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第42話

 冬香がヘリコプターを走って追い掛けると言い出した時は、流石の新葉も驚きを越えて呆れていた。いったいどうしてそこまでして追う必要があるのか。


 新葉は姉の奇行に思い当たる節、いや、女子高校生が男子高校生に抱くような思いなんて少し考えただけで分かってしまう。それでもヘリコプターを追うなんてこと普通するのか? と言いたい気持ちを我慢して走り続ける。


 二人の美少女もとい魔法少女は幾度も住宅街の屋根から屋根へ飛び移り、時には電信柱すら足場に変えてとんでもない跳躍を見せる。まるで逃亡する魔獣を追い掛けているようだが、冬香はともかく新葉の方はそろそろ脇腹に突き刺さるような痛みを覚え始めていた。


 新葉は五つ子の中で二番目に身体能力が低いのだ。正確には五つ子の中で最も身体能力が低いと思われているのは夏目だが、それは単純に運動音痴なだけである。実際のところは新葉よりも持久力があるため、長距離を走るための方法さえ分かれば新葉を超えることができる。


 対して冬香は五つ子の中でも三番目に身体能力が高いため新葉と違ってまだ余裕がある。


「新葉、遅い。ヘリに追いつけなくなる」


 いつも物静かで家ではゲームか射撃訓練と引きこもっている少女とは思えない行動力に新葉は呆気に取られてしまう。


 いや、それ以前に新葉は冬香の言葉に疑問を抱く。


「ち、ちょっ! アンタ追いつこうとしてたの⁉ 尾行してるんだから追いついたら駄目でしょ! 一定の距離を保って、あと魔力は極力抑えて行動しないとアイツに勘付かれるわよ!」

「そっか。分かった。だから新葉そんなに遅かったんだね」

「そ、そうよ。あ、ああ当たり前じゃない」


 新葉はつい見栄を張ってしまったが、おかげで暴走気味な冬香も落ち着きを取り戻した。さらには新葉の助言を聞き入れヘリコプターを追うスピードがやや遅くなる。それでも速いことに変わりはないため新葉への負担が減少することはなかった。


 しばらくして住宅街に広がる家屋が消え、途端に開けた場所に出てしまった。慌てて二人は一番近くにあった木の影に隠れる。目の前には防波堤が何処までも続いており、その先にもまたどこまで続く浜辺が広がっている。しかし、メインはそこではない。浜辺を越えたさらにその先に見える蒼空海の宝石。吹く風によって流れてきた匂いが鼻腔をくすぐる。ほんのりと香る生臭さが海の生き物たちが生きているということを知らせてくれる。


 雲一つない晴天のため直射日光は避けられないものの海のすばらしさというものを体感することが出来た。


 この時、新葉は思った。


――普通に伏見家のプライベートビーチで遊びたいんだけど。あと日焼け止め欲しい。


 この時、冬香は思った。


――あの崖からならアヤトに気付かれずに……あれ? どうしてこんなに胸の奥がモヤモヤするんだろう。


 二人は交差することのない思いを馳せながら綾斗のプライベートを覗き見るのだった。


☆☆☆☆☆☆


 この夏初めての海に綾斗は子どものようにはしゃいでいた。それもそうだろう。今まで海水浴をするとなれば大荷物を持って来たはいいものの他の海水浴客たちで埋め尽くされ楽しく遊ぶことができなかった。時には海上アスレチックなる物にも興味を示し遊びに行ったこともあった。しかし、あまりの客数に結局身体を伸ばして心置きなく遊ぶことはできなかった。


 だが、目の前に広がるそこには自身と誘ってくれた後輩しかいない。正確には監視カメラや監視員も一緒にいるのだが、あまり気にしないようにしている。


「大切に思われてるんだな」

「え? 何がですか?」

「いや、なんでもない。それよかプライベートビーチって凄いな。あそこの崖なんかも私有地なんだよな?」

「そうですね。常盤市の中ですけど後ろの屋敷は家の別荘で、ここら一帯は間島の私有地なので、快適に過ごせますよ」

「凄いな。まあ、一般階級の俺からして見れば勿体ない気もするけど」


 麻衣はきょんとんとした表情を浮かべる。


「これだけ広いんだからクラス皆とは言わないものの十数人で来ればかなり楽しめそうだなと思って。肝試しとか、ビーチバレーとか、あとビーチサッカーとか。無茶苦茶疲れるけどいい運動になるし、楽しいだろうな」

「でも、今日は……」


 デートなのに、と麻衣は綾斗に聞こえるか聞こえないかの声で言う。


 面と向かっては言えない。


 麻衣は少年のハートを射止めるために今日これからのスケジュールを寝る間も惜しんで建てたのだ。絶対に失望されないように、且つ、異性として意識して貰えるように全力で頑張るの。少女は意気込みを胸に両手を胸元に近づけて固く握りしめる。


――瞳の奥が燃えている。


 綾斗はそんな麻衣の目を見てそう思い口を開ける。


「気合い入ってるなー。何か良いことでもあったのか? ちなみに俺は良い後輩ができてすっげえ嬉しい!」

「気合いというか、情熱というか……何というか。それよりまだ海に入ってないのにはしゃぎすぎですよ、谷坂先輩。本当に面白い人ですね」

「そうか? 一般階級の奴は皆こんなだぞ。前の学校で友達と来たときは海を目の前にしただけで心が踊ったし、はしゃぎたくなったもんだ。今もだけど」

「前の学校ですか?」


 麻衣は問う。高校に進学してから彼女が初めて異性として意識した相手でもある綾斗。その彼について自分が知らないことはなんでも知りたい。


 やはり、前の学校でも優しかったのだろうか。女子生徒から何回も告白されたのだろうか。もしかしたら年上からも告白されていたかもしれない。


――ああ、気になる! そもそも好きな女性のタイプも知らないし! 今日の服装大丈夫だよね!


 いきなりソワソワし始める麻衣に綾斗は「大丈夫か?」と問うが、いかんせん混乱もしているため、麻衣は反射的に「全然大丈夫じゃないです!」と言ってしまった。


 麻衣は途端に顔を真っ赤にして海の方へ走っていってしまった。


「変な奴だなー。でも、俺も人生初のデートで緊張してるから他人のことは言えないか」


 言って綾斗は後を追うように砂浜を駆け出す。


 緊張していても出来るだけ自然に、今日この瞬間を楽しもう。そう心に決める綾斗であった。


 しかし、そんな純真無垢な感情で埋め尽くされた空間に不穏な気配が近づいていることに麻衣はもちろんだが、綾斗も気付いていなかった。

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