巨大な魔法陣を展開した絶対守護の盾は、外敵から綾斗とその背後にいる人間全てを守るために魔力でできた半透明の鉄壁の防御壁を作り出す。防御壁はテンパラスの数多の海水の弾丸に加えて大きく撓らせた海水の鞭をもろともせず、まるで何事も無かったかのように甲高い音を立てて全てを弾き返した。
そして、静寂が訪れる。
綾斗は魔法陣を解除し左手のタワーの盾を物珍しそうに見つめてから前方に構え辺りを見渡す。
当然のことながら鉄壁の防御壁よりも前方は砂浜にもかかわらず、至る所には小規模のクレーターが出来上がっていた。
「凄いな」
『まだまだだよ。「真名解放」をすればもっと凄いよ』
「しんめい? なんだ、それ?」
聞き覚えの無い単語に綾斗は首を傾げる。
そんなことをしている内に、テンパラスのコアを中心に急激な魔力の上昇と莫大な魔力が蓄積されていく。さらにテンパラス周辺の海水が不自然に浮かび上がりテンパラスの正面で球体状に圧縮される。その圧縮量は周辺の海面が無くなり、プライベートビーチの砂浜が倍以上に広くなるほどだ。
そんなものを解き放たれたらと思うと背筋に悪寒のようなものが走る。
綾斗はもう一度タワーの盾を発動しようとするが、途端に視界が揺らいだ。
本来、タロットの魔法を発動させるには多大な魔力を必要とする。伏見家の五つ子の場合は発動するだけの魔力と魔法使いとしての知識も有しているため問題はない。しかし、綾斗は違った。魔力の蓄積量や生成量は心臓とタロットが融合しコアの役目を担っているため誰よりも多い。それでもその魔力を扱うだけの知識と魔力を操作するだけの技術が足りていない。
五つ子と訓練をしていると言ってもまだ付け焼刃程度でしかない。
さらに綾斗はその身にフールというタロットをすでに宿していながら他のタロットを発動させなければならない。最高峰の魔法を有している魔導具――タロットを同時に二つも発動するのは今の綾斗には不可能に等しい。
「……まずいッ!」
心はすでに戦うための決意を固められているが、身体が追いついていない。
魔力は確かに魔力神経を巡って全身に行き渡っている。それなのに動いてくれない。
『次の一撃で決める気だ。ありったけの魔力を僕に注げそう?』
「そうしたいのは山々だけど、身体が……」
『んー。フールが干渉しているのもあるけど、やっぱり魔法使いとしての技量と身体が問題かな。こればっかりは仕方ないね』
「何一人で納得してんだよ!」
『ちょっと歯を食いしばった方がいいよ』
綾斗が訝し気な表情を浮かべ、どうしてだ? と問おうとした瞬間、心臓に、いや、コアに強い衝撃が走る。
分かる。
魔力の流れが瞬きするよりも速く良くなっていく。それに合わせて身体も軽くなっていく。あるはずのない心臓が早鐘を打ち、その都度莫大な魔力を生成しタワーの盾に注がれていく。その頃には目眩は消え、真っ直ぐ海水の塊――テンパラスを睨み付ける。
『準備は整った。向こうもみたいだけど。さあ、唱えて。僕の真名を!』
綾斗は左手を突き出しタワーの盾を前方に射出する。それは綾斗の正面に浮く形で空間に固定され、今度は刻まれた魔法陣だけでなく、盾全体が光り輝く。
同時にテンパラスが最後の一撃――超高圧水槍砲を盛大に撃ち放つ。プライベートビーチの砂浜が倍以上に広くなるほどの海水が圧縮され、尚且つ、研磨剤と化した魔力が込められた海水の槍。さらにそれは綾斗を呑み込むほどの巨大なものではなく、絞りに絞り半径十センチ程度の海水槍砲だ。その貫通力は申し分なく、発射直後から空気を穿ち、遅れて轟音が鳴り響く。空気が、浜辺が、脊髄が、震えたと錯覚してしまうほどのそれが威力と破壊力を物語っている。
避けるという選択肢はない。
絶対に防いでみせる。
「真名解放――『
光り輝く円盤状の盾が内側から弾け、強大で莫大な魔力で象られた断崖絶壁とも言える半透明の城壁が姿を現す。その大きさたるや綾斗の身の丈なぞ優に超え、四階建てのビルと同等の高さを誇る。
絶対守護の城壁対超高圧水槍砲。
綾斗は奥歯を噛みしめ両足に踏ん張りを利かせる。
直後、城壁は真正面から超高圧水槍砲を受け止める。爆音が轟き、空気が弾ける。その衝撃は凄まじく、砂浜は脈打ち、城壁と水槍砲の堺目は吹き飛び砂嵐を巻き起こした。城壁より一寸でも前に出れば水槍砲の
しかし、不思議なことに『王都不滅の城壁』を発動している綾斗はそれほど衝撃を感じなかった。最初に展開した半透明の魔法陣で作られた防御壁は全ての衝撃を緩和し切れていなかった。だが、真名解放したことで現れた城壁は一欠けらの衝撃も通していない。少し力を入れなければならないが、それ以外は何も感じない。
城壁が半透明だからか激流とも言える水流を目の当たりにしながらも、どこか落ち着いた様子で綾斗はさらに魔力を注ぎ込む。
城壁の一点に集中された水槍砲はその内部に研磨剤と化した魔力が仕込まれているため、甲高い音を立てて穿とうとしている。それでも城壁の防御力を上回ることがなく、次第に激流はその勢いを失っていく。
綾斗は『王都不滅の城壁』を展開しつつリカーブボウを生成する。
つがえるは魔剣にして矢。
「――『
右掌から赤黒い稲妻が迸り地面を這う。それは瞬く間に両手持ちの魔剣へと形を整え、さらにその姿を矢へと変貌させる。そしてそれは捻じれ、ドリルのような異形の矢へと魔改造される。
綾斗は魔剣の矢を生成するや間髪入れずにつがえる。
「――『
矢を射るのと同時に『王都不滅の城壁』が解除される。
最早、勢いを失った激流は緩流へと成り下がり、放たれた『魔龍殺しの怒りの魔剣・螺旋』によって内側から破裂するように穿たれ完全に消え失せた。だが、放たれた矢は消滅することなく一直線にテンパラスへと突撃する。
テンパラスは迎撃しようと海水を操ろうとするが、渾身の一撃に加えて、その渾身の一撃を放つために辺りの海水を使い過ぎたため防ぐ術を持たなかった。
ドリルのように捻じれた魔剣にして矢は吸い込まれるようにコアを見事射抜いた。
新たな武器と盾。
それらはともに消費する魔力は桁外れな物だが、それに見合った成果を生んだ。
綾斗の手元に封印されたテンパラスのタロットカードが舞い降りてくる。
「節制・テンパラスのタロットか」
綾斗は背後で気絶している麻衣の安否を確認し、安堵の息をもらす。どうやら重傷を負っているのは少年だけのようだ。右太腿は大量出血、折れた肋骨が内蔵に刺さっているのか呼吸をしようとする度に血の塊が一緒に吐き出される。軽傷と言える軽傷はなく、ぎりぎりの状態で何とか踏み止まっているが、奇しくも人間の肉体の限界を迎えて気絶してしまった。
瞼が閉じる刹那、遠くの方からタロットの魔力と身に覚えのある魔力を感じたが、そこまで思考を巡らせることは出来なった。少なくとも瞼を閉じる刹那だけ。