陽光に照らされている。ただそれだけで体内の水分、体力、集中力が奪われていく。五つ子の中でスナイパーとしての役割を担う新葉にとって耐え凌ぐことはそれほど苦ではない。それは戦いの中でも弓道部やアーチェリー部の試合であってもそうだ。標的が狙撃可能になるその瞬間まで神経を研ぎ澄まし射抜くことができる。
しかし、今回ばかりは気が遠くなるほど過酷だ。ただでさえ新葉は五つ子の中で体力が一番少ない。加えて夏の暑さ、いや、灼熱の太陽は時に精神を過度に緊張させフラストレーションを溜めていく。そこに体力の著しい低下が加わるとなると狙撃どころではない。
「クソッ! どうなってんのよ!」
悪態をつく新葉の横で冬香も静かに憤りを覚え始める。
纏わりつくような灼熱で集中力は掻き消され、あまつさえ長大な距離があるというのに余計に狙いが定まらない。そのせいで何度矢を射っても命中は愚か掠りすらしない。それは冬香も同様である。ロケットランチャーから放たれるロケット弾はその内部に多量の魔力を圧縮させたいわゆる魔力砲弾となっている。冬香はロケットを発射し続けているが、どれも直撃前で爆散してしまう。それも一定の距離で。
冬香は無表情でロケットランチャーをリュックに収納し、スコープを外した対物ライフルを取り出す。シュールな光景だがこの場にそれをつっこむ者はいない。
その間も新葉は矢を放ち続けているが、あらぬ方向に逸れてしまう。明らかにおかしい矢の軌道に不快感と苛立ちを覚えながらも再度矢をつがえる。
「新葉、矢を射るの止めて。試したいことがある」
「何する気よ」
「私は兎も角、新葉が的を外すのはおかしい」
冬香の言葉に新葉は満更でもない表情を浮かべる。
「矢が逸れる原因が分かれば対処できる」
言い終えると同時に冬香は鋭い眼光を輝かせ対物ライフルの引き金を引く。空気が震える豪快な発砲音。発射された魔力弾は真っ直ぐ太陽に向かっていく。
しかし、太陽は魔力弾を迎撃するように炎を纏った熱風を広範囲に渡って吹かせる。
魔力弾は凄まじい熱風を受けたことにより空中で弾道を逸らされ虚しく空を切るだけだった。
冬香は続けざまに五発の大口径の魔力弾を発砲するが、それら全てが一発目と同様に炎を纏った熱風を受け、途端に弾道が狂いあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。その様子は少女は一片たりとも見逃すことなく観察していた。
「ロケット弾と矢の時は炎を出して無かった。対物ライフルの弾丸は熱風だけで対処し切れないから? いや、効率の問題か」
冬香は静かに呟き分析する。本当ならこれは夏目の仕事なのだが、今はいないため自分でやるしかない。
「ちょっとどう言うことよ。一人で納得しないでよ」
「あの太陽から発せられている灼熱と熱風によって、貫通力の高い矢は鏃から溶けて軌道が逸らされた。威力のあるロケット弾も同じようにあまりの熱さで内部の爆発用の魔力が暴発した。そして今撃った対物ライフルの魔力弾は貫通力もあれば破壊力もある。だから熱風だけじゃなくて炎も同時に放って魔力弾の弾頭を溶かして弾道を逸らしたの」
「つまり暑すぎるってことよね」
「うん。あと今の推測が正しかったからか太陽の数が増えてる」
冬香の言った通りいつの間にか偽物の太陽が五つに増え均等に並んでいた。
新葉は舌打ちをし、暑さのせいでますます苛立ちを募らせる。
「蜃気楼ね。小賢しい真似を! ちょっと待って。蜃気楼ってことはまだ空気中に水分はあるってことかしら」
「だね。蜃気楼を発生させるには一定量の水分が必要になる」
冬香はスコープのない対物ライフルを無表情で構えて無言で偽の太陽に一発ずつ撃ち込んでいく。当然と言えば当然だが、大口径の魔力弾は五つの太陽から発せられた炎と熱風によって弾道を逸らされた。ただし一発だけ。
「通り過ぎなかったのは右から三番目。真ん中のやつ」
冬香はわざわざ中指で指差す。
普段は感情の起伏が感じられない冬香だが、今回ばかりは姉妹と喧嘩をするとき以上の憤りを感じていた。灼熱のせいで冷静でいられなくなっているのだ。そして、そのことを自覚しているからこそ、判断が狂わない内に仕留めたいとばかりに焦りを覚え始める。
「私達を舐めてるわね。動いてないわよ、アイツ」
新葉の声色には確かな怒りが伺える。少女の言う通り太陽は蜃気楼で分身を作り出したのにも関わらずその場から動いていなかったのだ。それも本体の位置がばれていると分かっていてもだ。
しかし、冬香は新葉のように悪態をつくでもなく、リュックからサングラスを二つ取り出して片方を新葉に渡して装着する。そうしている間に蜃気楼で作られた太陽の分身が空気中の水分が足りなくなったのか不規則に揺らぎ、霧に紛れるようにして消えていく。
「これで分身は関係ない」
そう。冬香は空気中の特に太陽の周りにある空気中の水分を蒸発させるために対物ライフルを連射したのだ。本体を見つけるためというのはあくまでもついでだ。狙い通り分身は消滅し本体だけがぽつんと浮いている。
反撃してくる様子もなく、ただ浮いているだけ。
今までの戦闘経験から現状を打開しても必ず次の一手が来ると予測していた。しかし、目の前の太陽からは殺気はおろか戦闘の意思すら感じない。対して綾斗が相手をしているタロットの魔獣からは腹を抉られるような殺意と嵐のように荒れ狂う魔力の波動が伝わってくる。例えるなら緩流と激流。そうなると綾斗の方が心配になる。
冬香はリュックからさらに銃火器を取り出そうとしたところで太陽に動きがあった。
それはとても奇妙ででも当たり前のような光景。
太陽は形を変え楕円の火球、いや、鳥の卵へと変貌した。かと思えば直ぐに亀裂が走り、殻の一部が内側から弾けるようにして割れる。そこから漏れ出した炎は大気を食らうが如く勢いよく噴き出し、長大な距離が開いているにもかかわらず、冬香と新葉の所まで熱風が届いていた。太陽のコロナのように炎が綺麗な孤を描いて球体の周りを周回する。そして、殻は内側から強い衝撃を受けて全て弾け飛んだ。なんとも傍迷惑な話だが、球体の殻は灼熱を放つ炎の塊と成って町に降り注いでいく。
新葉と冬香は血相をかきながら矢を、大口径の魔力弾を放って撃ち落としていく。幸いにも町に被害が出ることはなかった。
だが、太陽の魔獣は二人に安堵する暇を与えない。
生まれ落ちたそれは巨大な翼を広げその巨体を露わにする。
鳳凰。朱雀。火の鳥。不死鳥。
あらゆる文献に登場する伝説上の生き物にして炎の聖獣。
太陽の魔獣は燃え盛る巨大な鳥――炎の化身となって確かな殺気を抱きながら羽ばたく。
☆☆☆☆☆☆
数えきれないほどの海水の弾丸が迫りくる。
綾斗は背中に悪寒を感じつつも一歩も引くことなく、前進することを選んだ。横に逃げるでもなく、ひたすら前に進む事だけを考え、不安定な砂の足場を蹴った。
捌き、切り伏せ、打ち落としきれないものは無理に対応せず避ける。打ち落とすのは身体に直撃する物だけでいい。途中でバルムンク・グラムが砕けたならばその瞬間から複製を開始し、次の一振りからは新たなバルムンク・グラムと共に前に出る。それをひたすら繰り返し、時には自らの刃の破片が飛び散り傷つくこともあった。
それでも海水の弾丸は勢いが弱まることはなく、少年の頬を、腕を、肩を、身体中の至る所を掠めていった。掠めたと言っても単なる掠り傷ではない。海水に含まれる研磨剤と化した魔力によって裂傷に近い傷を負わされているためか出血量も多くなっている。
ようやく懐に届く頃には綾斗の全身は自身の血で塗れていた。
それでも二振りの剣を握る手は緩まることを知らない。握る力は強過ぎず、されど振るう勢いは大胆に。右手のバルムンクが描く左下から右上を行く斜めの軌跡――左斬上。それから流れるように左手のグラムを真っ直ぐに振り下ろす。瞬間、鈍い痛みを覚えたと思いきや身体が宙を舞っていた。地上数十メートルまで飛ばされた衝撃が全身を駆け巡り、苦痛で顔が歪む。
まただ。
相手の攻撃する瞬間が見えない。
『そりゃそうだよ。見て予測と行動するんじゃなくて、感じて予測と行動しなきゃ』
聞き覚えのある子どもの声に綾斗は空中ではっとした表情を浮かべる。
『魔力を扱う闘いでは常に魔力の流れを感じること。ほら、目を閉じて。集中する!』
塔のタロットの魔獣――タワーに促されるままに綾斗は自由落下途中で両目を閉じる。
『大丈夫。着地まで猶予はある。アイツ、テンパラスの魔力の流れを全身で感じて』
綾斗は深呼吸をしながら重力に身を委ねる。タワーの言う通り全身の感覚を研ぎ澄まし、テンパラスと呼ばれた魔獣の魔力を感じる。まるで地下を巡る川のようにテンパラスから伸びたそれは、綾斗の落下予測地点で流れを止め、力を溜めるように膨れ上がる。途端に間欠泉の如く噴射し綾斗目掛けて海水の槍が勢いよく伸長する。
「ゃばっ⁉」
綾斗は空中で身を捻り、突き上げるように噴射する海水を躱す。さらに勢いを利用してバルムンク・グラムを二振りとも投擲する。同時に弓と矢を生成しつがえる。
次の瞬間、タワーの怒号にも似た叫び声がテンパラスの攻撃を気づかせてくれた。
数多の海水の弾丸が少年の身体を八つ裂きにしようと肉薄する。
綾斗は再び身体を捻るが如何せん空中であり、得物が弓矢であったため全て躱しきることができず右脚の太腿を穿たれてしまった。綾斗の身体はその衝撃で回転し、落下の勢いそのままに砂浜に激突した。
――砂で良かった。
口の中がじゃりじゃりするが今はどうでもいい。コンクリートの地面ならただでは済まなかっただろう。
綾斗は苦痛で藻掻くのを我慢しながら跳び起きる。その時、ようやく気付いたが、脇腹から胸にかけて強烈な痛みが走った。その痛みの正体はすぐに分かった。
肋骨が何本か折れている。
常人ならこの時点で激痛を伴い動くことがままならないだろう。それは綾斗も同様であるが、一つだけ、普通の人間だった頃から持ち合わせていた異端な思考回路が脳内を駆ける。
――すでに経験した痛みなら耐えられる。
しかし、すぐにテンパラスの猛攻撃が始まる。海水を弾丸の如く発射する技に加えて海水の束を鞭のように
綾斗はその場から離れようとするが、右太腿を穿たれ、肋骨も何本か骨折しているため身体が上手く動いてくれない。その背後には気絶した間島家の監視員と麻衣がいる。図られたにしろ、偶然にしろ、綾斗がすることは一つ。
その身を盾に全ての攻撃を防ぎ切るしかない。
覚悟を決めた綾斗は右手を突き出す。
『来たー! 僕の出番だ‼ さあ、呼んで! 僕の名をっ‼』
言われるまでもない。もちろんそのつもりだ。
「来い。塔のタロット、タワー!」
突き出した右手からタワーのタロットが現れ、綾斗はそれを握り潰す。タロットは硝子細工のように砕け散るや、強大で莫大な魔力の渦が綾斗を中心に巻き起こり、瞬く間に絶対防御を誇る円盤状の盾へとその形を変貌させ少年の左手に握られる。途端に盾の表面に刻まれた魔法陣が光り輝き綾斗、そして背後の守るべき者たちを護るための巨大な魔法陣が少年の前方に展開される。
絶対なる守護の盾の初陣だ。