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第37話

 絶対的な防御力を誇るタワーの盾。


 綾斗と新葉が放った矢を全く寄せつけないことからそれが嘘ではないことが分かる。


「雷の矢でも撃ってみるか?」

「駄目よ。ここは狭すぎるわ。そんなことすればあのコたちにも衝撃が来るでしょ。それに『雷光一閃』は相手の真上からじゃないと効果がないのよ」

「なあ、夏目って事実上スナイパーだよな? なんでそんな技作ったんだよ」

「必要になるかなと思って……なによ、悪い! って言うか私新葉だし!」

「ごめん、わざと」


 また言い合いになる。誰もがそう思った時、綾斗に食い掛かる新葉を傍で見ていた冬香が二人の間に割って入る。


 その手には左右一丁ずつMP5Kサブマシンガンが握られていた。


 冬香は無表情で二丁のサブマシンガンの銃口を頭上に舞う一対の翼が生えた鍵に向ける。


「手数で押し切る」


 静かにそう呟いた瞬間、激しい発砲音が密閉された空間に響き渡った。発射速度に加えて速射性はハンドガンを軽く凌駕している。さらに銃そのものの性能は実銃と形が似ているだけで中身は対魔獣用の素材が複合されているためかなり高い。装弾数も四十発入り、一秒間に十五発もの魔力弾を発射できる。


 少女はそんな危険な銃火器を手慣れた手付きで操りフルオートで撃ちまくる。魔力弾は底無しの冬香の魔力で出来ているため冬香が撃つのをやめない限りサブマシンガンは弾丸を発射し続ける。だが、マガジン内の弾数には限りがあるため必然的に弾切れになってしまう。空かさず両サブマシンガンのマガジンを抜き、右手のサブマシンを左手に無理矢理持たせ、鞄から新たな二本のマガジンを取り出し装填する。そしてまた魔力弾の豪雨が始まる。


 嵐の如く耳に叩き込まれる銃声。


 冬香以外の五つ子が耳を塞ぎたくなる中、一人だけ異例の存在がいた。


 谷坂綾斗。


 彼だけは再び矢を錬成し弦を絞り狙いを定めていた。


 秋蘭は驚きのあまり綾斗を凝視しているとあることに気づいた。少年の耳に何かが詰まっている。そう。綾斗はフールの魔法で耳栓を錬成し誰よりも速く耳を塞いでいたのだ。これにより怒涛の銃声からの被害を最小限に抑えていた。


「綾斗くん、ずる!」


 叫ぶように言う秋蘭の声は綾斗には届かなかった。


 綾斗は冬香が再びマガジンを取り替える度に隙を生まないように矢を射続ける。


 それから二分ほど二人による弾丸と矢の隙の無い遠距離攻撃が続いた。足元には数え切れないほどの薬莢が転がっており、二分間という中で数多の魔力弾を撃った冬香の凄さが分かる。だが、そのせいか冬香は足の踏み場を無くしていた。それでも困らないのが魔法である。


 冬香は鞄の一番小さいポケットを開け口笛を吹く。それはまるでペットを呼ぶように吹かれた途端に薬莢がポケットの中に吸い込まれていく。これは冬香が口笛を吹くことにより発動する薬莢回収用の魔法だ。


 結果として二千四百発の魔力弾と五十本近い矢を放ったが、そこまでしても鍵には一切の傷も与えられなかった。


「なんて防御力してんだ」

「……」

「どうした? まさか、どこかやられたのか!」

「違う。なんか違和感があるというか……もう一回撃ってみよ、アヤト」


 言って冬香は二丁のサブマシンガンをリュックに収納し、二丁拳銃の時に使うグロック18Cではなく、愛用のベレッタM9ハンドガンを一丁だけ取り出し右手に構える。


 空いた左手は右手に添え、身体の正面を射撃方向に向け両腕を突き出し、両脚も肩幅よりやや大きく開く。いわゆる、アイソセレススタンスと言う構えだが、冬香はこの構えを得意なシューティングゲームで知り、実戦でも使えるように覚えたのだ。


 綾斗もそれに従って三本の矢を弦にあてがい絞る。


 なんの合図もなしに二人同時に仕掛ける。今度は数回の銃声と一度の弓引きだけだった。


 五発の銃弾と三本の矢。


 しかし、それらは先ほどと同様に見えない壁によって弾かれてしまった。


 やっぱり、とは言えないまでも思うところがある綾斗は冬香を見つめる。


 冬香は無表情で鍵を一瞥してから首を押さえる。


「やっぱり。アレ、ずっとあそこにいるだけで反撃してこない」


 今までの魔獣ならここまで攻撃されて黙っているものはいなかった。


 しかし、頭上を浮遊している翼の生えた鍵は抵抗どころか動こうとすらしていない。まるで綾斗たちを嘲笑うかのようにただ浮いているだけなのだ。


「だったらこれならどうだ!」


 秋蘭は白いタイルで出来た床を蹴り、一っ跳びで鍵の目前まで迫る。


「――『阿修空拳あしゅくうけん』――ッ!」


 グローブをはめた秋蘭の右拳が鍵を守る見えない壁に直撃する。


 まさに渾身の一撃と言わんばかりの力を込めた拳を放つが、壁はまるで右拳と反発するかのように物理的に秋蘭を寄せつけない。その衝撃で鍵を守っている見えない壁が球体状であることが分かった。


 拳が当たらないのはもちろんだが、生み出された衝撃自体も壁を這うように受け流される。あるいは弾かれているのだ。


 秋蘭はさらに身を捻り、阿修空拳によって捻じ曲げた空間を利用して足刀を繰り出す。


 まだだ。


 足が壁に直撃した瞬間に空間を元に戻し、そこから生じた反発力によって威力数倍に跳ね上げる。


 塔内に爆発音にも似た爆音が響き渡るが、効果は窺えなかった。それどころか蹴りを繰り出した秋蘭が押し負けてしまい、本人が生み出した衝撃波ごと白いタイル張りの床に弾き飛ばされ落下してしまう始末だった。


 夏目がすかさず身の丈ほどある杖を振るい『暴風魔法』を発動させる。瞬間、秋蘭の落下予測地点に青色の魔法陣が展開され突風が吹き荒れる。勢いよく落下している秋蘭の身体は突風により受け止められゆっくりと着地する。


「マジに硬いね」


 秋蘭は額から出る冷や汗を拭いながら言う。


 春菜は秋蘭の有様を見ても動じることなく、大きく跳躍し空中で抜刀して魔力を流し込む。刀身が春菜の魔力で満ちその色を桃色へと染め上げる。


「――『時空間切断・紅飛煌じくうかんせつだん・べにひこう』――ッ!」


 春菜は魔法名を叫ぶと同時に刀を素早く、されど大きく横薙ぎする。刀身に込められた強力な魔力が高密度に圧縮され三日月状に形を変え一気に解放される。


 放たれた三日月状の斬撃波は紅い尾を引いて真っ直ぐ鍵へと向かっていく。しかし、その軌跡はまたしても見えない壁によって防がれてしまった。


 春菜は驚きを露わにする。


 春菜が放った魔法は時空間切断である。この魔法ならいくら絶対を誇るタワーの盾でも空間ごと一刀両断してしまえば問題ないと思っていた。だがその反面、心のどこかで防がれるかもしれないとも思っていた。そして、それが現実となった。


 春菜が放った紅飛煌は球体状の見えない壁に激突するや、歪に湾曲し、壁が触れている箇所だけ引き千切られるように分断され内側から爆散した。


 春菜は初めてそんな防がれ方をされたせいで悔しさを通り越して開き直っていた。


「これはマイッチングだね」

「では、次は私が!」


 夏目は堂々と五つ子たちの前に立ったところで、綾斗が夏目の肩に手を置き静止を促す。あまりにも唐突でそんなことをされると思っていなかった夏目は顔を真っ青にして悲鳴を上げる。


「いくら嫌でも、もう少し隠そうな、新葉」

「違うわよ。そのコは夏目。弓を持ってる私が新葉よ!」

「わ、悪い。最近は見分けがついてきたと思って油断してた」


 新葉は舌打ちをしてそっぽ向く。


 すると姉妹の一人が綾斗の前に立つ。


 特徴は紫の短髪で両サイドだけ肩まで伸ばした髪型をした寝ぼけた顔だ。いつもはヘッドホンをしているが魔獣と戦うため武器庫であるリュックの中に収納している。


 綾斗はじっと少女の顔を見つめ苦悩する。


 そこで天の声の如く頭上から塔内の全域に響き渡るように少年か少女を思わせる下品な笑い声が聞こえてきた。


『仲間割れとか止めてよね。一応は僕の身体の中にいるんだからさぁ。もっと仲良くしよーよー』

「そうは言われましてもアナタの盾は頑丈すぎます」


 たまらず夏目が言う。


『そんなこと僕に言わないでよね。言うなら僕を作った君たちのご先祖様にでも言ってみたら? まあ、答えないと思うけど。そうだ聞いてよ! あのクソジジイ、僕の絶対防御の盾をカレーの器にしやがったんだよ! ほんと信じらんないよね!』

「確かにそれは有り得ませんね」

『流石、夏目ちゃんは話しが分かる!』

「え?」


――どうして私が夏目だと。


 夏目が問う前にタワーは五つ子全員を見分け、更に特徴や性格すらもさぞ当たり前のように言い当てたのだ。


『君たちのことはここに来るまでに随分と観察させてもらったからね。だから一言言わせてもらうね』


 五つ子は息を呑む。


『タロットの魔法を舐めるな』


 少年か少女か分からない声が低くなり威圧感とともに殺気が込められる。同時に塔内の至る所、いや、全域から押しつぶされるような圧迫が五つ子と綾斗を襲う。


『君たち如きの力だけで僕を封印できると思っているのか! ふざけるな! 攻撃だけなら確かに君たちに分があるだろう。けど、僕は守り護るカードだ。そのことをよく考えてみると良いよ』


 タワーが言い終えると浮遊している鍵が光り輝く。その発光はあまりにも凄まじく目を閉じただけでは防げないほどの光度を有していた。


 綾斗たちはたまらず腕で目を覆う。そうでもしなければ視力を失っていた。


 光が徐々に弱まっていき、ようやく目を開けられる程度までになった頃には勝敗が決していた。


「ここは……」


 綾斗は驚愕した。


 綾斗たちは塔の二つの扉の前に瞬間移動させられていたのだ。


『僕は優しいからね。もう一度チャンスをやろう。ただし一度だけ。それ以外は無いよ。期限はそうだね。明日の今と同じ時間までにしようか。それじゃあ頑張ってねえ』


 タワーの魔獣はそう言ってまた黙り込んでしまった。


 新葉は忌々し気に矢をつがえようとするが、無意味と判断しその愚行を途中でやめた。


 綾斗たちは圧倒的な防御力の前に敗北してしまった。

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