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第7話 大魔王の魔力

 『この者達は皆、アルと同じ刻印が刻まれています。ナーマ、何か知っているんじゃありませんか?』


 静寂の中、ジブリールの真剣な質問にナーマも真剣に返答する。


「刻印の事は知ってるわ。だけど、なぜコイツ等が刻印を刻んでいるのかは知らないわ」

「ではこの刻印は何なのですか?」


 ナーマはわざと一呼吸置いて答える。何故なら、今から言葉にする事はナーマにとっても重要な情報だからだ。


「大魔王のシンボルなのよ。かつての大魔王の額には同じ刻印がされていたのよ」


 ジブリールはやっぱりかという反応を示す。

 アルは自分に浮かび上がった刻印に目をやり、すぐにナーマに視線を戻す。

 そして、最も重要な事を聞く。


「じゃあ、この刻印が現れた俺は大魔王に乗っ取られたりするのか? まさか魔力暴走っていうのはその前兆なのか?」

「それはわたくしにも分かりません。ただ、魔力暴走の原因なら予想できます」

「なら、魔力暴走の原因はなんなんだ?」

「憶測でしかありませんが、大魔王の魔力デザイアとアル様自身の魔力がせめぎ合って、大魔王の魔力が外に溢れる状態だと思います」


 ナーマは憶測だと言ったが、魔力暴走の原因の一端に自分の魔力が影響している事に衝撃を受ける。

 不安そうな表情をするアルを余所にナーマは続ける。


「将来的に大魔王の魔力デザイアが勝てば大魔王がアル様の身体を乗っ取り、復活する可能性はあります。ただ、アル様の魔力が勝てば、アル様の身体から大魔王の魔力デザイアは消え去るかと思います」

「本当か!?」

「あくまで憶測ですわ」

「そうか、そうだったな」


 と返事はしたが、大魔王の魔力デザイアが消滅するという憶測は、アルにとっては最大の希望だった。

 しかし、その希望を掴み取るには最大の試練があるとナーマは言う。


「今のままの魔力量と魔力操作では、間違いなく乗っ取られますわ」

「まるほど、そうならない為に俺自身がもっと強くなる必要があるって訳か」

「ええ、理解が早くて助かりますわ」


 自分が強くなればなるほど大魔王の魔力デザイアに打ち勝つ可能性が高くなる。それはアルの向上心に火を付けるには二つとない燃料だった。


「そうと決まれば、ジル! これからはもっと特訓するぞ!」

「はい! 必ず打ち勝ちましょう!」


 アルとジブリールはナーマから聞かされた希望により、士気が高まっていたが、そこにナーマが水を差す。


「盛り上がるのは後にしてくださいまし。今はこの者達をどうするか考えましょう」


 そう言ってナーマは仮面を被っていた者達の方に視線を移す。


「そういえばそうだったな。このまま放置はできないし……」

「そうですね、かといってどう処分するか悩みますね」


 アルとジブリールが悩んでいると、ナーマが一歩前に出る。


「でしたら、わたくしが処分致しますわ」


 そう言うとナーマが魔力を集中させる。そして、魔力が極限まで高まった時、ナーマが魔術を発動させた。


闇の虚空ブラックホール!」


 ナーマが魔術を発動すると、頭上に黒い穴が開き、放置していた仮面の集団を次々と空間に吸い込まれていった。全てを飲み込むと、黒い穴は跡形もなく消え去った。

 仮面の集団やそこに流れていた血や衣服の切れ端など、もろともが虚空に吸い込まれ、ただ夜風が吹く広場の中心を背にナーマがこちらに振り返る。


「これで何も問題ありませんわ」

「す、凄いな」


 ナーマの圧倒的と言える魔術に、アルは感嘆の声しか出せなかった。反対に、ジブリールは冷静に言葉を発する。


「その魔術で放置してきた悪魔の死骸もお願いします」

「そういえばまだアイツが残っていたわね。なら……」


 ジブリールの要請にこたえる様に、ナーマは二体のリリスを召喚した。

 召喚したリリス達に悪魔の死骸を消去するよう命令すると、リリス達は悪魔が倒れている方向へと飛び去って行った。

 それを見送ったジブリールがアルの肩をポンと触りながら提案する。


「早くこの場から立ち去りましょう。幸い今は街の住民は逃げ去っていますが、しばらくすれば戻って来るでしょう。戦闘の跡を見られるのは得策じゃありません」

「確かにそうだな。俺達が関与しているって疑われると身動きが取りづらくなる」


 そう言ってアルとジブリールが広場から移動しようとすると、ナーマが待ったを掛けた。


「そんなに慌てる必要はありませんわ」


 ナーマの言葉にジブリールが反応する。


「私達は隠密に行動しているんです。貴女の様に自由気ままにとはいきません!」

「そうではなくて、隠蔽の魔術を広場一体に施してあるから、万が一人が来ても広場には近づきませんわ」

「なっ! そんな事をしていたんならもっと早く言ってください!」

「だってぇ、そんな暇無かったじゃなぁい」

「もう! 貴女はああ言えばこう言う!」

「ふふ、それがわたくしの魅力ですわ」

「はいはい。まぁ、なにわともあれ急ぐ必要がないのは感謝します」

「いいのよ別に。わたくしもアル様とはもっと話したいと思っていますから」


 ナーマはそう言うと、アルに視線を送る。ナーマの蠱惑的な視線にアルは先程の口づけを思い出して、再び顔が赤くなってしまう。それを誤魔化すようにナーマに言葉を被せる。


「俺に話がある様に、俺もお前には聞きたいことがある」

「ええ、じっくり話しましょう」


 カツンカツンとナーマがアルの元まで歩いていく。

 近づいてくるナーマにアルは警戒するが、アル以上に警戒しているジブリールが二人の間に立ちふさがる。


「話なら私も混ぜてくださいね」

「あらあら、ヤキモチかしら?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか! 私はただ、アルと悪魔である貴女を近づけさせたくないだけです!」

「それを一般的には嫉妬と言うんじゃなくて?」

「違います! それよりも話すことがあるなら早く話してください」


 ガルルル! とうめき声が聞こえてきそうな程にジブリールがナーマを威嚇するが、ナーマはどこ吹く風と言わんばかりに通常通りだ。


「ジル、少し大人しく話を聞いててくれ。これはお前にとっても重要な事なんだ」

「……分かりました」


 アルに宥められて、ジブリールは一歩下がった位置で二人の話を聞く態勢になる。


「ナーマ、聞きたい事がある」

「なんでしょうか?」

「なんでナーマが吸魔を使えたんだ? 吸魔は元天使であるジブリールだけが使えると聞いたんだが?」

「ああ、そんな事ですか。答えは簡単ですよ、さっきのは吸魔ではありません」

「吸魔じゃない? なら何で俺の魔力暴走がおさまったんだ?」

「それは大魔王の魔力をわたくしが吸収したからですわ」

「それって吸魔と何か違うのか?」


 アルがそう問いかけると、ナーマの視線がジブリールに向いた。ジブリールはバツが悪そうに俯いている。


「そこの天使が使う吸魔は、確かに魔力を吸い取る行為ですが、その魔力が問題なんですの」

「どういう事だ?」

「吸魔をする際、吸い取る魔力は大魔王の魔力ですわよね? つまり、悪魔の魔力ですわ。そして、天使にとって悪魔の魔力は毒の様な物。彼女はその毒を体内で解毒し、自分の魔力に変換していたという訳ですわ」

「それって、つまり……」

「そう、アル様はずっと彼女に毒を与えていたという事ですわ」


 知らされていなかった事実に、困惑を隠せない。ワナワナと震えているアルにジブリールが抱き着き、弁解するように言葉を紡ぐ。


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