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第48話

 太陽のタロットカード『サン』は歓喜を露わにしていた。


――まさかまたアイツに会えるとは思ってもいなかった。


 いつも何かを思い出しては悔いて虚しさを感じ、その虚ろな目で遠いところを見ていた。だからなのかタロットの中でも一際異彩を放ち、誰とも歩もうとしていなかった。もちろんタロットの生みの親である太古の魔法使いとも偶に会話をしているなと思えば、すぐに俯くか明後日の方向を眺めていた。過去に何があったのか分からない。


 ただ一つ言えるのは、守るべきものが分からなくなったらしい。


 老若男女、はたまた小さな命ですら摘み取る行為までして得たのは絶望だけだったようだ。


 アイツの身体には自分を呪ったのか黒炎を思わせる呪印が刻まれていた。それは左頬にまで及んでいてまるで魔法を酷使した魔法使いのなれの果てに思えた。いや、そもそもアイツは元は魔法使いであり人間だった。それをどういう訳か太古の魔法使いがタロットの魔法、あるいは魔獣として迎え入れた。


 愚者のタロットカード『フール』は本当に異端な存在だった。


「タワーの野郎、一人抜け駆けして何たくらんどんねん。それにアイツの肉体の所々からデスの魔力も感じるし。どないなっとんねん。てか、何であんなぼろぼろやのに真名解放できんねん! キショ! グロ! 気持ち悪ッ!」


 サンは綾斗たちに聞こえていないことを分かった上で流暢な関西弁で率直な感想を述べる。そして、好奇心を胸に抱きつつも全身全霊を持って本気で殺しに掛かった。


 これで死ねばそれまでということだ。しかし、期待しているのは確かだ。どのようにして封印する気なのか。いや、封印してくれる気なのか。


「さあ、血沸き肉躍るっちゅうやつや! 楽しませてくれよ!」


 サンは燃え盛る巨大な鳥の姿のまま全魔力を灼熱に変換し嘴に纏わせる。一対の翼は羽ばたかせるだけで熱風を巻き起こし、それは突進攻撃の威力を格段に向上させるための推力と加速力を生み出す。


 渾身の一撃と体現したような一撃。


 掠めるだけでも消し炭どころから影すら残らないだろう。


 そんな一撃を前に少年は血だらけの身体でタワーの真名解放を発動して挑んでくる。


 サンは歓喜に打ち震えそれらの感情を全て殺意へと変え真っ向から勝負する。


☆☆☆☆☆☆


 血と一緒に命も流れ出ていく。


 とっくに限界を超えている綾斗の背中はそれでも大きかった。絶対に守り、護り抜き、目の前の敵を倒す、という思いがひしひしと伝わってくる。それに呼応して冬香と新葉の魔力が極限まで高まる。冬香は新葉の肩に手を置き、バッテリーの役目を担い、新葉が求める最高の矢を生成するために全魔力を注ぎ込む。


 次第に紫色に輝く莫大な魔力は渦を巻き、その色を緑色へと変え瞬く間に一本の矢へと収束していく。


 緑の矢に紫のオーラを纏った最高峰の矢が顕現する。


 鏃は捻じれドリルようになっている。


 穿つは天。狙うはタロットの心臓部コア


 三十秒の壁を越え新葉は叫ぶ。


「決めてやる――『天穿てんうが』――ッ!」


 矢を射ろうとした瞬間、太陽の勢いがさらに増した。間違いなく全身全霊の突撃だ。このまま矢を射れば押し負けてしまうかもしれない。しかし、矢を射る手を止めることはできない。いや、すでに『天穿つ矢』は新葉の指先から離れてしまっている。どうすることもできない。この矢が届かなければ三人はおろか町そのものが滅却してしまう。悔しさのあまり新葉は奥歯を噛み締める。


「させるかぁぁぁああああああ!」


 この場で一番死に掛けているはずの男の諦めない背中。


 その瞬間、左腕から破裂するように血しぶきが飛んだ。今できる許容量を超えた最大限の魔力の放出によって限界を迎えたのだ。


 途端に『王都不滅の城壁』の前にもう一つの『王都不滅の城壁』が展開され、炎の化身となったサンを弾き返したのだ。そう。綾斗は最後の力をかき集め、振り絞り、それでも足りない分を自身の血液を魔力に変換して押し切ったのだ。


 太陽の如く燃え盛る巨大な鳥となったサンの首が打ち上がる。外見は鳥そのものだが、そのお陰もあり、首が打ち上げられたことで胸元が大きく広がる。


 そこへ新葉の放った『天穿つ矢』が吸い込まれるように、且つ、空間を捻じ切りながらサンのコアを正確に貫通した。


 次の瞬間、猛烈な爆風と熱波が三人と町全体を襲った。


 三人は吹き飛ばされまいとその場にしがみつく。だが、綾斗の方は完全に限界を超えてしまい、意識を失ってしまっていた。踏ん張りの利かない足で耐えられる訳もなく、少年の身体が宙に舞う寸前だった。そこへ冬香と新葉に腕を掴まれ、まるで凧のように風に煽られるだけ煽られて屋上に背中から落下した。


 二人は幾分かの申し訳なさを感じつつ綾斗の安否を確認する。


 少年はすでに失神しているせいで口から涎を垂らして白目を向いている。ヒーローらしからぬ姿がそこにはあった。


 同時に新葉の手元に太陽のタロットカードが舞い降りる。


 しかし、新葉は目もくれず綾斗の安否を確認するため首元に指を添える。脈はあり息もしているが、どちらも弱く危険な状態なのには変わらない。このままでは命にかかわってしまう。だが、二人の治癒魔法ではどうすることもできないほど傷が深く、そして広範囲に渡って裂けてしまっている。こうなっては四肢を切断して傷口を焼いて塞ぐしかない。いや、治療する以前に二人とも魔力が枯渇していて、そもそも魔法を発動することすらままならない。


『うーん。これはまずい状況だね』


 やれやれと言いたげな子どもの声が聞こえてくる。


 綾斗の現状を見かねたタワーが勝手に懐から現れ、綾斗の顔の上をふらふらと浮遊して主の様子を観察する。


「タワー! どうすれば谷坂を救えるの!」


 新葉が怒鳴るように言うが、いかんせん、タワーは守護することが専門で治療となれば話は別だ。知識はあれどそれを可能にする魔法を有していない。この場で魔法を使えるのは冬香と新葉だけだが、その二人はと言えば言わずもがなだが言うしかない。


『二人の今の魔力量じゃどうしようもないよ。ね? 太陽』


 タワーはタロットカードの表面を太陽のタロットカードの方へ向ける。人間で言うところの視線を送る行為だ。すると太陽のタロットカードが一人でに浮かび上がりゆっくりと近づいてくる。


 二人は反射的に構えてしまったが、魔力弾が撃てない一丁のハンドガンと弦が切れた弓ではどうしようもない。


『そんな警戒しんといてェや。傷つくやん』


 青年の声が流暢な関西弁とともに二人と一枚の耳に入る。


『そいつ治すんやったらワイの真名解放使ったらいいんちゃう?』

『馬鹿。そうしようにも魔力が足りないんだよ』

『あ、そっか。こりゃ一本取られたな。テンパラスとフールは何か良い案ないんか? 人語喋れんくても何かあるやろ』


 タワーは沈黙という名の回答を出す。


『なんやねん! お前等タロットやったら人間の一人や二人治してみろや。あ、物凄いブーメランや』


 一人、いや、一枚はケタケタと笑い始める。


 しかし、タワーと冬香と新葉は冷めた目でサンを見つめている。頼る相手を間違えたと言わんばかりの雰囲気に高笑いしていたサンは黙り込んでしまう。


「夏目たちはまだ帰ってこない。どうしよう!」

「落ち着きなさい。一先ず家に運ぶわよ。それくらいの体力は残っているでしょ」


 冬香は妹に諭され頷くと同時に綾斗を抱える。自分よりも頭一個分大きいだけでとても重く感じる。肩を貸すように抱えているため、顔のすぐ横には綾斗の顔がある。横を向けば鼻先はおろか唇だってきっと頬に当たってしまうだろう。こんな状況で不謹慎だということは分かっているが、冬香は自分の唇が綾斗の唇に触れれば良いのにと思ってしまった。そうすれば胸を締め付ける感覚の謎が解けると思った。


 だが、その思いも虚しく反対側に新葉が現れ、二人で担ぐことになった。


 冬香は恨めしそうに新葉を見つめるが、その視線に気付いた新葉に対して冬香は少し頬を膨らませて「何もない」と言い続けることしかできなかった。


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