよ!」


 ジブリールの言葉に驚くアルだが、どうしてそんな事を? という至極真っ当な疑問が浮かんだ。


「ナーマ、何で俺を襲おうとしたんだ?」


 そう問われたナーマは「はぁ……」とため息を吐いた後、ジブリールに説明した事をもう一度アルに説明した。


「それだとナーマは悪くないな。でも、人の寝込みを襲うのは違うだろ」

「あら、だったら今から吸魔しましょう」

「うっ、それは……ジブリールも見てるし……」

「それなら問題ないですわ。彼女にも吸魔して貰いますから」


 この言葉に一番驚いたのはジブリールではなくアルだった。なにせ大魔王の魔力デザイアはジブリールにとって毒だと知ってしまったからだ。

 ジブリールはというと、驚いてはいるものの、どこか仕方がないと腹を括っている様に見えた。


「どうしてジルまで吸魔する必要があるんだ? 別に魔力暴走してる訳でもないし、ジルがやる必要は無いだろ」

「いいえアル様、吸魔はこれからの旅で必要不可欠ですわ」

「確かに吸魔は必要な時もあるかもだけど、今じゃないだろ」

天使と悪魔わたくしたちについては話しましたわよね? 存在を維持するには魔素マナが必要で、魔素を魔力に還元しているという事を」

「ああ、だからナーマは人間を襲ってたんだろ?」

「ええ。ですが、ただ襲ってただけじゃありませんわ。生気エネルギーを吸って魔力に還元する事で強さが増すんですわ」

「という事は、大魔王の魔力デザイアを吸魔すればする程ナーマとジルは強くなるって事か?」

「その通りですわ」


 天使と悪魔ジブリールたちが魔力で存在を維持しているなら、魔力量が増えれば強くなるというのは理屈としては理解できる。が、ジブリールにわざわざ毒を与える様な事をしてもいいのだろうか?


「ジルには毒だって話だけど、それでも吸魔したいのか?」

「……はい! 先日の仮面の集団での戦闘で私はまだまだ弱いと実感しました。なので、どんな方法であれ、強くなれるのなら強くなりたいです」

「……そうか」

「それに! 私の魔力が高まれば、大魔王の魔力デザイアの解毒も早く行えるようになると思うので、アルは心配しないでください」


 確かにナーマとジブリールの戦力強化は先日の襲撃で必要だと感じた。しかし、アル自身の強化も必要だと考える。今は魔力操作を学んでいるが、それ以外の強さも必要になってくるだろう。ただ、今のアルに出来る事は二人に魔力を分け与える事だけなので、吸魔をする事を了承した。


「そう硬くならないでくださいまし」

「そうは言っても緊張はするんだよ」


 初めてではないにしても、ジブリールが見てる前で吸魔キスをするのはなんだか罪悪感の様な物を感じてしまう。


「ごちそうさまでした♪」

「うぅ……」


 ペロリと唇を舐めるナーマの瞳の色は、普段通りに戻っていた。対してアルは、まだまだ慣れていないので顔どころか耳まで真っ赤にしている。

 すると、今度はジブリールがアルの目の前にやってきた。


「よ、よろしくおねがいします」

「あ、ああ」

「……」

「……」


 ジブリールは挨拶をしたあと、何も言わずにジッとアルの目を見つめている。アルも目を逸らさずに真っ直ぐ見つめ返す。今朝、ジブリールが昏倒している時に半ば無理矢理吸魔させた時と違って、今はジブリールの方から魔力を欲している。その理由は強くなる為と理解してるが、アルにとってジブリールとの吸魔キスは特別なものに感じていた。今までは魔力暴走で自意識が殆どない状態だったが、今朝は意識がハッキリしてたし、何より自分から吸魔キスをした。その時にジブリールの事を従者ではなく、一人の女性として意識しだしていた。そこにきての吸魔なので、アルの心臓は早鐘を打っていた。


「では、お願いします」


 そう言って、ジブリールが目をつぶる。綺麗に整った顔を少しだけ前に出して、アルからの吸魔キスを待っている。

 アルは早鐘を打つ心臓を無視して、ジブリールの両肩に手を添え、意を決して口づけをした。


 ジブリールとの吸魔も終えて、精神がすり減った状態のアルにナーマが微笑みながら声を掛けた。


「次からはもっと上手く出来る様に頑張りましょうね」


 その言葉でアルの吸魔キスが下手だったのかと思い、しばらく落ち込んだ。



 朝になり、野営をした痕跡を消し、ニブルヘイムへ向かうために地図を確かめる。


「この森を突っ切ればニブルヘイムの北門にたどり着きます。正門ではありませんが、これが一番の近道だと思います」


 ジブリールが地図を眺めながらそうアルに伝えると、アルはジブリールの意見に賛同した。


「北門か、丁度いい。王都へ入る前に闇商人と接触しないとならないからな」

「何故ですか?」

「ナーマの偽造通行証を作るんだよ。さすがにずっと隠蔽魔術だけじゃ誤魔化せないだろうからな」


 アルの言葉を受けてジブリールがナーマに視線を送るが、「仕方ないでしょ」と言って手をひらひらと振るだけだった。


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