楽しいはずのデートが一転して恐怖の惨状と化してしまった。
突然だった。
海辺から現れた強大な魔力の塊が放つ圧力によって麻衣は意識を飛ばされてしまい、綾斗は少女の身を守るため抱きかかえるのに必死だった。さらにそこへ邪魔者を一掃するが如く波動とも言える突風が吹き荒れ、海辺付近の均等に植えられた樹木が見事な弧を描き、綾斗は二人共々吹き飛ばされそうになる。
辛うじて綾斗は半分飛ばされそうになりながらも足に踏ん張りを利かせて耐えることができた。しかし、何分足場が悪いため上手く踏ん張りが利かず後方へ追いやられてしまっていた。
数秒して突風が止むのと同時に綾斗が振り返ると、そこには幾人もの黒スーツを着た体躯のいい男たちが地に伏していた。胸の辺りが少し動いていることから生きていることだけは分かる。麻衣も意識を失っているだけで怪我がないことに少年は安堵の息を漏らす。
「強い魔力に当てられただけか」
綾斗は一先ず麻衣を木陰に隠し海辺へ歩を進める。
魔獣の姿は見られない。
「あれだけ強力な魔力を放ってきたんだ。間違いなくタロットの魔獣だ。ソロでタロットの魔獣と戦うのは夏目曰く二度目らしいがやるしかないか」
綾斗は深呼吸し魔法を静かに唱える。
「――『
魔力が青白い稲妻となって両腕を迸り、両掌に圧縮され剣の形へと収束されていく。綾斗は錬成された二本の剣を握り、前方で交差させるように構えて駆け出す。
やはり足場が悪いせいで上手く加速しない。その上、走れば走るほどいつものリズムが崩れていき間合いを詰めることに躊躇いが生まれてしまう。さらには魔獣の姿が見えないため下手に近づいてしまうとやられてしまうかもしれない。現在確かなのは目前に広がる海中にタロットの魔獣がいるということだけだ。
一人で戦うからかいつも以上に注意が散漫になってしまっている。本来ならここで夏目が的確な指示を出し、様子見の一矢もしくは魔力弾を新葉か冬香が放つ。そして、春菜と秋蘭が接近戦に持ち込み、綾斗は後方支援か接近戦に参加する。
「俺、アイツらがいないとダメダメだな。新葉の言葉がよく刺さるのも裏付ける」
綾斗は海面を目前にして殺気を感じ急制動を掛ける。
次の瞬間、海面から海水が槍のように先端を鋭利にして綾斗の額目掛けて噴射される。反射的に首を逸らしたことで回避することができたが、続けざまに四本の海水の槍がさらに速度を上げて襲い掛かる。綾斗はなんとか身を捻り、剣を振るって防ぐことに成功するが、それでも海水が剣に与える衝撃は尋常ではなかった。たった四本の海水の槍を捌いただけで二振りの剣は砕かれてしまった。それほどまでに重く、鋭い攻撃だった。
綾斗は本能的に危険を察知して急いで後方に飛び退き距離を取る。
「高圧洗浄機って感じか。この前の科学の授業で見たけど、まさかなあ、タイミング良すぎだろ。確かウォータージェットって言ったっけ。まあでも見た感じだとアグレッシブジェット加工に近いな」
綾斗は砕かれた剣の断面を見て呟く。
アグレッシブジェット加工とは水だけで加工するもの以外に、水に何らかの研磨材を添加して加工する方法だ。鋼鉄や宝石、天然で最も硬いと言われているダイヤモンドですら切断することができる。
おそらく今回の研磨材とは魔力の粒子を硬化させた物だろう。魔法の世界ではそう言った芸当ができても不思議ではない。何でもありな世界とも言えるのだから驚くことはない。
ただ一つ言えることは生身で受ければ一溜りもないということだけだ。
綾斗は砕かれた二振りの剣を消滅させ両手を交差させる。
「――『
強大で莫大な魔力が赤黒い稲妻となって綾斗を中心に円を描くように迸る。それらは両掌に集まり瞬く間に二本の改造魔剣へと象られていく。
幅広い刀身と黄金の柄に青い宝石が埋め込まれた二振りの片手剣。
もとは大剣であり『
右手に握るのはバルムンク。
左手に握るのはグラム。
それぞれ全く同じ形をしているがなぜか綾斗にだけは見分けがついた。
五つ子との訓練によって武器の生成スピードに加えて魔改造をするスピードが当初に比べて明らかに速くなっている。さらに魔法を発動させた後の後遺症の如く現れていた魔力神経への負荷も今では皆無に等しい。
綾斗は自分が魔法使いとして成長していることを実感しながらも、剣が何を切り裂き、何を断つのかを考えさせられる。
そんなことを考えている内に海面からまるで鳥の卵のような海水の塊が浮き上がる。海水で出来ているからか中身が若干透けて見える。中には黄色く輝くコアらしき影がちらついている。いや、十中八九、タロットの魔獣の急所であるコアだろう。
「誘ってるのか? それとも……」
一撃を狙っているのか、そっと呟くと綾斗は一息に砂浜を蹴る。波打つ音を遮るように轟音が響き渡り進行方向とは反対側に砂の波が立ち上る。その勢いが魔力を解放した綾斗の脚力の凄まじさを語っている。背後で気絶している監視員たちには悪い気がしたが、今は手を抜ける状況でもなければ相手ではない。少年はさらに加速するため大きく踏み込む。またしても鼓膜を破いてしまいそうなほどの轟音が響き渡る。それだけで普通の人間なら怖気づいてしまうだろう。しかし、魔法使いとしての少年は砂嵐を巻き起こしながら魔獣のコアを破壊するため最速で懐に入り込む。
タロットの魔獣は浜辺と海面の境目を浮遊するように位置している。
懐に入りさえすればそこはもう綾斗の距離だ。
だが、地の利はタロットの魔獣にある。
綾斗は右手のバルムンクを横薙ぎするが、直後、真下の海面が不自然に広がり、間欠泉の如く海水が噴射される。綾斗の身体は宙を舞い砂浜まで打ち上げられてしまった。上半身の特に胸の辺りをノーガードで受けてしまったせいで肺の中の酸素を一気に吐き出し咳き込んでしまう。加えてじわじわと広がる鈍痛に秋蘭の正拳突きを食らったのかと錯覚してしまう。
いくら水の塊と言っても圧力を掛ければ鈍器にもなりうる。
綾斗は未だ止まらぬ咳き込みを最後に一度だけ大きく咳をすることで無理矢理止めて立ち上がる。改めて二振りの剣を構え直し勝利への活路を見いだすため思考を巡らせる。
しかし、魔獣が待ってくれる訳も無く、思考を巡らせるのと同時に海水を弾丸のようにして射出してくる。
その一発一発が先ほどの海水の槍のようにアグレッシブジェット加工となっているのは一目で分かった。なぜなら綾斗が避けた先に生えている樹木を見事に撃ち抜いていたからだ。
綾斗は唖然とする暇もなく、躱し、弾き、前進を試みるが、海水の塊が不穏な動きを見せる度に身体が反応してしまい足が言うことを聞いてくれない。
次の瞬間、全く予期していなかった方向からの一撃に綾斗は真横に吹っ飛ばされ砂浜に何度も身体を打ち付けてしまう。
「横から⁉ ぐはっ……海水を鞭みたいに撓らせたのか」
口の中いっぱいに鉄の味が広がる。口元を拭うと僅かだが赤い液体が付着していた。
綾斗は悪態をつき立ち上がるが、間髪入れずに魔獣の追撃が襲い掛かる。
☆☆☆☆☆☆
綾斗が海辺で死闘を繰り広げている中、少し離れた場所でも激しい戦闘が巻き起こっていた。
結果的に偽物の太陽は新葉の背後に登っていた物だった。その距離は雲に近い位置とあまりにも離れていた。その長大な距離に唖然とするほかない冬香と新葉。さらに浜辺では綾斗の生死が掛かった戦闘が繰り広げられている。
綾斗に加勢するか、二人で太陽の魔獣を封印するか。
不幸なことに他の姉妹は諸事情により父親――康臣と共に京都へ出向いているため応援を呼ぶことが出来ない。
「谷坂には悪いけど先にあの太陽をどうにかするわよ」
「え? どうして?」
「アイツの実力ならソロでも大丈夫でしょ。認めたくはないけど。それより、あのパチモン太陽を野放しにしたら町が溶けた蠟燭みたいになるわよ」
言って新葉は冬香の返答を聞かず、より太陽の魔獣を狙撃しやすい場所に移るため跳躍する。二人がいる付近で最も高く太陽に近い場所は町へ電力を送る鉄塔くらいだ。しかし間違っても感電しないため、そこを狙撃場所としては選ばず、次に高いビルのヘリポートが狙撃場所として採用された。
冬香も後を追うように跳躍する。
新葉は冬香が遅れていることに気付くが、綾斗のことを心配しているのが丸分かりなため敢えて何も言わなかった。いや、言えなかった。
「そろそろ着くわよ。長射程用の武器持ってるわよね?」
「うん。スナイパーライフルは使えないからロケットランチャーを使う」
「私も直に太陽見続けるのは無理だからサングラスでも掛けようかしら」
「狙撃の精度落ちない?」
「まさか。そんなもんで落ちる訳ないでしょ」
冬香は妹の流石の自信振りに引いてしまう。いや、自分にもそれだけの自信が持てたらな、と羨んでしまう。
新葉の天賦の才は魔力を感知する能力だけではない。狙撃の為の狙いを定める速さと風向きの計算などを瞬時に済ませてしまうことだ。しかし、それは冬香も同様であり、狙撃というよりも銃撃戦になった際の弾道の軌跡を瞬時に予測、計算することができる。だが、二人からすれば『計算をする』と言った感覚はない。所謂『勘』で行っているため綾斗の弓の向上には全く参考になっていない。
天才たちの世界に凡人はついてこられない。
しかし、それは種類の違う天才同士なため理解し合えるとなるとそうでもない。
故に新葉と冬香は狙撃対決や一緒に射撃演習を行ったことは一度もない。
そうこうしている間にヘリポートに着いた二人は各々の得物を天にそびえる太陽に向けて構える。
遠距離担当、中距離担当のタッグがここに誕生する。
対する太陽は嘲笑うかのようにその陽光を強め二人を照らすのだった。