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第5話 決着

 臨戦態勢に入った3人を見て、仮面の人物も動き出す。

 今までの仮面の集団とは桁違いの素早さで、あっという間にアルに接敵していた。そのため、アルは反応が遅れてしまい、敵の拳が眼前に迫っていた。避けられないと悟ったアルは防御だけでもと腕を上げてガードしようとするが間に合わず、拳がアルの顔面に突き刺さり、後方へ吹き飛ばされ、アルの身体が広場にクレーターを作るほどの衝撃だった。


 吹き飛ぶアルを見たジブリールとナーマが激昂し、ジブリールが鋭い剣筋で切り掛かるが、覆面は焦る様子もなく軽々と躱す。しかし、真に恐ろしいのはジブリールの斬撃である。躱された先にある物を切り裂く程の斬撃を軽々とした動作で繰り出しているのだ。そして、一瞬だけ❝溜め❞を作り、今まで以上に威力の増した斬撃を放つが。それも躱されてしまう。だが、ジブリールに焦った表情は無い。仮面の人物が躱した場所にはナーマが自分の影から召喚したリリス達が居た。


 召喚された五体のリリス達は「キキィ」という声を挙げながら、仮面の人物を囲む様に散会し、リーダーらしきリリスの「キィ!」という叫び声と共に一斉に仮面の人物へ襲い掛かった。

 仮面の拳がリリス達を次々と殴り倒す。その威力は暴力的なまでの破壊力で、一発でリリスの顔面を潰すし、仮面の人物の周囲は血飛沫が舞っている。最後の一体を倒した瞬間、ナーマの後ろで魔力を溜めていたジブリールが、溜めた魔力を両手に集め、大魔術を行使した。


神 聖 光 線ディバインレイン!」


 ジブリールの合わせた両手から光の光線が放たれた。

 光線は目にもとまらぬ速さで真っ直ぐ仮面の人物へ伸び、直撃した瞬間に大爆発を起こした。爆発の衝撃波で広場に植えられている木々が激しく揺れる。


「えげつないわぁ」


 片腕で飛散物を避けながら巻きあがった砂煙を見て、ポツリとナーマが呟いた。おそらく神聖光線ディバインレインが自分に対して使われたらと想像したのだろう。

 ナーマを以てしてもそう思わせるほどの魔術を行使したジブリールは、「はぁはぁ」と肩で息をしている。


「ふぅ……、時間稼ぎありがとうございました」

「即興でやってみた連携だけど、結構相性が良いかもしれないわねぇ」

「ふっ、見え透いたお世辞はいらないです。貴女が私に合わせた事は理解できますから」

「あら、素直じゃないのね」


 ジブリールは今の一戦で実力はナーマの方が上だと確信した。単純な力比べなら自分にがあるとんでいるが、魔術を使うとなると、ナーマの方にがあると履んだ。先程のリリス達の召喚でさえ魔力の❝溜め❞を必要としていなかった事から、魔力量では敵わないと悟った。だからこその見え透いたおべっかに腹が立った。


「それよりもアルです!」

「あら、姿が消えているわね」


 アルが吹き飛ばされた場所に視線を送ると、倒れていたはずのアルの姿が消えていた。どこに消えたのかと辺りを見回すと、先程ジブリールが放った魔術で巻き起こった砂煙が晴れていき、ガードしたであろう両腕や脚から出血していて、見るからに満身創痍といった仮面の人物がゆらゆらと立っていた。

 倒しきれなかった事を悔しがるジブリールだが、今は手負いの仮面の人物よりも消えたアルの方が気掛かりだった。

 仮面の人物が放つ拳の威力では、直撃を喰らってしまったアルでは到底立ち上がる事は難しい筈なのだ。だが、動けないはずのアルの姿が忽然と消えてしまった。だとすれば、仮面の人物か、或いはその仲間がアルを連れ去ったのでは? と考えるのが妥当だろう。


「アルに何かしたんですか!?」


 アルの姿が消えた事でジブリールの怒りが頂点付近まで込みあがる。剣を構え、いつでもトドメを刺せる状態で仮面の人物に向かって問いただす。

 だが、仮面の人物は臆するどころか笑っていた。


「くひひ……気づかないのか? 大魔王の魔力デザイアの鼓動に……」

「なに!」


 まさか魔力暴走を起こしているのかと、魔力探知を行う。

 するとアルの魔力が物凄い速さで自分のすぐ後ろに迫ってきていた。

 ジブリールは反射的に聖なる障壁ホーリーバリアを展開した。

 聖なる障壁ホーリーバリアを展開したと同時にアルが障壁に衝突した。突進を防がれたアルだが、聖なる障壁ホーリーバリアを破壊しようとバリアに向かって剣戟を繰り返す。その威力は魔力暴走を起こす前とは桁違いの破壊力を持っていた。咄嗟にバリアを張らなければ一刀両断にされていただろう。


 ギィンッ! ガギィンッ!


 とアルの剣とバリアが衝突する音をかき消すようにジブリールはアルに向かって叫ぶ。


「アル! 正気に戻ってください!」


 ジブリールがアルに呼びかけたが、アルの瞳が赤く光っていて、完全に暴走状態になってしまっていた。

 どうにかして吸魔を施して暴走を沈めたかったが、いまバリアを解いたら自分が倒れてしまう。

 どうすればいいのかと思案していると、アルの足元から影のつるが出現し、アルを拘束した。


影の拘束シャドウバインド! わたくしの影からは逃れられませんわ」

「ナーマ!」


 ジブリールを囮にしていたナーマが影の拘束シャドウバインドでアルを拘束すると、今度は身体が霧状になり、その黒い霧が身動きの取れないアルに纏わりつくと、霧が実体化し、ナーマが正面からアルに抱きついていた。


「何をする気ですかナーマ!」

「なにって、決まってるでしょぉ?」


 ナーマは蠱惑こわく的な笑みを浮かべると、アルの顔を両手で包み口づけをした。


「な、な、なんてことをしてるんですかー!」


 あまりに突然で衝撃的な光景に、動揺してバリアを解いてしまった。だが、ジブリールにとってそんなことはどうでもよかった。敬愛している主の、恐らく初めての口づけを、事もあろうに悪魔であるナーマに奪われたという怒りの方が勝っていた。

 ジブリールの抗議を無視してナーマは口づけを続ける。

 すると、最初はジタバタと抵抗していたアルだが、だんだんと大人しくなっていく。

 そしてナーマとの口づけからしばらくすると、赤かったアルの目が元の色に戻り、あふれ出ていた魔力も激減した。


「ふぅ、元に戻ったようですわね」

「ぷはっ! な、ナーマ! なにをするんだよ!」

「貴方の暴走した魔力を吸い取っただけですわ」

「それは助かるけど、そ、その、キスする必要はないだろ!」

「いいえ、口づけでの吸収が効率か良いのよぉ」

「だ、だとしても……」


 アルが顔を真っ赤にして何かを言い淀んでいる。その初心な反応からして、異性との口づけはジブリールの予想通り初めてだったと伺える。その光景を見て頭に血が上ったジブリールがアルとナーマの間に身体ごと割って入った。


「効率が良くてもアルのく、唇から直接なんて卑猥です!」

「そうかしらぁ? 卑猥と感じるのは貴女がそう思ってるからでしょ?」

「だってキスですよ! 私だってしたことないのに!」

「あら、初物を頂いちゃってごめんなさいねぇ」


 ナーマはしてやったりという表情を浮かべ、ジブリールはぐぬぬと苦悶の表情を浮かべる。そしてアルは二人の会話で赤い顔が更に赤くなる。何とも言えない空気が辺りに充満している。

 そんな空気を壊すべく、アルが思い出したように言葉を口にした。


「そ、そうだ! 仮面の奴はどうなった!」


 なんとか雰囲気を変えようと先程まで戦っていた敵の行方を探す。まだ顔が火照っているのを無理矢理無視する。


「そういえば! いつの間にか姿が消えています!」

「貴女がしっかりしていないから逃げられるのよぉ」

キ スあんなものを見せつけられて動揺しない訳ないでしょう!」

「あらあら、今度は責任転嫁かしらぁ?」

「うぬぬ……!」


 ジブリールとナーマが不毛な争いをしている間、広場から離れていく魔力をアルは感知した。移動速度は遅く、ジブリールから受けた攻撃の影響が残っているのが分かる。


「二人共、こっちだ!」


二人に声を掛け先に走り出すアル。その速度は魔力暴走を起こす前とは比べ物にならない程早くなっていた。まるで風の様に町中を走り抜ける。


「なんだか大魔王の魔力デザイアが身体に馴染んでいるようだ」


 街から森へ続く路地の途中で仮面の人物を見つける。ソイツはブツブツと何かを叫びながら傷ついた身体を引きずりながら走っている。


「はぁはぁ……我らが主の復活だ! アルさえ……アルさえ始末できれば……」


 そんな事を口にしながら走る仮面の人物の頭上からアルが返答する。


「悪いが、お前たちに殺される訳にはいかないんだよ!」


 近くの建物の屋上からの落下の勢いを利用して、アルの剣が仮面の人物の脳天から股下までズバンッと一刀両断した。

 辺りに血が流れ倒れる仮面の人物を見下ろし、ふぅっと息を吐いて剣を鞘へ仕舞った。

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