「あの、
振り向いた拍子に、彼の長めの髪が揺れる。赤味が強い茶色の、サラサラで柔らかそうな髪。瞳も赤茶で、どちらも天然らしい。
女性的だとはまったく思わないが、くっきりした二重瞼と長い睫毛に縁取られた瞳がいつもいきいきと煌めいている、とても美しい人。
服装にはむしろ無頓着とも感じるが、それがかえって素の美貌を引き立たせていた。決して惚れた欲目ではない、筈だ。
真っ直ぐな黒髪と黒い瞳だけではなく平凡な容姿の祥真は横に並ぶのも躊躇してしまうほどだが、彼はまったく気にした風もない。
単に甘いだけではないが、いつも優しい笑みの先輩。
「おー、いいじゃん。……原田、結構器用だよなぁ」
祥真が仕上げた看板を見た彼が、感心したように口にする。
「え!? そうですか? 嬉しいです!」
先輩に対して形だけでも謙遜すべきだったか? と頭を過った時にはもう言葉が出ていた。ただ、郁海はそういうことを気にするタイプではない。
「うん。ここのモザイク模様の塗り、すげえ丁寧でいいんじゃない? 部分的に細か過ぎてそこしか見てないってこともないしさ。立て看なんてまずは遠目の全体像が第一だからな。そういう意味ではホントよくできてる。……最初はさ、お前っていい加減、じゃないけどもっと雑そうに見えてたんだ。勝手に悪かったな」
「い、いえ! そんな……」
真っ直ぐ目を見て謝ってくれる想い人に、逆に返す言葉に困ってしまった。
個性的な面々が集まるサークルでは、むしろ祥真のような『普通』が珍しいのか気楽なのか、同期の中でも構ってもらえている気がする。
……彼と関われるのなら、理由なんてなんでもよかった。
入学してすぐにこのサークル『フレア』に入部し、郁海と出逢って五か月が経つ。
彼への恋情を自覚したのは、六月公演の準備中だった。それぞれの公演の練習期間は約一か月。
脚本が上がらないため稽古の大半がストップしていた状態で、新入生の祥真も多くの上級生と会話する機会が増えていた。
初めて見たときから、郁海に惹かれていた。
なんの興味も関心もなかった演劇サークルに入ったのも彼がいたからだ。正直誘われたときは「面倒だなぁ」としか感じなかったのに。
部室で待っていた郁海に会うまでは。
本当に普通の人間なのか、
結局は一目惚れではないのかと問われたら完全には否定できない気はするのだが、それは今だからこそだ。
学部生としては最上級生になる、四年生の郁海。
身長は百七十前後だろうか。一応「百八十弱です!」と言える祥真より七、八センチほど低い。
それ以上に体格が違う。
数字上も見た目も特に太ってはいないものの、筋肉質のため「原田、お前ムチムチだな」と時に揶揄される祥真に比べれば随分細身な彼。
祥真はサークルに入るまで、演劇の訓練など受けたこともない。
それどころか舞台を見た経験さえほぼなかったくらいだ。同期生にも、児童劇団に所属してずっと舞台に立っていたという者が珍しくないというのに。
もちろんプロの劇団ではなく大学サークルなので、初心者向けの練習もきちんと考えてもらえている。
祥真のような本当の意味での素人は、基礎の基礎の発声からだ。
ある程度以上の経験者は、発声や身体作りに加えて
台本も台詞もなく、その場で与えられた題に沿って役になりきり「劇」を始めるという高度さに、自分がこの域に達する日など来るのだろうか、と遠い目になった春。
「
サークルの『顔』でもある、脚本と演出担当の祠堂 リュウ。
彼の脚本待ちの時間だった。まるきりの白紙状態ではないためできることは進めてはいたが、やはり限界がある。
つい愚痴めいた言葉を零してしまった祥真に、郁海は淡々と返して来た。
「あの人はね、天才だから。昔っから、凡人は天才に振り回されるって相場が決まってんだよ」
リュウは院の二年目で、祥真より五学年も上の雲の上の大先輩だった。本来『神様』のような存在で、到底そんな口をきける立場ではないのだ。
もともと祥真が、失礼を人好きのする性格でぎりぎり見逃してもらっていただけというのも大きい。
高校以前もそうで、実際にトラブルに発展したこともなくはなかった。
しかし結局は、それだけ郁海に心を許していたのだと今はわかる。
まるで夢見るような表情でリュウを語る彼の様子に、わけもなく苛立った。
眼の前で他の男を褒める、心酔していることを露わにする美形の先輩。
そして気づいた。
己が郁海を
◇ ◇ ◇
看板を前にした祥真の困惑を見て取ったのか、先輩女性が横から助け舟を出してくれた。
郁海と同期で、最も親しいらしい
「原田、よく小道具のヘルプもしてるもんね。小道具に限らずだけど、裏方のあれこれって向き不向きあるから」
「あ、あの! 俺、この間照明の手伝いしたんすよ! なんか『舞台を支配してる』って感じですげーカッコイイなって」
褒められた勢いもあり、祥真はつい自分について口走ってしまった。
「俺は指示通りにスイッチ押したくらいなんですけど、あれ最初から自分で判断できるようになったらすごいですよね。あ、もちろん照明の計画っていうか、係の人がその場で好き勝手にやってんじゃないのはわかってますけど!」
「そういう感覚、舞台人には大事だと思うよ」
浮足立った後輩にも、彼は静かに真剣に返して来る。
「表に立って目立つ『役者がすべて』みたいな考えを否定する気はないし、ある意味役者がメインなのは正しい。でも役者『だけ』じゃ絶対に幕は開かないんだ。もちろん、脚本と演出だけでもな」
続けた郁海に、雅も明るい口調で加わった。
「そうそう! それぞれの担当が自分の仕事に誇り持って、『いい
やはりこのサークル、というよりこの『世界』には、演劇についての確固とした持論をもつ人も多い。
実際に語るかどうかは別として。
祥真には当然そんなものはまだないが、何にしろ好きなものに夢中になっている相手の話は楽しかった。
「……原田ってさ、なんか便利使いされてるだろ? もしかしたらお前は嫌かもしれないけど、そういう人間ってすごい大事なんだよ。だってみんながみんな自分の狭い担当のことしか見てなかったら、全体がどうなってるかわかんねぇもん。実際俺もサークル全体のことなんて知らないし」
「俺は全然嫌じゃないです! ってか、俺ホントにまともにできる事なにもないし。いろんなこと手伝わせてもらえてありがたいっす!」
思い掛けない郁海の言葉を、咄嗟に手を振って否定する。
「郁海の言う通りだね。原田、このサークル入ってよかったんじゃない? ホントに裏方向いてるよ。演じる気ないんなら、いっそ
雅までもが賛同してくれるのに、喜びが込み上げる。確かに祥真は、部長で舞台監督を務める
「ぶ、舞台監督なんて無理に決まってるじゃないすか! 諸星さんの手腕だから仕切れるんですよ……」
くだらない陰口など気にせず今まで頑張って来てよかった、と恐れ多さに口籠りながらも頬が緩むのがわかった。
「名前出して悪いけどさ、祠堂さんは確かに書くものとか演出はすごいけど、じゃああの人がサークルの隅々まで目を配って全部把握してるかってーとそれはないんだよな。正直、演出してるその場の役者の動きとかしか頭に残ってないと思う。しかも、帰って脚本に手を入れたり他のもの書き出したらそれさえ忘れる、絶対!」
でも祠堂さんにはそれだけ突出した才能があるから、と郁海は笑う。
「あの人が、サークルにとって絶対的な存在なのになんで『部長』じゃないのかの答えだよ。今は院生だけど、学部時代からそうだから」
郁海の言葉に雅が返す。
「本人がやりたがる人じゃないのが大きいけど、誰ひとり『祠堂さんに部長を』なんて言い出さなかったもんね。あたしたちが入学した頃からさ」
「まあ、祠堂さんはそれでいいんだよ。そういうレベルで戦う人じゃないから」
先輩二人の会話の内容はなかなかに辛辣だ。
しかし、愛があるのも伝わる。
「だけど凡人はそれじゃダメ。俺も含めてな。脚本や演出には結局経験が出るんだ。人生切り売りしてるみたいなもんだから、インプットがないとすぐ枯れる。視野は自分で広げるもんなんだよ」
単なる自虐だとは感じなかった。
郁海は彼なりに自分に自信があり、だからこそリュウとの差もきちんと自覚しているのではないか。
綺麗で可愛らしい顔に反して、きっとこの人はとても、強い。
「だから原田は今すごく良い経験積んでると思うよ。役者になるにしろ照明なりの裏方やるにしろ、無駄にはなんないから腐るなよって柄にもなく宥めようとかしたんだけど。俺が口挟むまでもなく、お前わかってそうだよな。まだ若いのに。……雅も言ったけどマジ舞台監督いいんじゃねーか?」
後輩としてそれなりに可愛がってもらえていると感じてはいたものの、郁海の本気の話を初めて聞かされた気がする。
容姿にも能力にも恵まれているように見えるのに、常に努力を惜しまない姿にも惹きつけられた。
その裏にある『何か』など考えてみたことさえなかった。
まだ十九の何もできない未熟な後輩にも、斜に構えることもなく真面目に語ってくれる人。
涼し気な美貌の裏に、こんな熱さを隠していたなんて知らなかった。
誰にでも綺麗な笑顔を向ける、厳しいが優しくて面倒見のいい先輩。
おそらくはサークルの多くの人間が郁海に対して抱いているイメージは、間違いではないが正しくもないのだと祥真は改めて感じた。
彼が話すのを聞いて、実際の郁海はかなり頑固で『心を開く相手を選ぶ』タイプな気がしたのだ。
おそらくはそれを誤魔化すための人当たりのいい笑顔なのではないか、とも。
祥真自身は、舞台に立ちたいという欲はなかった。
だからといって、郁海のように脚本に限らず『やりたいこと』があるわけでもない。
結局は郁海たちに指摘されたように、その場その場で人手の足りないパートに呼ばれては言われたことをこなす便利屋ポジションに落ち着いていた。
「なんのために
同期に、面と向かってそんな風に絡まれたこともある。
彼は演技力やそれまで積み重ねた実績に自信があるのを隠さない。
だからこそ祥真は論外としても他の『素人』と同列の下積みに納得がいかず、目についた祥真に当たったのだろう。
「役者になりたい」「演出がしたい」等の希望に溢れた同級生なら、今の祥真のような扱いは耐えられないのかもしれない。
しかし、自分のようなタイプにはちょうどいいと祥真自身は思っていた。
時には郁海の手伝いもできてお得だ。
「舞台に立てばいいのに」
演劇サークルに属して活動する中で、郁海は下級生の頃から飽きずにそう誘われているらしい。
祥真はただ「顔が綺麗だから」と捉えていたのだが、雅に一笑に付された。
「舞台メイク知らない? 下手したら素顔わかんないよ。郁海はさ、背は高くないけど手足が長くて立ち姿がバッチリ決まんのよ。演技力もあるしね。自分が書くし演出するからだろうけど、役柄掴んで掘り下げたりすんのも上手いしさ」
顔なんて二の次三の次、それ以下だ、と彼女が説明してくれる。
「それにあいつ脱いだらすごいよ? 細マッチョってやつ。……あと声いいねぇ、顔に合わないイケボ?」
目の前で平気で上半身脱ぐの見てるからで、そーいう関係じゃないからね! と雅はわざわざ付け加えたが、誰の目にも友人にしか映らないだろう。
しかし郁海は、最初から裏方に徹していたそうだ。
彼は本当は、脚本・演出希望らしい。
メインの公演はサークルの中心人物であるリュウが一手に引き受けていたが、郁海も新人公演等では何度か脚本を書き演出も担当していたのは知っていた。
ただ、基本的には何でもやる人だ。
大道具や小道具作りはもちろん、リュウの脚本の進捗監視までしていると聞いていた。
何かあるたびに自信を失くしたと部屋に籠もっては布団を被って泣き、書けないからと平気で着の身着のままで逃走する彼を、追い掛けては連れ戻す。
そして、彼の部屋や部室で付ききりで励まし叱咤して書かせるのだ。
「郁海はもう祠堂さんの『お母さん』だから。つか親でもできないと思う。あたしなら金もらっても無理だし嫌」
「見城さん、はっきり言いますね……」
雅が、呆れ八割以上で零していたのも覚えている。
どうにか上がったリュウの脚本の誤字脱字や全体の辻褄のチェックも郁海がしているらしいと聞かされた。
祥真から見ても、リュウと郁海では脚本家としてのタイプはまったく違う。
如何にもなのか思いも寄らないのかは祥真には判断できないが、リュウが書くのは常にシリアスで重厚な人間ドラマだった。
暴力行為があるわけではなく人が死ぬことも滅多にないのだが、にも拘らずかなり重苦しい描写も多く、彼の半生に嫌でも興味が湧いてしまう。
翻って、郁海は基本
そちらにしても雅の受け売りで、祥真にはよくわかっていないのだが。正直リュウの難解なシリアスより、郁海の喜劇の方がよほど意外だった。
祥真の心象では「どちらもコメディは書きそうにもない」からだ。
「コメディ書く人が、所謂陽キャでパリピとは限んないよ、全然。逆に、自分が暗い人間だからコメディにこだわる! それしか書きたくない! って人も知ってる」
つい疑問を口にしてしまった祥真に、サークルでも常に主演級を張っている三年生の
実際にはそういうものなのかもしれない。
リュウの持つ力を認めているからこそ、真似ではなくても結果的に近くなるというのは十分に有り得そうだが、郁海はそのあたりの切り離しに迷いがないようだ。
あるいは、最初から二人が元々持つものが違い過ぎるからだろうか。書きたいなどと考えたこともない祥真には、本当に理解できなかった。
「俺さ、顔は別に大したことないだろ?」
「え? えっと、佐治さんはたしかにすごいイケメンとかじゃないですけど、あ、すみません。でも俺は表情の作り方とかカッコいいなと」
崇彦の唐突な問い掛けに答えに困る祥真に、彼の対応は実にあっさりしたものだった。
「気ぃ遣う必要ないって。『役者は顔じゃない』って今の俺はわかってるし、これでも自分に自信あっから。自惚れだけじゃなくてさ。必死で努力して演技力とか磨いて、認められて立て続けにいい役もらってるしな。……でもガキの頃副島さんみたいな見た目完璧な人が傍にいて、『舞台になんか立ちたくない。裏方やりたい』っていうの聞いたら、嫉妬でヤバかったかもしんないな〜とは考えるよ、実際」
彼も幼い頃から劇団に所属して、役者を目指してきたらしい。
三年生で二十歳だが、『芸歴』は十五年を超えるのだとか。
「まあ『裏方やりたい』子どもが劇団なんて入んねーし、もし無理に入れられたりしてもまず続かないけどな。結構ハードな世界だから、あれも」
「副島さんや祠堂さんがどうかは全然知りませんけど、普通小さい頃から『脚本書きたい!』って方が珍しくないすか? 舞台でスターになりたいってのはよくあるとしても」
そりゃそうか、と崇彦は真顔で頷いた。
「──ああいう人には、それこそ俺にはわかんねえ悩みとかがいっぱいあるんだろうな、とは思ってる。俺とは逆で、あまりにもキレイ過ぎて苦労もしてそうだなって。案外さ、男の方が目立つもんに攻撃的だったりすんだよ」
彼の論は祥真にも何となく理解できる。
「『女は足の引っ張り合いが~』とか言うけど、結構女の子ってキレイな子好きじゃん? 中身がよっぽど悪けりゃ別だけど。俺も昔は顔が良ければ何でもうまく行きそうとか考えてたけど、そんなもんじゃないよな」
リュウと郁海の共通点のひとつは、傾向は違うがどちらもかなりの美貌の持ち主だということだ。身長は、リュウのほうが十センチは高いけれど。
それが裏方志望に関係しているのか、それとも単なる偶然なのかさえ祥真には考えも及ばなかった。
「俺もさ、関係ないやつに『テレビとかならわかるけど、舞台なんてその時限りで何も残んないのに』って言われたら反論もしたくなるもんな。いや黙ってるけどさ。そういうやつには何言っても無駄だし」
「……残んないからいい、って考えもありますよね? その場だけの『ライブ感』ってのか」
「なんだよ、お前結構わかってんだな。『一期一会』ってやつな」
崇彦の感心したような声。
そこまで深い考えで口にしたわけではないのだが、祥真はそれこそ黙っておいた。
「実際さぁ、見た目だけなら俺よりお前のが上じゃね? 原田って結構いい顔してんじゃん。よく見るとわりと整ってるし、愛嬌あっていいよな。そういうのって持って生まれたもんだから」
「え!? あ、あの俺、顔褒められたのなんて初めてです! いや、褒め言葉じゃないかもしれませんけど。いっつもせいぜい『可愛い』で」
「ああ、まあお前可愛いよな。造形的な可愛さよりも、なんてーか仔犬っぽい可愛さ」
バカにしてんじゃねえよ? とわざわざ断って具体的に評してくれる先輩。懐いてくるさまが可愛い、という意味だろうか。
「あと、結構声渋くていいよ。声こそ天性の部分大きいからさ」
「あ、はい。意外と低いってよく言われます。でも俺の声籠ってるっていうか、ちょっと何言ってるかわかりにくいんですよね」
「そこは訓練。発声頑張れ。……舞台立つならな」
不意に耳に蘇る、祥真ほど低くはないが響いて聴きやすい郁海の声。
「祠堂さんの書くもんは基本難解でさぁ。役とかストーリーの流れとか、解釈もなかなか大変なんだよ。必死で考えて役作りして行ったのを、一言でバッサリ『そうじゃない。ちゃんと読んだのか?』って切られたりもするしな」
祥真はまだ「役」を与えられたことはなかった。
もちろん『舞台を作る』一員として必ず脚本には目を通す。時には、「その場にいるから」程度の理由で
希望もしていないし自分でさえ役者に向いているとは感じないため、このまま舞台上には立たずに終わるのではとさえ考えている。
だから崇彦の言う「役作り」については、真の意味では理解できないのだ。
「でもあの人の演出どおりに演じたらやっぱすごいいいものができるんだよ。普段はあんなグダグダな人なのに。『才能』ってのはこーいうのなんだな、って祠堂さん見るたび実感する」
このサークルの誰もが、リュウを語るときどこか遠い目の同じような表情を浮かべる。素質だけでは語れない有り余るものを、常日頃から見せつけられているせいか。
「……けどさ、俺は副島さんのコメディも好きなんだ。別にわかりやすくはないんだけどな、あの人のも。あの二人に共通すんのは『心理描写の細かい人間ドラマ』かな」
彼が郁海を認めているのだ、というのは祥真にも伝わった。
郁海の存在を、実力を。
「今年の新人公演の脚本、副島さんでしたよね。演出も一人でやったの二回目だって言われてました」
新人公演は毎年夏休み中の八月に行われ、演者も基本的には一年生を中心に構成される。祥真も裏方で参加していた。
新人公演にリュウの脚本を使わないのは、いくら経験者が多いとはいえ一年生には荷が重すぎるからだろうか。脇は主に二年生が固めるとしても、公演の趣旨から主演は必ず一年生から選出されるからだ。
同時に、彼以外にも脚本を書き演出させる機会を与える意味もあるのだろう。
「去年もだけど、二年前俺が入った年の新人公演もそうだったよ。そんときの演出は、もう卒業した
小さい頃から数え切れないくらい舞台には立って来た。だから
その彼でさえ、初めての主演は特別らしい。
サークルの公演は、商業演劇とは違ってせいぜい数回ずつの上演ということもあり、毎回映像記録を残しているのだ。
内部の希望者にはほぼ実費で分けてくれている。
もちろん外向きにはそれなりの値で販売していたが、意外にもファンも付いていてそこそこ売れているらしいと聞かされたことがあった。
「だから俺は、『あの程度の顔で』ってのはもう褒め言葉だと受け止められる領域まで来たわけよ。『そう、顔じゃねーんだよ! 俺には顔だけじゃない力があるんだ!』ってな」
「あの俺、佐治さんがどんな役でもこなせるのも当然なんだな、って気がしてきました。あ、なんかえらそうですみません!」
謝る祥真に、先輩は笑みを浮かべて首を左右に振った。
「実際テレビドラマとか観ててもさ、まあ所謂イケメン集めたアイドルドラマはまた別枠として、美形ばっかのドラマなんて嘘くさくねぇか? 『見た目はごく普通、あるいはそれ以下』のベテランバイプレーヤーがいるから成り立つ作品なんて山程あるだろ。悪役に限らず」
「……俺は演劇のことなんてまだよくわかってないんですけど。だから何も考えずにドラマとか観て、佐治さんが言われたみたいなことなんとなく感じてます。いちいち意識しながら観ませんけどね」
本来エンタメなんて小難しいもんじゃないからお前が正しい、と崇彦がさらりと口にした。