一命を取りとめた綾斗が最初に目にしたのは見覚えのある豪華な装飾が施された天井だった。その天井のおかげでそこが伏見邸だということがすぐに分かった。
綾斗は場所がどこか分かったことに安堵し、途端に起き上がろうとする。しかし、全身を駆け巡る激痛、特に左腕の痛みは今まで感じたことのない痛みにすっとんきょうな声を上げてしまった。少年はそのまま身体に力が入らなくなり、再びふかふかのベッドに身を委ねた。
どこまで沈むんだ、と言い出したくなるほどのクッション性と肌触りの良い衣類とシーツ類で激痛が少しずつ紛れていく。
だが、やはり痛いものは痛い。
誰か来ないのか。このまま誰も来なければ暇すぎて死んでしまうぞ。
綾斗は目が覚めて数秒経っただけで暇を持て余していた。
するとタイミングよく扉をノックする音が聴こえた。そして、当然の如く綾斗の返事を待たずに扉が開かれた。そんなことをする人物を綾斗は知っている。
もちろん答えは五つ子の誰かだ。
伏見家の令嬢たちは夏目以外なぜかノックをしても綾斗の返事を待たずに開けてくる。相手が男子高校生だと忘れているのではないか、と度々思うところがある。そして、少年の返事を待たずに入ってきたライトグレーの髪を腰の辺りまで伸ばした美少女はその手に綾斗の着替え用なのか衣類を抱えていた。
「お、は……よ……」
舌が回らない、と言うより身体全体が思うように動かない。
綾斗は先ほど起き上がれたのは、目を覚ました時の勢いだけで偶々だったということが分かり、心底憂鬱になってしまう。結局、また自分の魔法に身体が耐えられなかったのだ。
そんなことを思っているとライトグレーの髪を腰の辺りまで伸ばした美少女はまるで幽霊でも見たのかと言わせるほどの形相を浮かべて衣類を落としていた。
直後、今耳を防げない自分を綾斗は呪った。
「谷坂っ!」
と悲鳴にも似た声で叫ばれ呼ばれた。というか怒鳴られた。屋敷中に響いたであろうその声に反応していつ他の五つ子が来るか分からない。暇を持て余している綾斗には関係ないが、対照的に美少女はどこか焦ったように綾斗に駆け寄り、持っていた衣類を首元に勢いよく叩きつける。
「助けてくれたのは感謝してるから。だから服を持って来てあげたんだからね!」
「あ、あ……が……と……」
「アンタ、もしかして……しゃ、喋れなくなっちゃったの! ど、どうしよ!」
「お、お……つけ……」
綾斗はただ「落ち着け」と言いたいだけなのだが、やはり舌が上手く回らないせいで話すことができない。
『これは貸しですよ、谷坂さん』
突然、聞き覚えのある声が頭に直接響いたと思えば、目の前の美少女の不安が言葉となって濁流のように流れ込んでくる。
綾斗はすぐに理解した。誰かが伝心魔法を使ってくれたのだ。
『落ち着け、えっと……冬香? いや、アイツはもっと静かな感じがするから……』
「た、谷坂! なんでアンタが伝心魔法を! ん? ってことはさっきまでの私の心も……」
途端に美少女は顔を真っ赤にして綾斗を睨みつける。
「わ、私は新葉よ! いい、谷坂! べ、別にアンタのことは心配とかしてないんだからね!」
『絵に描いたようなツンデレだな。そうだ。一緒にいた冬香も無事なのか?』
「ええ。私もあのコも脱水症状と魔力が枯渇した程度で特に問題なかったわ。それよりもアンタよ、アンタ! なんで自分より私たちの心配をするのよ! この馬鹿、ポンコツ!」
『ご、ごめん』
「そこで謝んな! ホントに今回はヤバかったんだから。ホントに死ぬかと思たんだから……」
『大丈夫だ。姉妹は絶対俺が守るから』
「当たり前よ! 私が言いたいのはアンタが……もういい! 馬鹿、ボケナス! かぼちゃ!」
新葉は最後に嫌いな食べ物を怒鳴るように言って綾斗の部屋から出て行ってしまった。まるで嵐のようだと思う反面、扉を閉める直前に綾斗が目を覚ましてくれたという安堵の気持ちが溢れ出たのを感じた。
そう言えばと言わんばかりギブスで固められた左腕を見やる。砕かれた左腕の骨はやはり折れたままだった。くっつくまで相当時間が掛かるのを折れた瞬間の音と感触で理解していた。
綾斗は重い溜息をついてベッドの隣にある棚の上のデジタル時計を見やる。
「は?」
日付は綾斗が気を失ってから半月が経っていた。
この後、五つ子全員に左腕のギブスに落書きされたのは言う間でもない。