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第40話

 五つ子と綾斗はすんなりとタワーの中に入れたことで驚きと同時に拍子抜けとばかりに辺りを見渡す。白いレンガ調の壁に白いタイル張りの床という内装は昨日と変わらない。綾斗たちが反撃の狼煙をあげるのだから、それ相応に何かしらの対策がなされるかと思われたが特に変化がないようだ。


 そして、少年たちの頭上には一本の鍵が一対の翼を生やして悠々と浮遊している。


 とりあえずムカついたので五つ子と綾斗は一撃ずつ与えてから得物を構え直す。


 ここに入ってからと言うものタワーは一言も発していない。各々が一撃ずつ与えた時も特に何も言わなかった。

五つ子と綾斗は悟った。


 次にタワーが喋るのは封印した時か少年たちが諦めた時だけだと。


「……守り護るカード」

「どうしたの? 谷坂くん」

「なあ、夏目。タワーを封印出来たら俺にコイツの所有権をくれないか?」

「それを決めるのは父さんだからねー。あ、あと私は春菜ね」

「……え?」


 綾斗は目を点にして春菜の腰に差してある刀に目をやる。


 そこで綾斗の脳裏に稲妻が走った。


「そうか! 戦っている時は武器を見て見分ければいいのか!」

「「「「今更!」」」」


 冬香以外の姉妹が声を合わせて言った。そう。冬香だけは明らかな不満を感じて表情を暗くしている。それでも冬香自身がどうして不満を感じているのか分からないため何も言わなかった。


 しかし、春菜だけは視界の端で冬香の異変に気付いていた。


――冬香。多分、それが五つ子以外の人のことを特別に思うモヤモヤだよ。


 そして、私も。


 春菜は鋭い目つきで浮遊する鍵を睨み付ける。いい加減見飽きたその光景に憤りを覚えつつある自分がいる。そして、封印して綾斗に所有権をあげたいと思う自分もいた。春菜もまた自身が抱く思いに確かな戸惑いを覚えていた。いや、戸惑っているのは、それが姉妹を傷つけることになるかもしれない危険なものだと気付いているからだった。


☆☆☆☆☆☆


 塔の中の一室。


 そこに一人佇む幼い男の子の影。


 幼い男の子は塔に閉じ込められている訳ではない。そこは男の子の自室と言うべき場所でもあり、男の子の肉体の一部だとも言える。そんな場所で何をしているのかと言えば、再戦に来た五人の娘と一人の少年の雄姿を興味深く見学していた。特に五人の娘ではなく、少年に目が行っていた。


 まさかフールが人間と一体化しているなんて思ってもみなかった。それもその人間があの人間なのだから驚くことしか出来ない。

最初に見たときはつい二度見してしまったが、やはり本人に間違いない。

もし封印されるならあの人間がいい。そして、彼の心を未来を守り護り続けたい。


 タワーは独白に耽っていた。


 フールはどうして何も言わないのだろうか。フールは封印状態でも人語を話すことができるタイプのタロットだ。かつての仲間、あるいは同類を前にして一言もないのはどうなのか。いや、すでに所有者との対話を終えているのだとすれば沈黙こそが挨拶、もしくは返答なのだろうか。仮にそうだとするなら相変わらずの協調性の無さと合理性の塊だと思う。


 タワーはまだ太古の魔法使いによってタロットに封印される以前のフールの姿を思い出す。


 言うなれば青銅。


 すすだらけの彼の魂はとても深い闇と漂う虚しさを感じさせた。


「俺はただヒーローに憧れた。偽善でもそれが美しいと思った。誰でも助けられると思った……しかし、俺はこの手で……」


 その瞳には希望なんてものは無く、一筋の光も無かった。目の奥にあるのは虚空と言うべきか、覗き込むもの全てを呑み込んでも底が見えることはないだろう。そんな絶望を体現したような目をしたフールはただ機械人形のように太古の魔法使いに語っていた。


 今、思い出してみるとフールだけは他のタロットたちと違っていたことが分かった。


 タロットは最高峰の魔法が込められた魔道具である。しかし、フールはその存在も生み出された経緯も他のカードに比べて異質であり異端だった。


 次の瞬間、塔全体が揺れたのを感じた。慌てて手近にあった水晶玉で五つ子たちの様子を映し出す。


「そう。それで良いんだ」


 タワーは鍵を掴んだ綾斗の姿を満足そうに見つめてタロットカードの姿へ再び戻った。


☆☆☆☆☆☆


 時間は遡ること数分前。


 一人一人の力で立ち向かっても勝算は皆無に等しい。その事実を昨日突きつけられた五つ子と少年。仮に全員が一斉に自身の魔法で攻撃しても昨日のタワーの言うことが真実なら鍵を見えない球体状の壁を破壊することは不可能だろう。


 しかし、だからなんだと言うのだ。


 借り物の武器、贋作、見様見真似。


 ありとあらゆる付け焼き刃を綾斗は今この瞬間も研ぎ続けている。どれだけ本物に近づけていようともやはりそれは本物ではない。


 だったら他の何かで補強し本物を上回ればいい。


「そんじゃ始めますか!」


 綾斗の言葉に五つ子が耳を傾ける。


 どうしてアンタが仕切ってんのよ、と言いたげな表情を浮かべる新葉だが、実戦で突っかかる訳もなく洋弓を構える。


「今までろくに使ってこなかった分、鍛錬は出来ているはずだ。行くぞ!」


 五つ子は目を見開く。


 いつにも増して綾斗からやる気を感じる。


 そこへすかさず新葉が口を開ける。


「なら、ハーミットは夏目が使いなさい。なんだかんだ言って一番馴染んでいるのはアンタよ。ハイプリエステスは冬香ね。その底無しの魔力を腐食の霧に変えて放ちなさい。ハングドマンは春菜。おそらくハングドマンの魔法ならアンタの刀から放たれる斬撃を糸のようにして自在に軌跡を操れるはずよ。そして、谷坂、もし『魔龍殺しの怒りの魔剣バルムンク』を使うなら私の魔力を分けてあげてもいいわよ。秋蘭、アンタも手伝いなさい」


 夏目は珍しく指示を出す新葉を見て役目を取られたからかしょんぼりする。しかし、新葉が出した指示は、タワーを封印するための指示としてとても的確なものだった。よって異論を唱える者はいなかった。


 まずは言い出しっぺである新葉が嫌々ながらも綾斗の肩に手を置く。それはもうゴミを触るかのように手を伸ばしているため、綾斗は少々げんなりしていた。だが、対照的に秋蘭は意気揚々と新葉の手に重なるように手を置く。途端に何かを思い出したのか秋蘭の表情が青ざめ慌て始める。


「ど、どうしよ。私、魔力供給なんて出来ないよ」


 秋蘭は涙目になりながら言う。


「安心しなさい。そこは私がやるから」


 新葉は自信満々に言うと綾斗に向けて魔力供給を行う。より正確に言うと綾斗の体内にある魔力の通り道である魔力神経を保護するために新葉と秋蘭の魔力でコーティングしているのだ。


 それがなければまた許容量を越えた魔力を放出してしまい、最悪の場合は身体の至る所の魔力神経が断裂、消滅してしまい壊死してしまう。以前は右腕だけで済んだが全身となれば話は別だ。十中八九死に至る。


 綾斗は綾斗で全身の魔力神経がコーティングされていくのを実感し不思議と力が湧いてくるのを感じた。


「あったかいな。二人の魔力」


 そう呟いて静かに目を閉じ、ある物を思い浮かべる。


 タワーの盾を破壊するには出し惜しみなんてしていられない。使うのは綾斗がフールの記憶から探索し得た『魔龍殺しの怒りの魔剣』に次ぐ魔剣。いや、聖剣。


――『強き不滅の聖剣デュランダル』――


 刀身そのものが淡い半透明の紫の魔石で出来ており、天使によって鍛え上げられ、磨き上げられたロングソード。その逸話では「切れ味の鋭さデュランダルに如くもの無し」と言われるほどだ。


 想像を持って創造し、空想と幻想を越え今ここに顕現する。


「はああああああ!」


 綾斗は勢いよく右手を突き出し掌に莫大で強大な魔力を集中させる。それは赤黒い稲妻を迸らせながら形をみるみる剣の形へと収束させていく。それだけではない。綾斗の狙いはここからだ。


「――『贋作鋳造・可変カウンターフェイト・サードオープン』――ッ!」


 聖剣の形に象られた赤黒い稲妻が歪に屈折し、湾曲していく。収束された莫大で強大な魔力が今にも爆発してしまいそうになるが、それを綾斗は抑えるために全力で魔力を注ぎ、新葉と秋蘭が綾斗の魔力神経が傷つかないように補助をする。そうすることで徐々に赤黒い稲妻が矢の形へと変貌していき、遂にデュランダルを模した矢、もしくは矢を模したデュランダルが顕現される。

綾斗は素早く矢となったデュランダルを弦につがえる。


 続けて春菜、夏目、冬香の三人も総攻撃のためタロットカードの魔法を解放する。


 春菜はハングドマンのタロットを解放したことで純白の狩衣が現れ、狩衣が自らの意思で春菜の身に纏われる。


 続いて、夏目はハーミットを解放したことで目の前にハーミットの身を包んでいた灰色のローブが現れ、夏目を中心に竜巻のように回転しながら、少女の身を包む。最後に短剣が実体化し勢いよく左腰に差される。


 最後に冬香が解放したハイプリエステスによって生み出された視界を覆い尽くすほどの緑に輝く粒子が生成される。それらは突風によってなびき、一点に凝縮されて黒い鉄扇へと変貌する。


「行くぞ!」


 綾斗の合図で各々の獲物を全力で振るう。


 春菜はハングドマンの魔法によって斬撃の軌跡をまるで鞭のようにしならせ、さらに時空切断魔法を込めた変幻自在の軌跡を持った斬撃を放つ。


 夏目は自らの影から伸びる影の槍を枝分かれさせ、さらに莫大な魔力を注ぎ込むことで百本の槍へと形を変えさせる。それから、いやそれ等から放たれる刺突攻撃は空気が震えるほどの威力を有しており、タワーの見えない壁の一点だけを集中して刺突の嵐を巻き起こす。


 冬香は何度も大きく鉄扇を仰ぎ、緑の霧こと対象物を瞬く間に腐食させる魔法を帯びた霧を発生させる。そして、突風を吹かせるとともに回転を加えて竜巻へと姿を変え、緑の霧をドリルのように変化させてタワーの盾に叩きつける。


 綾斗は紫の矢へと変貌したデュランダルへ爆発的に膨れ上がった強力な魔力を一気に注ぎ込む。その反動で身体中の毛細血管が破裂し、目からは血の涙が流れ落ちるが構わず発射する。弓から放たれた矢とは思えないほどの衝撃と反動に綾斗と秋蘭、そして新葉の三人は反対側に吹っ飛ばされてしまった。しかし、破壊力はそれに見合ったものであり、まるで大砲でも撃たれたのかと思うほどの爆音が塔内に響き渡った。


 四人が同時に放ったこれらの超絶的な破壊を生み出す魔法は、鍵を覆う見えない壁と真っ向から衝突し、轟く雷鳴にも似た破壊音とともに眩い光が塔内全てを呑み込む。あまりにも強い閃光に綾斗と五つ子は両目を固く閉ざす。


 その時、微かに残ったタワーの盾を鋭い大きな刃か何かが両断した。だが、それに気づいた者は誰もいなかった。


 光が止むとそこは生茂る森林の中だった。


 綾斗の手には塔のタロットカード『タワー』が握られていた。


「やったのか」

「みたいですね。皆、怪我はしていませんか?」


 夏目が全員に安否を問う。


 綾斗は全身の毛細血管が破裂し、目から血の涙まで流していたと言うのにまるでそれが無かったように回復していた。もちろん傷痕一つ見つからない。


 五つ子はそれぞれ問題ないと言うと、綾斗が手に持つタロットカードに目を向ける。


「これって俺が所有権を持ってるってことで良いんだよな」

『そういうことになるね。いやー、谷坂綾斗。君の無茶苦茶な魔法には恐れ入ったよ。まさかフールと同じような使い方をするとは。流石の僕も防御に全てを注いでても負けちゃったよ。あ、あと君の身体ボロボロだったから封印ついでに治しておいたよ』


 突然カードが一人でに浮かび上がり喋り出す。


 綾斗は目を見開き咄嗟に『錬成始動』で剣を錬成してしまっていた。五つ子もまた同様に得物に手を添えていた。その声を聞き間違えるはずがない。


 タワーのものだ。


『いやいや、そんなに驚かなくても。僕を倒すには、そもそも防御のことなんて考えず全ての魔力を攻撃に割り当てる必要があったんだよ。あ、違った。僕が君たちを主として認めるにはって感じかな』


 綾斗と五つ子は怪訝そうな表情を浮かべる。


『ようするに自分の力量も図れず、カウンターがくることにビビる主より、覚悟を決めて守りを捨ててでも挑む主の方が好きなんだよ』


 僕は、と付け加えるとタロットカードは綾斗の手に戻りそれ以上話さなくなった。


「お父様には私が報告しておきますので、ここで解散にしましょう」


 夏目が言うと各々帰路に着く。


 自然と綾斗の隣に歩み寄る冬香は嬉しそうにタワーを見つめる綾斗を覗き込む。


「良かったね、アヤト」

「ああ。これで攻めるだけじゃなくて守ることも出来る。春菜、お前に言ったことも物理的に出来るな」

「……え?」

「なんてな。あの時、お前に言った言葉を茶化すみたいで嫌だから忘れてくれ。でも、あの時の言葉は本気だ。ただそれだけ覚えていてくれ」

「な……に、それ?」

「何ってお前……っ⁉」


 冬香の瞳が潤んでいることに気づいた綾斗は慌てふためく。


 そして思った。


 目の前にいるのは春菜ではなく、他の五つ子だと。


 その帰り道、綾斗は春菜ではない五つ子の誰かと一言も会話をすることができなかった。


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