目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

第39話

 タワーに惨敗して翌日のこと丁度土曜日ということもあり、綾斗たちは焦ることなく優雅な朝を迎えていた。昨晩の綾斗が作ったビーフシチューの美味しさがまだ脳裏に焼き付いている。それくらい幸せな一時だった。


 綾斗は伏見邸の洗面所で顔を洗い鏡越しに自分を見やる。なんと言うか平凡だ。梨乃や五つ子たちは顔のパーツは整っていてイケメンの分類に入ると言っているが、本人からするとパッとしないごくありふれた一般人だ。いや、そもそも漫画やアニメ、そして、特撮に出てくるヒーローたちは皆元は一般人で平凡な一般人だったのではないか。そう思うと今自身が歩んでいる道はヒーローというものに近づいている気がする。


 そんなことを思っていると不意に洗面所の引き戸が開かれる。


 そこに立っていたのは五つ子の誰かだった。

綾斗はジッと五つ子の誰かの顔を見つめるが全く分からない。昨晩の戦いで分かったことは髪の色が変わっても気を抜けば本当に誰か分からないということだ。


「おはよ、アヤト」

「お、おう、おはよう。えっと……秋蘭? いや、アイツなら朝でも元気か。なら……新葉? いや、自分で言うのもアレだが、アイツには嫌われている自信があるから……春菜? なのか?」

「ヒントあげようか?」


 少女は寝ぼけた顔で言う。


 綾斗は頷きヒントを求める。


 少女は首下で何かを掴む動作をしてから頭にかける動作をする。


 その仕草に見覚えがある少年は嬉々とした笑みを浮かべて自信満々に口を開ける。


「やっぱり春菜か!」

「違う。私は冬香。今のはヘッドホンをつけたの」


 即答で間違いを指摘された綾斗は完全に自信を失ってしまった。


 冬香とは五つ子の中で特に一緒にいる時間が長いと言うのにいざ前にしてみると本当に誰だか分からない。料理を教えている時に内緒で顔の特徴や目の色の違いなどずっと観察しているが、やはり分からない。


「そんなに落ち込まなくてもいいよ。もう慣れてるから」

「いや、でもなあ」

「それより今日はタワーを封印しに行くんでしょ? 何か作戦、考えた?」

「うーん。どうだろう。五分五分だろうけど何とかなると思う」

「なにそれ」

「昨日のビーフシチュー美味しかっただろ?」

「うん」


 急にビーフシチューの話になり冬香は小首を傾げる。


「サラダとデザートはシェフさんが作ってくれたんだ」

「うん。それで?」

「まあ、あれだ。一つのことに集中すればなんとかなるんじゃないかと思って」


 冬香は綾斗の言葉が理解できず訝し気な視線を送るが、綾斗は気にせず洗面所を後にした。


「また、無茶する気なのかな……」


 少女は胸の奥が締め付けられるような感覚がした。それがどういった感情なのか分からない。それでも少年にはもう死の淵を彷徨うような無茶はしてほしくない。だから――


「今度は私がアヤトを守る」


 意を決した冬香が洗面所を出ようとした時、丁度引き戸が開かれ、寝癖で所々はねた短髪の美少女――春菜がいた。


「あ、春菜。おはよ」

「おはよう、冬香。さっき谷坂くんとすれ違ったけど何か話してたの?」

「うん。ちょっとだけ……」

「へーちょっとだけ……か……」


 冬香は春菜の何かを探るような視線に目を逸らすが途端に顔が林檎のように赤くなる。


「はっはーん。この春菜お姉さんに話してごらん。いったいどんな話をしたのかを」


 寝癖だらけの頭でとても格好がつかないが、春菜は全力の決め顔で言った。


 冬香は話そうか戸惑ったが、隠していてもすぐにばれてしまうと思い春菜の押しに負けた。


「アヤト、また無茶しようとしてる」

「そっか。まあ、谷坂くんらしいっちゃらしいよね。人生稀に見るお節介さんだし」

「うん。でも、私はアヤトにこれ以上無茶をさせたくない」

「ほうほう。それで?」

「その……こんな私が言うのはおこがましいのは分かってる。けど……それでも……」

「谷坂くんを守りたいんでしょ」


 春菜は優しく微笑みながら言う。


 冬香は目を見開き「どうして知ってるの?」と言いたげな表情を浮かべていた。


「ごめん。実は二人の話聞いちゃった。いや、盗み聞きするつもりはなかったんだよ。ただ、長女として姉妹の誰かが男の子を気にかけていると思うと気が気でなくて」

「……なにそれ」


 冬香は頬を膨らませて詰め寄る。


「ご、ごめん。怒んないで」

「別に怒ってない」

「いや、怒ってるじゃん」

「怒ってないもん!」

「もんって……冬香は相変わらず怒ると子どもっぽくなるから可愛いな。そんな冬香の可愛いところも谷坂くんに見せてあげなね」


 冬香は春菜の最後の言葉にきょとんとした表情を浮かべる。


「気になってるんでしょ? 谷坂くんのこと」

「え、それは……どういう……」

「それを知ってるのは冬香だよ。タワーと戦う前にこんな話してごめんね。でも、私たちいつ死ぬか分からない戦いに身を投じてるんだから悔いは残さないようにしないとね」


 冬香は言葉の意味を深く理解し頷く。


「なんか春菜がお姉さんしてて変な感じ」

「え、ええ……」

「でも、ありがとう」


 冬香は満面の笑みを浮かべてその場を後にした。


 春菜は自分で背中を押すような言葉を述べといて素直に妹の背中を見送ることができなかった。


☆☆☆☆☆☆


 梨乃が伏見邸にいるということで作戦会議は灯篭山のふもとで行われた。季節が春から夏に移り変わる時期のため気温は比較的穏やかだが、なぜだか灯篭山から吹く風だけは冷たく、まるで鉄の板に触れてしまったような無機質な寒気を感じた。


 五つ子のリーダー的存在である夏目は自慢のポニーテールを風にななびかせながら前回の反省点を挙げていく。


 第一に魔力の出力不足。


 第二にタワーの見えない壁――防御壁が想定よりも強固だったこと。

第三になぜか一人ずつ律儀に攻撃していたこと。


 第二の反省点に関しては第一の魔力の出力不足に繋がり、さらには第三の一人ずつ攻撃したことで当然ながら防御壁を突破できる訳がなかった。


「あの防御壁って常時展開できるのかな?」


 ふと秋蘭が問う。


 夏目は少し考えてから口を開ける。


「おそらく可能でしょうが、どんな防御壁にも限界はあります」

「昨日は弱い魔力弾を使って数で押し切ろうとしたのが失敗だった」


 冬香は反省しているのか俯きながら言う。


「いや、まあ俺も特に何も考えずリロードで間が空かないように矢を射ってたから冬香のせいじゃないだろ」

「谷坂の言う通りよ。最初の牽制で『雷光一閃』を放てば良かったわ」

「珍しく意見が合うな、新葉」

「うっさい。馬鹿、ポンコツ! ふんッ!」


 新葉は勢いよくそっぽ向く。


 冬香は綾斗と新葉のそんなやりとりでも羨ましそうに見つめていた。今までは「うるさいな」程度だったが、今では五つ子の誰かが綾斗と話しているところを見るだけで上手く話せるようになりたいと思うようになった。


 綾斗は冬香の視線に気付き目を合わせる。しかし、気恥ずかしくなった冬香はすぐに逸らしてしまった。それを勘違いした綾斗は冬香に嫌われたと思い一人落ち込んでいた。


「ねえ、夏目ちゃん。タロットの魔法を使うのはどうだろう」


 春菜が言う。確かに出力が足りないのならそれを上回る魔法を操ることができるようになるタロットを使うしかない。


「ええ、私も同じことを考えていました。今私たちが所有しているのは隠者『ハーミット』と女教皇『ハイプリエステス』と吊られた男『ハングドマン』そして谷坂さんの愚者『フール』です」

「四枚か。以外と多いな。四月から回収を始めて今が六月中旬だから二ヶ月で四枚って結構すごくないか?」

「谷坂さん。話の腰を折らないで下さい」

「ご、ごめん、なさい」


 夏目が暗い笑みを浮かべながら言ったせいで綾斗は、今まで夏目にされた激痛を伴う治療を思い出し萎縮してしまう。


「フールは谷坂さんしか扱えないのでノーカウントでいきます」

「夏目ちゃん、ちょっと谷坂くんに当たりきつくない?」

「いいんです。私は谷坂さんのお姉ちゃんであり、魔法を教える先生なんですから」


 夏目は言い切るとタロットカードを懐から取り出す。


「使いようによってはタワーを攻略できるかもしれません。皆、気を引き締めて参りましょう」


 夏目が言うと各々の表情が真剣そのものに早変わりし、先ほどまでの談笑交じりの会話はどこへやら、得物を手に山道へと入っていった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?